第二十五話
それから一週間程した頃に、私は侍女長のマリエル様に呼び出された。
殿下は今はフェルト女史と勉強中。
少しの間なら、席を外しても問題ないだろう。
「失礼いたします。シビルでございます」
と私が侍女長の部屋の前で声をかけると、中から返答があり、部屋へ通された。
そこには、二人の侍女が居たのだが……獣の耳も尻尾もない…人間だった。
マリエル様は私に、
「この二人を新たにミシェル殿下にお付けしようと思うの。二人は人間だから、殿下も拒絶はなさらないでしょう」
と静かに言った。
「わざわざミシェル殿下の為に…。本当にありがとうございます。そして…色々と申し訳ありません」
「お礼なら、王太子殿下に。この者達を見つけて来たのは、クリスティアーノ殿下です。
二人は侍女の経験が無かったので、教育に二週間程かかってしまったけれど…。
ミシェル殿下の元に付くのだから、後の細かい所は貴女が教えてあげて。では、二人とも自己紹介を」
と、マリエル様が二人に促すと、
赤毛で茶色い瞳の女性が、
「私の名前はレジーです。よろしくお願いいたします」
と頭を下げた。
そして、茶色の髪に黒い瞳の女性が、
「私の名前はユリアです。よろしくお願いいたします」
とそれぞれが挨拶をしてくれた。
私も、
「私はシビルです。ミシェル殿下の専属侍女として、アルティア王国から来ました。これから、よろしくお願いいたします」
と挨拶をした。
もしかしたら、この二人が、クリス様の言っていたそれなのだろうか。
私が何度も侍女は私一人だと言ったから。
それにクリス様はミシェル殿下が獣人嫌いなのを分かってるから。
きっと、私しか侍女が居ないミシェル殿下に気を配って下さったのだろう。
私は素直にクリス様に感謝した。
ミシェル殿下に付いてベルガ王国に来る事が決まってから約二ヶ月半。
私には一日たりとも休みはなかった。
体力に自信のある私でも、流石に疲労は蓄積されていた。本当にこの申し出はありがたい。
殿下が何と言おうと、私は二人と一緒に働くぞ!と決意を新たにした。
そして私は二人に一番訊きたかった事を尋ねる。
「あの……つかぬ事をお伺いしますが…反射神経は良い方ですか?」
私は二人には明日から来て貰うようにお願いした。
先に殿下を上手いこと丸め込まなければ、また癇癪を起こすかもしれない。
殿下の地雷が何処にあるかわからないからだ。
私が喜びを噛み締めながら部屋へ戻っている途中、曲がり角を曲がった先に、クリス様が居るのが見えて、思わず角に隠れた。
いやいや、お礼を言うつもりだったのだから、隠れる必要はない。
最近の癖でつい隠れてしまったが、私がお礼を言う為にその角を曲がってクリス様の方へ行こうとした、その時、クリス様ともう一人の騎士が話している声に混じって「シビル…」という名前が聞こえて、ギクりとする。
私の話?
私は思わずまた、曲がり角に身を隠すと、二人の会話に耳を傾ける。
盗み聞きなんて、無作法なのは承知の上だが、気になるものは、気になる。私は耳を澄ませた。
「あぁ。彼女にはいずれ此処を辞めて貰う。もちろん、ゲルニカにも行かせない」
と言うクリス様の声が聞こえる。
彼女が誰を指すのか……確定はしてないが、さっきの名前と『ゲルニカ』の地名から、私の事ではないかと推測出来た。
え?私、クビ?
もしかして、新しい侍女の二人は、私の後任?
私はてっきりこれから三人でミシェル殿下に仕えるのだと思っていた。新事実に驚愕する。
私…何かやらかしたのだろうか?
最近、クリス様を避けていたから、不敬と思われたとか?
私がクビになったら、実家への仕送りと、此処でのお給金はどうなるのだろう?
一応、借金はアルティア王国が払ってくれた筈だから、そこは心配しなくても良いよね?
もしかして、クビになったら、その分返せなんて言われないよね?
今の実家の状況がわからないけれど、妹を学園に通わせて、良い縁談を取り付けるには、まだまだお金は必要な筈だ。
クビになるなら退職金って出るのかな?
それなら、そのお金を持ってアルティアに戻る?いや、ダメだ。もう王宮では働けない。
それ以上にお給金が良い働き口って…あるかな?
私はその場で一人、悶々と考え込んだ。




