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第二十話

連れて行かれた部屋は、初日にお茶をご馳走になった部屋だった。

此処ってもしかして…


「入れ。すぐに夕食を用意させる」

と王太子殿下は言うが、


「い、いえ。此処で私が夕食なんて、滅相もありません!此処…王太子殿下の執務室ですよね?」


「あぁ、そうだ。居室は別にあるが、一々戻るのも面倒だからな。

俺は此処に寝泊まりしてる。広さも十分だし。

ただ、夕食を食べれるようなテーブルがないからな…直ぐに一緒に用意させるから、少しその長椅子に座って、待っておけ」


「いえいえ。私の夕食の事はもうお気になさらず。

あの…殿下は私にご用があったのではないのですか?お話とは?」

と私が訊ねるも、


「お前はまだ夕食を食べていないのだろう?腹が減っていては、話しにならん。此処で食えば良い。遠慮はするな」

と、全然私の願いを聞いてくれない。


遠慮したい…出来れば全力で。


そして、王太子殿下は近くの使用人に指示をすると、数人がテキパキとテーブルと私の夕食を用意して、部屋を出て行った。

部屋の隅には殿下の側近らしき侍従が控えているが、私はどうしたら良いのかと途方に暮れる。


「さぁ、用意出来たぞ。遠慮せず食べると良い」

と王太子殿下は、私を手招きして、夕食がセッティングされたテーブルの椅子に腰掛けさせた。


王太子殿下はその向かいの席に腰かける。

夕食は私の前にしかない。

………え?私一人で食べるの?


「どうした?遠慮するな。さぁ、食べろ」


「あの…王太子殿下の分は…」


「クリスだ」


「え?」


「クリスと呼べと言っただろう?」


「あの時は、王太子殿下と知らず、御無礼を致しました。どのような処分でも受けるつもりでおりますが、せめてミシェル王女殿下がこの国に慣れるまでは…」

と私が謝罪をしていると、


「ん?何故俺がお前を処分せねばならないんだ?クリスと呼べと言ったのは俺だ。

王太子自らが許可したのだから、呼ばない方が問題だろう?いいから、今までのようにクリスと呼べ」


……不敬については不問にしてくれるようだが、流石に一介の侍女が王太子殿下を名前で呼ぶのは、いくらなんでも不味いだろう。


「流石にそれは…出来かねます」

と私が頑なに固辞するも、


「じゃあこれは王太子命令だ。シビル、お前は俺を『クリス』と呼べ。呼ばぬなら、罰を下す」


「ば、罰?呼ばねば罰を下す?それは、あんまりでは…」


「なら呼べば良い。簡単な事だ」

……暴君かよ!


「では…失礼ながら、クリス様。クリス様は何もお召し上がりにならないので?」

と私は訊ねる。

だって、こんな所で、クリス様に見られながら一人だけ夕食食べるなんて、なんの拷問?

これは罰?罰なの?いや、でも今、クリス様と呼んだんだから、セーフじゃない?


「ん?俺はさっきの晩餐会で食べてたろ?お前も見てた筈だが?」


確かに見てました!でも、私一人だけなんて、居たたまれないんですって!


私が、


「でも…」

と言うと、


「ん?俺が見てる前では食べにくいか?なら、俺も少し食べるか…」

とクリス様が言ってくれたので、


「良ければそのようにして頂けると助かります」

と私は、ホッとしてクリス様にお願いした。


これで私一人が、王太子殿下の前で食事すると言う地獄の時間は回避出来そうだ。


私はクリス様に使用人が食事の用意をするのを待っておこうと思ったその時、


「じゃあ、もう少し近づいた方が良いな」

と、私の隣へクリス様が椅子を持ってきて座る。


私がポカンとクリス様を見つめていると、


「さぁ、これなら届くな。じゃあ、ほらあーん」

と言ってクリス様は私の前に口を開けて待っている。


………どういう事?『あーん』?


「おい。何を呆けてるんだ?俺の口が疲れるだろ?

あぁ、そうか、リクエストしなきゃならんな。

俺はその肉が食いたい。ほら、切って。あんまり大きすぎると食い難いからな。ほら、早く切れよ」


「………もしかして、私がクリス様に食べさせるのでしょうか?」


「そうだ。一人分しかないんだから、そうなるだろ?」


「いやいや。それならば、クリス様、先にお召し上がり下さい!」

と、私が肉を皿ごとクリス様の方へ置こうとすると、


「いや。俺が先に食べたら、その後、またお前は俺の前で一人で食べる事になるんだぞ?それが嫌なんだろ?じゃあ、一緒に食えば良いだろ」


「もう一人分用意するなんて選択肢は…」


「ない!もう観念しろ。ほら、あーん」

と言ってクリス様はまた口を開けて待っている。


…私に拒否権はないらしい。

仕方なく私は、肉を一口大に切り、クリス様の口へ運ぶ。


クリス様はその肉を咀嚼し飲み込むと、


「その時は、お前も『あーん』って言うもんだろ?」

と、またもや私に無理難題を押し付ける。


なんでこんな羞恥心を煽られる事をしなければならないのだろう。


その上、クリス様は、

「ほら、次はお前だ。俺が食わしてやろうか?」

と訊いてくる。

それは断固拒否だ!


「いえ。大丈夫です。自分で食べられますから。あの…新しいカトラリーは…」


私が今使っているカトラリーは、クリス様の口に付いてしまった。

それを一緒に使う事は出来ないので、私は近くにいる使用人にお願いしようと、キョロキョロすると、


「ん?そのまま使えば良いだろう?」


「え?!それは出来ません。クリス様と同じ物を使うなど…」

と私が強めに否定すると、


「…そんな嫌か……そうか…」

とクリス様は俯いてしまった。


「いえ、あの、嫌とかそういう事ではなくて…」

と私が言うと、


「じゃあ、それを使え。大丈夫だ、病気は持ってない」


と、私は結局押しきられる形になり、そのカトラリーで、自分も肉を切り口に運んだ。


…これ、何の時間?


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