第二十二話
「あのアーベルが、お前の主の事は気に入らないみたいだ」
「でも…まだ話をしてもいないのですから、そこまで嫌われる覚えも…」
「お前達が国境に来るまで、結局予定より二日遅れたな。
実は二日前まで…お前達が着く予定の日には、俺ではなくアーベルが待っていたんだ」
「あ…なるほど…」
「何もアーベルが行く必要はないとみんな言っていたんだがな。わざわざアルティアから来てくれるのだからと、奴なりに礼を尽くしたつもりだったんだが…まぁ、結果はお前の知ってる通りだ」
…ミシェル殿下のワガママで、私達の到着が遅れた事、アーベル殿下は御存知だったのね。しかも…待っていてくれたのに。そう思うと申し訳なかった。
「私が有無を言わさず予定通りに到着出来るよう、殿下を諌められなかった事も原因です。…申し訳ありません」
私は頭を下げた。
「何故お前が謝る?一介の侍女が王女をどうにか出来る訳ないだろう。お前は気にするな。
はっきり言えば、この結婚を軽んじたお前の主に責任があるのだ」
「そうかもしれませんが…。ベルガ王国の護衛の方々をお待たせしている事、もう少し殿下に強く言うべきでした」
「そんな事、言われなくとも理解していない時点でダメなんだよ。それがアーベルに伝わっている。
正直、俺達もアーベルが嫌がるような結婚はさせたくない。
奴は確かに、誰でも良いと言ったが、嫌いな奴と一生添わせるのは、俺達にとっても不本意だ」
「で、では…この結婚は?」
最悪な想像に私は青ざめる…ような気持ちでいるだけで、多分顔には出ていない。
「まぁ、待て。慌てるな。婚約の儀までは、後三ヶ月ある。それまでにお前の主が、この国の理を理解し、アーベルに寄り添う意思を見せれば、このまま結婚させるさ。しかし…その決意が認められなければ…」
「なければ…この結婚は白紙に?」
「あぁ。元々この結婚の旨味は、間違いなくアルティアの方が多い。うちとしても鉱物への関税引き下げはありがたい限りだが、わざわざそちらの姫をもらい受ける必要はない。
それについては、こちらも考える準備はある。元々最初からこの結婚に、我らは乗り気ではないしな」
「では、今はお試し期間…という事でしょうか?」
「まぁ、平たく言えばそうだな。どうせ、お前の主だってこの結婚に乗り気じゃないだろう?」
…確かに獣人を嫌ってる殿下にとってもこの結婚は耐え難いようだが…間違いなく国に帰っても歓迎はされない。
しかも、殿下はアーベル殿下の顔を気に入っている。今のところ顔だけだろうけど。
「しかし…」
「言っておくが、お前の主にこの事を言うな。彼女自ら気づいて、歩み寄る姿勢を見せられなければならない」
「でも、それでは殿下だけが歩み寄らなければならない事になります。それは不公平では?」
私はクリス様が王太子殿下なのも忘れて反論した。
「もちろん、アーベルには婚約者としての務めは果たさせる。それでフェアだろ?」
そう言われてしまえば、私はそれ以上何も言えなかった。
「ところで、クリス様はあの時、何故あの国境の護衛の所に?」
と私が疑問に思っていた事を訊くと、
「あぁ。丁度あの町の近くに用があってな。あの時の護衛の中には、俺の部隊の団員が含まれていたから、ついでに少し様子を見に行っただけだ。
そうしたら丁度到着したって言うから、出迎えに参加したんだ。アーベルも居なかったし」
「なるほど。でも…それならば、クリス様はそのまま、直ぐに王都へ引き返しても良かったのではないですか?わざわざ三日間、私達の護衛まで務めて頂かなくても…」
と私が言うと、
「そ、それは、その、ほら、あれだ!」
あれって何だ?
「あれ?で御座いますか?」
「そうだ、あれだ。ついでだ、ついで。深い意味はない」
「…そうで御座いましたか」
なんだか釈然としないけど…。
「それでだ。シビル、お前に訊きたい事があるんだが…」
とクリス様が言いかけた時、執務室の扉をノックする音が響いた。
クリス様が中から声をかけると、焦った声で、
「こちらに、ミシェル王女の侍女、シビル殿はいらっしゃいますか?王女がお呼びで御座います」
とさっき私が声をかけていった廊下の護衛の方の声がした。
不味い!殿下の目が覚めたんだ!
「クリス様!申し訳ありません。直ぐに部屋に戻らせて頂きます」
と失礼を承知で、私は席を立つ。
その私にクリス様は、
「なら、俺も一緒に行こう。また暴力を振るわれては、誘った俺が申し訳ないからな」
…やっぱり頬の傷は殿下が原因だと思われているようだ。
しかし、今はそれどころじゃない。
「いえ、私一人で大丈夫です」
と私が断るも、
「さぁ、急がなければ、どんどんと機嫌が悪くなるんじゃないのか?ほら、行くぞ」
と言ってクリス様は、私より先に歩きだした。
何故だか私が追いかける形になりながら、私とクリス様と、私を呼びに来た護衛の方は殿下の部屋にたどり着いた。
私はノックして、声をかける。
「殿下、シビルで御座います。場を離れ申し訳御座いません」
と私が声をかけると、中から喚く声が聞こえた。
私は覚悟を決めて、
「失礼します」
と中へ入る。
クリス様には、扉の前で待って頂いている。出来ればそのまま帰ってもらいたいのだが…
「ちょっと!どこに行ってたのよ!私を一人にするなんて、どういうつもり?」
と私を怒鳴る殿下の声。可愛い顔も台無しだ。
「申し訳ありません」
と私が頭を下げると、後ろから、
「ミシェル殿下少し失礼する」
と言ってクリス様が入ってきた。まだ早い!




