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第二十一話

一食分を二人で分け合いながら食べた。


そのうちクリス様が食べた分は、全部私が「あーん」させた物だ。

途中から仕方なく、私も「あーん」と言って食べさせた。


バカップルでも、こんな事しないのでは?と思うと、部屋の隅で控える侍従の顔を直視できない。

はっきり言って、味なんて全然わからなかった。


「あーん」をしながら、『考えたら負け!考えたら負け!』と呪文のように繰り返し心で呟いた。

食事が終わる頃には、すっかり疲労困憊だ。


晩餐会の後、殿下の着替え、湯浴みを終えた段階で、ヘトヘトだったのに…更なる試練に、私はもう燃え尽きた。

食事を終え、灰になった私は目の前に置かれたお茶をボーッと見ていた。


「どうした?茶は嫌いか?」

…いえ…嫌いじゃないです。


クリス様が心配するポイントがずっと、微妙にずれているが、それを指摘する気力すら私には残されていなかった。


「いえ。いただきます…」

と言って私はお茶を一口飲んだ。

美味しい。やっと味が分かる気がする。


「その頬の傷…王女か?」


一瞬、何を訊かれているのか分からずにキョトンとしたが、直ぐに理解した。


「いえ…自分で。爪は短くしておかなければいけませんね」


私はちゃんと晩餐会で言った言い訳を覚えていた。答えは間違ってない。


「ふん。そうか。まぁ、良い。次は許さないがな」


「?」


私はクリス様の言った意味がわからなかったが、クリス様は一人で納得していた。


「今回は、お前の主は失敗しなかったな」

…晩餐会での会話と、マナーの事だろうか?


「はい。フェルト女史からアドバイスを頂きまして」


「宰相のご夫人だな。彼女は人間だからな。お前の主も受け入れるのに抵抗はなかっただろう?」


…もしかして、クリス様が助言してくれたのだろうか?


「はい。有り難いことに。フェルト女史以外にもこの国には…」


「あぁ。少ないが人間も居る。皆が皆、お互いを嫌っているわけではないからな」


…でも、クリス様は人間が嫌いだと言っていた。じゃあ…何故私を此処へ?



「そう言えば。アーベル殿下は結婚したらゲルニカへ行くと聞きました」


「あぁ。今のところその予定だ」

…やっぱり。


ミシェル殿下が知ったら大騒ぎしそうだ…今はまだ黙っておこう。


「あの…クリス様、私にお話があったのではないのですか?」


「ん?いや、その傷を見た時、カッとなってしまった。理由を聞かねばと意気込んでしまっただけだ。

だが……お前がオットーから交際を申し込まれているとは知らなかった」


『カッとなった?』なんで?

それより、キャンベル医師の事だ。


「よく、私の傷に気がつきましたね?それと、キャンベル様の事ですが…あまりに突然で。はっきり言って本気にしておりません。なんだか…ちょっと軽そうでしたし…」

と私が言うと、


「そうだ。あいつは軽薄なんだ。惚れっぽいしな。あんな奴の言う事は本気にしなくて良い」


「やっぱり。そんな感じがしましたけど…。まぁ、どちらにしろ私はキャンベル様と交際をするつもりはありませんし。なんだか、会ったその日に好意を持たれても、信じられないと言うか…」

と私が言うと、


「そ、そうか?そんな事もあるかもしれないぞ?ほら…ひ、一目惚れとか…」


さっきまで、キャンベル医師を軽薄だと言っていたのに?一目惚れは有りなのね?

でも、何故クリス様が焦っているのだろう?


クリス様は、


「シビル。何故お前はベルガに来た?王女の為…とかそういう御託を並べるなよ?素直に述べよ」


…やっぱり、クリス様って王太子なんだなぁ~威圧感が半端ない。

まぁ、隠す程のものでも無いし、私は此処に来た理由を話した。



「じゃあ、お前は実家の借金の為に?」


「はい。私は元々、ミシェル殿下付きの侍女ですらありませんでした。ただの王宮侍女です。しかし、クリス様も御存知の通り、嫌われていると分かっていて獣人の国に付いてきたいと言う希望者がおりませんでしたので…」


「弱味に付け込まれたのか…」


「まぁ…明け透けな言い方をすれば、ですが。

でも、この仕事を引き受けたお陰で、実家の借金はなくなり、アルティア王国からの給金は実家に送金されています。

これで、妹は憂いなく嫁ぐ事が出来るでしょう」


「お前は…それで良いのか?」


「私は婚約解消をされた身。謂わば傷物です。

どうせアルティア王国に居たとて、良い縁談は来なかったでしょう。

来ても、歳上の後妻に収まるのが関の山です。なので、これで良かったのです」


私は元々婚約者には幼馴染み以上の感情は持っていなかった。

夫婦になればそれなりの情もあり、上手くいったのかもしれないが、今さらそれを考えた所でどうにもならない。



「なるほど…良くわかった」

クリス様は頷きながら、


「ベルガ王国は元々、政略結婚は少ないんだ。何故か分かるか?」

と私に訊ねる。


「…考えられるとすれば…王族であっても一夫一婦制だからでしょうか?」


「ああ、そうだ。この国は元々、実力主義だ。ある程度の血の繋がりは尊重されるが、直系でなければ継げない訳じゃないからな。

例え夫婦に子がないからといって、咎められる事もない」


…子が出来ない事を責められない事は、女にとっては何より心穏やかに過ごせそうだ。

それを重責に思い、気を病むご夫人を何人もアルティア王国では目にしてきた。



「では、アーベル殿下とミシェル殿下の結婚は、とても特殊なのですね」


「そうだ。元々アーベルはそういう事には、とんと疎い。

あいつが相手を自分で見つけてくる事など、誰も期待してなかったからな。

あいつ自身、誰でも良いと言っていたし。まぁ、だが…」



…だが…その後に続く言葉が怖い。

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