第二十七話
二人には、この部屋に滞在はしないまでも、好きなように使って欲しいと告げ、私は殿下の部屋に通じる扉を開けた。
そして、殿下の寝室以外の場所を案内し、私がいつもやっている事を説明していく。
これは、やはりアルティアのやり方に準じている為、二人にはそのやり方を覚えてもらわなければならない。
すると、ユリアが、
「私は出身がアルティアなの。だけど、侍女として働いた事はないのよね。少しずつこのやり方をマスターしていくわね」
と微笑んだ。
ユリアはもしかしたらアルティア王国の貴族令嬢だったのかもしれない。所作や、微笑みがそれっぽい。
私は、
「良ければお二人の事を教えて貰っても良いかしら?」
と言うと、二人はこのベルガ王国に来た理由を話し始めた。
レジーはバルギス国の商人の娘だったらしい。
父親に付いてこの国を訪れた際、この国の男性と恋仲になり、嫁いできたんだそうだ。
しかし、結婚して二年目にご主人が病気で亡くなってしまい、今は未亡人だという。
「この国の貴族のお屋敷で、メイドとして働いていたの。そしたら、此処での仕事を紹介されて。お給金が良かったから、侍女としての経験はなかったけど、飛び付いちゃったわ」
と朗らかに笑った。
旦那様を亡くしているなんて辛い経験を微塵にも感じさせない明るさがあるが、きっと色々と苦労もしたのだろう。
バルギスはミシェル殿下のお姉様であるエリナ殿下が嫁がれた国だ。
小さいながらも、小麦の生産が盛んで、アルティアの小麦の輸入先である。
バルギスの人々は獣人に対する忌避感はないらしいが、ベルガ王国の獣人は人間に対しては悪感情がある為、メイドとして働いていた時も、中々大変だったと言う。
一方のユリアは、
「私はアルティア王国の男爵の娘だったの。でも、母が亡くなって父が再婚した相手が私の事をとにかく嫌ってて。私をある伯爵の後妻に嫁がせようとしたんだけど、私、それに耐えられなくて、家を飛び出してしまったの。
だって、その伯爵、私より四十歳も歳上なのよ?私の事を嫌っているからって、あんまりだと思わない?」
とプリプリしていた。
「で、私はこのベルガ王国まで逃げて来たって訳」
「でも…よく此処まで来れたわね?」
と私が疑問を口にすると、
「私の家の領地はこのベルガ王国寄りの場所だったの。私は自分から廃籍を届け出て、その足でこのベルガ王国を目指したのよ。だから、今は平民ね」
と微笑んだ。
貴族としての嗜みが彼女の微笑みから見てとれる。彼女も中々苦労したようだ。
ユリアは今まで、町の食堂で働いていたらしい。
ちなみに彼女は二十一歳。レジーは二十五歳だ。
二人とも私より歳上で、色々とたくさんの経験がある。
侍女としては私が先輩な訳だが、二人からは学ぶ事が多そうだ。
「二人はどうやって、此処の…殿下の侍女の話を知ったの?」
と私が尋ねると、
「私は、自分の働いているお屋敷のご主人から、人間で侍女の経験はなくても良いけど、忍耐強い人を王城が探してるって聞いて」
とレジーが言えば、
「私は食堂の常連の騎士の方からどうか?って言われたの。忍耐強い人間の女性を探してるから、ユリアはぴったりだろうって」
…なんだろう。二人に共通する条件が『忍耐強さ』なのが、ミシェル殿下の性質を如実に表しているようで居たたまれない。
「私も殿下の専属になったのは、ほんの数ヶ月前なの。元々はアルティアの王宮侍女として働いていて、今回の輿入れの為に専属に選ばれたから、あまり偉そうな事は言えないんだけど。これからよろしくお願いします」
と私が挨拶すると、二人もよろしくと言ってくれた。
さて、そろそろ殿下を起こさなければならない。
最近では、枕は飛んで来なくなったけど、寝起きが悪いのは、全くもって変わらない。
二人は殿下の朝の不機嫌さを目の当たりにし、少し驚いていたが、顔には出さず耐えていた。
殿下の朝の支度をする間、二人には朝食の準備をお願いして、その席で、殿下に二人を紹介した。
殿下は、二人が人間であった為か、すんなり受け入れた。まず第一段階は突破だ。
一度ユリアは帰り、また夕方から来て貰う。
これで私は夜、ゆっくり眠れる事になった。
今までは殿下が寝入ってから数時間後に眠り、殿下が起きる数時間前に起きていた。
しかも夜中もたまに呼び出される為、なかなか熟睡出来ずにいた。
私は此処に来てからは慢性的な寝不足だった。
それが解消される!
部屋の掃除と、洗濯は流石に王城のメイドにして貰っていたが、それ以外の全てが私一人の仕事だった。
三人で交代出来るなら、これほど嬉しい事はない。私は純粋に喜んでいた。レジーからあの言葉を聞くまでは。
「そういえば…シビルはいつまで殿下の側に?」
……えっと…やっぱり私、クビ確定なんですか?




