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第二十三話

「ちょ、クリス様お待ちくださいませ」


と私が慌ててクリス様の入室を阻もうとすると、ミシェル殿下は、


「?王太子殿下ではありませんか。申し訳ありませんが、勝手に入ってこられては困ります」

とミシェル殿下が不快感を露にする。


「失礼なのは承知の上だ。そこについては謝ろう。

しかし、この侍女を咎めるのは、私の顔に免じて控えて頂きたい。

私がこの者を勝手に連れて行ってしまったのだ。私が命じれば、一介の侍女に断る術はない。

悪いのは全てこの私だ。叱責を受けるべきは彼女ではない」


クリス様が私を庇ってくれてますけど、ミシェル殿下の気分が益々急降下しているのがわかる。


「この者は私の侍女。その責務を放棄するなど、どんな事情があろうと、あってはならない事。

王太子殿下のお気持ちはわかりましたが、どうぞお引き取りを。こんな時間にこんな所に来られるのは、迷惑です!」

とミシェル殿下の声が段々と荒々しくなってきた所で、私は、


「ク…王太子殿下、道に迷った私を助けて頂いた上に庇って頂き、ありがとう御座いました。

殿下の側を離れた事はどんな理由があっても許されるものではありません。

私が叱責を受けるのは当然で御座います。今日は本当にご迷惑お掛け致しました」

と私はクリス様に頭を下げた。そして、


「殿下、王太子殿下は私を庇って下さったに過ぎません。これ以上はお控え下さいませ」

とミシェル殿下にも頭を下げる。


結局、クリス様は渋々ながら、部屋を去ってくれた。


これ以上、二人が揉めるのは非常に不味い。


私はクリス様が去ってくれた事に安堵したが、殿下のご機嫌は最悪で、その後、私が長々と叱責された事は想定の範囲内であった。



翌日、私の姿を見かけたクリス様が足早に近づいてくる。


「おい!昨日は大丈夫だったか?なんで、俺に連れて行かれたと正直に言わなかった?あの時はお前の顔を立てて引いてしまったが…何もされていないか?」


「…大丈夫です。でも、もう私に構うのは止めて下さい。それでは失礼致します」

と私は一礼してその場を後にしようとしたのだが…クリス様に手を掴まれた。


「待て。怒ってるのか?」

…正直、クリス様と関わる理由が私にはない。

それに私はこう見えても忙しい。


「いえ。怒ってなどおりません。しかし、私はただの侍女。王太子殿下とお話を出来る立場にもないのです。

私には私の役目が御座います。それをしっかり務めるだけです。手をお離し下さい。それでは失礼致します」


私は今度こそ、クリス様の手を振りほどき、その場を後にした。




それからと言うもの、私はとにかくクリス様を避けた。

これ以上仕事の邪魔をされるわけにはいかない。



フェルト女史の授業は、主にこの国の歴史やこの国での淑女マナーだ。


今の所、殿下は一応嫌がらず勉強をしているが、飲み込みはイマイチだ。

これは、フェルト女史の根気が試されているのかもしれない。我慢強い事を祈りたい。


その内、アーベル殿下からミシェル殿下がお茶の誘いを受けた。

ミシェル殿下は嬉しそうな顔をしながらも、


「嫌よ。断ってちょうだい」

なんて、強がりを言う。


はっきり言って、向こうも嫌だろうけど、最低限の婚約者としての務めを果たそうとしてくれているだけだ。

ミシェル殿下が断れば、これ幸いとアーベル殿下があっさり了承する未来しか見えない。


「殿下。これも婚約者の務めです。お互い歩み寄りませんと、よい伴侶になれませんよ?」


…殿下はお試し期間なんですよ?とは言えないが、せめてこれくらいのアドバイスはさせて欲しい。


そんな私に殿下は、


「婚約破棄された、あんたに言われたくないわよ。持参金が用意出来なかったのが原因じゃなくて、あんたの仮面を被ったようなその顔が原因なんじゃない?地味だし。男だって、あんたなんかと結婚するぐらいなら、他の可愛げのある女の方が良いに決まってるじゃない」


…殿下の言葉が心に刺さる。

あながち間違いではないのだろうな…とは自分でも思うのだ。

金を積まれたって嫌だ!とまでは思われないだろうが、同じお金がないなら、容姿が良い方が明らかに好ましいだろう。

幼い頃からの顔馴染みで、親愛の情ぐらいはあった筈だが、元婚約者からは『好きだ』なんて言葉を貰った事はない。


私は殿下の珍しく真っ当な意見に、ちょっぴり傷つきながら、お茶会の会場である中庭に殿下に付き添い歩いていく。


中庭には、お菓子が用意されており、既にアーベル殿下がお座りになっていた。

ミシェル殿下は、何も言わず席に腰かける。

その様子をアーベル殿下はチラリと見るも、何の言葉も掛けなかった。


私は思わず、


「お待たせして申し訳ありません」

と言ってしまった。

本当ならミシェル殿下が言うべき言葉。


その言葉を受けて、アーベル殿下は、


「……言うべき言葉も言えんのか」

と呟いた。

私は冷や汗をかく。どうすれば良かったんだろう。


ミシェル殿下は何を言われたのかも気付いていないようだが、アーベル殿下はそのままメイドにお茶の用意を合図した。


アーベル殿下は呆れる様な視線をミシェル殿下に向けるが、本人は全く気にしていない。


そのまま沈黙が続く。

二人とも一言も発しない。何?この地獄の様な時間。


アーベル殿下の側近も、何とも言えない顔をしていた。


せめて、ミシェル殿下がお茶の味の感想なり、お菓子の感想なりを言ってくれないかと、祈る様に見つめるも、ミシェル殿下は何も言わず、お茶を飲み、菓子を食べていた。

…私の胃がキリキリ痛むのは、何故だろう。


沈黙に耐えられなくなったのは、アーベル殿下の方だ。


「旨いか?」

…凄い少ない言葉数だが、沈黙よりはマシだ。

これでミシェル殿下がきちんと答えてくれれば、会話の糸口になるかもしれない。


「…まぁまぁね」

…終わった。最速。何故そんな答え?

せめて『美味しい』と答えろよ!

私は心の中でミシェル殿下に悪態をつく。心の中ぐらいは自由で居たい。


アーベル殿下はその答えに少し顔をしかめるも、その後、ミシェル殿下に声をかける事はなかった。


そしてこのお通夜みたいなお茶会は、僅か三十分程で終了した。

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