第二十四話
「なんなのよ!なんで、あの男は私を褒めないのよ!」
地獄のお茶会から部屋へ戻るなり、殿下は癇癪を起こした。
中庭からの帰り道の段階で既にかなり不機嫌であったので、私は部屋に着くなり、部屋の中の投げたら壊れそうな物をそそくさと片付けていく。壊されては堪らない。
殿下はクッションを投げたり、長椅子の背を殴ったりしている。本当にこの人は、一国の王女なのだろうか。
しかしさっきの殿下の言葉について考える。
『なんで、あの男は私を褒めないのよ!』
殿下は確かにそう言った。
で、殿下の何処に褒められる要素があったのだろうか?
「普通、男は女の容姿を褒めるもんでしょう?なのに、何も言わなかったわ!失礼な男!」
ああ、ドレスや自分の容姿を褒めて貰いたかったのか。
私だって、気合いを入れて仕上げたんだから、褒められたかった。
しかし、殿下が最初に何も挨拶せずに着席した段階で、殿下の株は下落の一途だ。
会話…といって良いかわからない程の会話の中にも、殿下が褒められる要素はなかった。
しかし、ここで、私が口を挟んでも、火に油を注ぐだけだ。私は嵐が過ぎるのをじっと待った。
十数分後、落ち着いた頃を見計らって、殿下を着替えさせる。
お茶会の為に着た、デイドレスもぐちゃぐちゃだ。
一頻り暴れた殿下は、疲れたから寝ると言って寝室へ行った。
私は部屋を片付けながら、溜め息をつく。
この調子で三ヵ月後、殿下とアーベル殿下は無事、婚約出来るのだろうか?
二時間程が経ち夕食時になった頃、殿下を起こす。
相変わらず、殿下はこの部屋で夕食を召し上がるのだが、この態度も、この国に馴染もうとしていないと、とられるのではないか…そう心配になる。
「殿下…今日は夕食をダイニングでお召し上がりになりませんか?」
そう私が提案しても、
「嫌よ!あんた、まさか自分が楽したいって思ってるんじゃないでしょうね?」
確かに、夕食を部屋で食べるとなると、私がセッティングも給仕も全て行わなければならない。
しかし、それが面倒で言ってるわけではないのだが、殿下にはそう見えるらしい。
「まさか!とんでも御座いません」
そう否定するも、
「おあいにく様。あんたを楽させるつもりないから。早く夕食の準備をしてちょうだい!」
私は結局、厨房へ夕食を取りに行く事になった。大きな溜め息をつきながら。
夕食を乗せたワゴンを運びながら、三ヵ月後に思いを馳せていると、正面から、今、一番会いたくない人がやって来るのが見える。
私はキョロキョロと周りを見回し、隠れられそうな所を探すも、見当たらない。
そんな私の姿を見て、
「おい。逃げるなよ」
と声を掛けられる。隠れられなかった…。
隠れられなかった私は、そのまま真っ直ぐクリス様がいる方向へ歩いていく。
「おい。最近、俺を避けてたろ?」
…バレてる。
「いえ、そのような事は…」
「じゃあ、何故今も隠れようとした?」
…バレてる。
「では、失礼を承知で申し上げます。クリス様に構われると、仕事が滞るのです。
何度も申しました通り、ミシェル殿下には、私しか侍女がおりませんので。それでは、失礼いたします」
私は頭を下げ、クリス様の横を通りすぎる。
クリス様は去っていく私の背中に、
「それについては、俺に考えがある。もう少し待ってろ」
と声をかけた。
『それについて』のそれって何だろうと私は不思議に思いながらも、振り返る事なく、その場を後にした。
ベルガ王国に来て、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
アーベル殿下とのお茶会は、一応週に一回は行われているのだが、殆んど会話もなく、毎回三十分もしない間にお開きとなっている。
当然、アーベル殿下とミシェル殿下の仲が近づく事はなく、心の距離も離れたままだ。
ミシェル殿下が今まで気に入った男性は、殆んどが自分より身分の低い者で、チヤホヤして貰えるのが当たり前だった。
だから、殿下は自分からアプローチする術を持っていない。
それについては私自身、そんな術を知らないのでアドバイスすら出来ないでいた。
フェルト女史は、忍耐強い人であった。
物覚えの悪い殿下に、繰り返し、繰り返し教えてくれた甲斐もあり、殿下もこの一ヵ月で、ベルガ王国の基礎知識は習得出来たようだ。
そして、私もある事を始めた。
それは、『せめて私だけでもベルガ王国の人達と仲良くなろう大作戦』だ。
大作戦と言う程、大層なモノではないが、ミシェル殿下と共に部屋に籠っていても何も始まらない。
いずれゲルニカに行くにしても、せめてこの国の人とコミュニケーションを取れるようになっておきたかった。
なので、私が食事を取りに行く厨房や、付いてくれている護衛の方々に、積極的に話しかける事にした。
元々、護衛の方々には嫌な顔をされたことはないので、こちらは比較的にスムーズに話が出来たのだが、護衛中にベラベラ喋る人も居らず、会話は続かない。
それでも、私から距離を詰めていかなければ、あちら側も面白くないだろう。
何度か話しかける内に、少しずつだが厨房の料理人も会話をしてくれるようになった。まだ笑顔はないけれど。
仲良くなる為にはまだまだだが、少しずつでも良い。自分に出来る事を一つ、一つやっていくだけだ。




