第十五話
私は鏡で自分の頬の傷を確認する。
まぁ、スーッって感じで切れて血は滲んでいるが、大した事はなさそうだ。
例え傷が残るような事になったとしても、殿下が言ったように、私は今後、結婚する予定もないのだから、気にする必要もない。
傷口を一応水で洗うと、ピリピリとした痛みはあるが、触れなければ大丈夫そうだ。
私は廊下の護衛に声をかけ、医務室を教えて貰う。
出来ればガーゼか何かで傷を覆って、なるべく触れないようにしてしまいたかった。
医務室に着いて扉を叩くと、
「どうぞ」
の声。
私はそっと扉を開けると、そこには綺麗な銀髪の長い髪に、茶色の大きな三角の耳、大きな尻尾を持つ若い男性が居た。
ここのお医者様かな?
私が挨拶をして入ると、
「おはよう!僕は此処で医師をしている、オットー・キャンベルだよ。よろしくね~。
君は…新しく来たアルティアのお姫様の所の娘かな?」
「はい。あの…」
と私が言いかけると…
「ちょっと!頬が傷になってるじゃないか!女の子が顔に傷なんて…さぁ、直ぐこっちに座って。急いで処置をしよう」
…ガーゼの一枚でも貰えれば…と思ってたんだけどな…。
「あの…大した事ないので、ガーゼ…」
「早く!自分で座れないなら、仕方ないな」
とキャンベル医師は扉の所で躊躇っている私をさっと抱き上げた。
「!ちょ、大丈夫です!歩けます!自分で座れます!」
と必死に訴えるも、キャンベル医師は私を離す事なく、そのまま椅子に座らせた。
「さ、大人しく僕に手当させてね~」
とキャンベル医師は私に優しく言うと、テキパキと私の頬の処置を終わらせた。
「さて。これで終了っと!見た目よりちょっと傷は酷かったよ?
もしかしたら、うっすら跡が残ってしまうかもしれないけど…」
「あ、ありがとうございました。別に、跡が残っても、特に問題はないので、大丈夫ですけど。」
「女の子が何言ってるの!」
「えっと…特に嫁ぐ予定もないですし…それに、うっすらなら、化粧で誤魔化す事も出来ますから。
では、私、これで失礼いたします。本当にありがとうございました」
と私が頭を下げると、
「待って!君の名前は?」
「あ、申し遅れました、私、この度アルティア王国から、ミシェル王女の侍女として共に参りました、シビル・モンターレと申します。よろしくお願いいたします」
と私が名乗ると、
「シビルちゃんね!ねぇ、君は僕に触られて嫌だった?」
…どう言う意味だろう?
「手当て…の事ですか?もちろん嫌な訳はありません!ガーゼでも当てとけば良いかな?なんて思っていたのに、こんなにきちんと手当して頂いて…感謝しております」
と私は慌てて自分の気持ちを告げる。
「そっか。じゃあ、別に君は獣人が嫌だとかないんだね?」
私はハッとした。もしかしたら、キャンベル医師は、人間が嫌いだったのかも。
それなら、私の手当なんて嫌な事だったかもしれない。
「すみません!もしかして、私に触れるのが嫌だったのでしょうか?
私は自分がそういう…その…獣人だとか、人間だとか区別していなかったので、気がつきませんでした。申し訳ありません」
と私が謝ると、
「違う、違う!ほら…君が今言った様に、獣人を嫌がる人間も居るからさ。
手当って言っても、シビルちゃんが嫌だったかな?って気になったんだ。
僕は君と一緒。そんな区別するのはバカらしいと思ってるからさ。同じ『人』だろ?」
「はい。私もそう思っております。ただ、そうでない考えを持つ人が居る事も理解しているつもりですので…」
…キャンベル医師が私と同じ思考の人でホッとする。
ここ(王城)でも、私達に悪感情を持たない人が一人でも居る事が嬉しかった。
「ねぇ、シビルちゃんは、さっき嫁ぐ予定はないって言ってたね」
「はい。ここには殿下のお世話をする為に来たので」
「そっかぁ。じゃあさ、結婚するかどうかは置いといて。…僕とお付き合いしない?」
「………へ?」
能面女でも、驚くよ?
「あの…すみません。仰られている意味がわからなくて…」
「もしかして、結婚する予定は無いけど、恋人とか、好きな人が居たりする?」
「いえ。どちらもおりませんが…だからといってキャンベル様とお付き合いするという意味がわかりません」
「え?そのままの意味だよ?恋人居ないなら、僕が恋人になっても良いよね?」
…どうしてそうなるんだろう?それに、この人、なんか軽い…
「あの…からかっていらっしゃるんでしょうか?」
「そんなぁ。心外だなぁ。僕は本気だよ?」
…出会ってものの十五分ぐらいで『本気だ』と言われて誰が信用するのか。
「あの…私はキャンベル様の事を知りませんし、キャンベル様は私の事を知りませんよね?それでお付き合いしたいという気持ちになる事自体、あまり信用出来ないと申しますか…」
「僕は、オットー・キャンベル。
キャンベル侯爵の次男で、宮廷医師の一人だ。
見ての通り狐の獣人だよ。年齢は二十六歳。
この歳で婚約者も居ない寂しい独り者だ。じゃあ、今度はシビルちゃんの事を教えて?」
「あの…私の言う『知らない』って言うのはそういう事ではなくて…」
「為人をわかって貰えるのには時間がかかるから、それは付き合ってからじっくりとで良くない?シビルちゃんは一目惚れって知ってる?」
「言葉は知っていますが、体験した事はありません」
「僕も今まで体験した事なかったけど、今日、この時に初体験だ。僕、シビルちゃんに一目惚れしちゃったみたい」
…あくまでも軽い。軽すぎる。
「…申し訳ありません。お断りさせていただきます」
…もうこの時間を終わらせたい。そろそろ戻らねば、また殿下の癇癪が発動する頃だ。
「え?僕の事嫌い?」
「嫌いとかそういう事ではありませんが、今の私には、お付き合いとか、そういう事を考える余裕はありませんので。申し訳ありません。手当、ありがとうございました。では、失礼致します」
私はさっさと礼をして、扉に手をかける。
「ちょ、ちょっと待って!じゃあ、今すぐじゃなくて良いから!考えてみてよ、ね?」
…この人、軽いくせに諦めが悪いな。
顔は整ってるんだから、誰か他の人を当たって欲しい。
「すみません。お断りします。では今度こそ失礼します。」
と言って私はさっさと部屋を出た。
本気だろうがなんだろうが、今の私にはそんな事を考える暇もないのだから。
殿下の部屋に戻ると案の定、何処に行っていたのかと怒られた。
『殿下のせいで医務室に行っていたんです!』と言いたいが、グッと我慢する。
私の頬のガーゼを見た殿下は、
「何なのそれ?私への当て付け?大袈裟ね。本当に嫌な女!」
と顔を歪める。
人形から女へ格上げだ。良かった人間に戻れて。
「殿下、そろそろこちらに講師の方がおみえになります。用意をしておきましょう」
今日から、王子妃教育の始まりだ。
此処に殿下の逃げ場はないのだから、しっかり頑張って欲しい。
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