第三十話
「クビって…そんなまさか!」
フェルト女史はそう言ってくれるが、レジーだって私が辞めると侍女長から聞いていたのだから、きっと間違いない。
私は、たまたまクリス様から立ち聞きした話と、レジーから聞いた話をフェルト女史に説明する。
すると…
「なるほどね。これは私から言って良い話じゃないと思うから、詳しい事は話せないけど、シビルさんは、クビになるって言うのとは、ちょっと違うと思うわ」
「えっと…?もしかして、私が此処を辞めなくてはならない理由…フェルト女史はご存知なんでしょうか?」
「うーん。知っていると言えば知っているし、知らないと言えば、知らないわね」
なんとも曖昧な返事だ。
私が首を傾げていると、
「とにかく。貴女が何かした訳ではないし、はっきりした事が分かるまで、貴女は貴女の仕事を全うしていれば良いと思うわ。
ごめんなさいね。こんなあやふやな話しか出来なくて」
と、フェルト女史は申し訳なさそうに、私の手を握った。
「いえ…今は何もわからなくて、少し不安はありますが、私は、私の仕事を頑張ります。
それに、先程のフェルト女史の話から勇気を貰いました。
お話、聞かせて頂いて、ありがとうございました。それでは、そろそろ失礼します」
私はそう言って、部屋を出た。
廊下で控えていた護衛から、
「送ります。宰相から言われておりますので」
と声を掛けられた。
一介の侍女に大袈裟だが、此処が、許可なく立ち入れない場所だとわかり、納得する。
私はありがたく送ってもらう事にした。
フェルト女史だって、たくさん苦労してこの場所に辿り着いたんだと思えば、勇気がわいてくる。
私は此処を辞めた後の事を考えるのは一旦置いといて、今は殿下のお世話に尽力する事に決めた。
そうと決まれば、やる事は一つ。
殿下がこの国で、少しでも過ごしやすくなるように、力を尽くすだけだ。
私は自分のやるべき事が決まって、少し心が軽くなった気がした。
私が殿下の元に戻ると、レジーが頭を抱えていた。
私がどうしたのかと訊くと、アーベル殿下が庭に出る日を訊いて来いと言われたと。
そりゃあ…無理だ。
庭師だって、暇があればと言っていたぐらいだから、いつとは決まってないだろうし、たかが侍女にアーベル殿下の行動を教えてくれる訳がない。
私はレジーに、心配しなくて良いと伝えて、その後を引き受けた。
私は、他の部屋で寛ぐ殿下に、
「アーベル殿下の予定は分かりかねますが、今度のお茶会で、花についてお話すると喜ばれるかもしれませんね?」
と提案する。
すると、
「なら、今から庭師に殿下が育てている花について訊いて来て」
と命令された。
私は墓穴を掘ったのかもしれない。
私は庭師の元に向かうも、あえなく撃沈していた。
全く相手にされないのだ。
それでも、私は毎日、毎日時間のある時に、庭師の元へ向かった。
相手にされなくても、毎日、毎日話しかける。
この前、フェルト女史に花の図鑑を借りた。
流石に毎日見ていれば、図鑑の花々と、この庭園の花が合致し始めた。
その話を振ってみても、庭師は
「あぁ」とか、「ふん」とかしか答えてくれない。
この庭師が『トーマス』という名前なのは、さっき使用人が呼びに来たから分かったが。
今、トーマスさんは、使用人に呼ばれ王城の方へ向かって行った。
残された私は、一人で花を見てまわる。
ふと、そこに見たことのない花を見つけて、近寄って行くと、
「その花には触るなよ」
と声が掛かった。
私が振り返ると、そこにはアーベル殿下が立って居た。
私は慌てて礼をとり、頭を下げる。
「楽にして良い」
そう言われて私は頭を上げた。
「その花は、俺が育ててる花だ。珍しいだろ?」
アーベル殿下がこんなにたくさんお話になるのを初めて聞いた。
「はい…これは、薔薇の一種ですか?」
と私が尋ねると、
「そうだ。品種改良して作られた薔薇だが、育てるのが難しいんだ」
…笑顔のアーベル殿下を初めて見た。
いつも、無愛想な顔しか見たことなかったから。
笑顔のアーベル殿下は、まだ幼さが、残っているようだった。
……と、私がアーベル殿下にこの庭園で出会っても仕方ないのだ。
こんな事がミシェル殿下にバレたら、大問題。
私は早々に、ここから離れる事を決めた。しかし、流石にこのまま戻るのも失礼であろう。
「難しいお花なのに、こんなに綺麗に咲いて…素晴らしいですね。アルティアでは見たことがありませんでした」
と私が素直に感想を述べると、
「そうだろうな。なかなか手に入らない。
俺もこれをここまで咲かせるのに時間がかかった」
「そうなんですね。本当に…綺麗です。貴重なお花を見せて頂いてありがとうございました。それでは、失礼いたします」
と、私は頃合いを見計らって、その場を辞した。
アーベル殿下は、去っていく私の背中に、
「また見に来ると良い」
と声をかけてくれた。




