第十三話
「殿下は…私に挨拶の事は叱責されましたが…その事については、何もお話になりませんでした」
「そりゃそうだろ。皆、苦笑いでお前の主を見ていたが、誰もそこで訂正しなかったしな」
…ある意味、その場では恥をかかなくても済んだかもしれないが…それでも、陛下を始めとする皆様に心証が悪くなった事は間違いない。後で殿下に訂正をしておかなければ…。
「はぁ…。でも、その場に王太子殿下もいらっしゃったのでしょう?さぞかし不快な思いをされたのではないでしょうか…」
私が不安そうな顔をすると、
「………まぁ、大丈夫だ。お前が心配する事じゃない」
とクリス様が慰めてくれた。
しかし、クリス様が大丈夫だと言ったからといって、私の気持ちが晴れる事はない。
「他には…何かありますか?」
と私は自分に追い討ちをかけるが如く、更にクリス様に質問してみた。
「訊きたいか?顔色が悪いようだが…」
「…一応聞いておかなければ、殿下の勘違いを訂正する事も出来ませんし…」
本音では聞きたくない…でも、聞かないでいる程図太くもない。
「まぁ、アルティアからの手土産についても、こちらの質問には殆んど答えられなかったな。せっかくの素晴らしい加工技術だったが…宣伝効果は見込めまい」
…あ…あ…やっばり…
「それと、アーベル…アーベル殿下だがな…」
「は、はい!」
「…多分、お前の主の事は嫌いだと思うぞ。あいつは、自分本意なやつは嫌いだとさ」
……そんなハッキリと…
「でも、この結婚は…国と国とを繋ぐ為の物。好きだの嫌いだの、そこには必要ないんじゃないですか?」
「お前…情緒がないな」
…そんな事クリス様に言われたくない。自分でも自覚はあるけど。
「王族の結婚なんて、そんな物でしょう?貴族だってそうなんですから」
「そうかぁ?俺は少なくとも嫌いな奴とは結婚したくないがな」
…誰だってそうだろうけど、それを口にするかしないかは別だ。
そういえば、もう結構な時間が経った気がする。戻らなければヤバイ。
「すみません、もうそろそろ戻りませんと…お茶もサンドイッチも美味しかったです。ありがとうございました」
と私はクリス様にお礼を言うと、席を立つ。
「ん?もう行くのか?じゃあ、送る」
「いえ、大丈夫です。それに、食器を厨房に持って行かないといけないので…」
「あれはもう片付けさせた。それに、ここは簡単には立ち入れない場所だ。
俺と居ないと、誰かに見られたら咎められるぞ」
…そうだった…。
「では、すみませんが、よろしくお願いします」
結局、私はクリス様に部屋まで送ってもらう事になった。
ワゴンまで片付けてもらって申し訳ない。
部屋へ戻る途中、何故かクリス様は言いにくそうに、
「お前も貴族の娘なら、…その…婚約者とか、居るんじゃないのか?ベルガに来て…良かったのか?」
と訊かれてた。
さっき、結婚の話をしたからかな?
「いえ。私には婚約者も、そのように将来を約束した方もおりませんので。
それもあって、こちらの国に殿下に付いて来る者として選ばれたようなものですから」
と私が答えると、
「そ、そうか…。なら、問題ないな…」
とクリス様は呟く。
「そうですね。こちらでずっと殿下のお世話をするのに、なんの問題もございません」
確かに、私が途中で辞めてアルティアに帰ったりしたら困るだろう。
殿下は、私以外に世話をされるのを拒否するかもしれない。
それは例えゲルニカに居を移しても変わらないだろう。
私が心配ない事を伝えると、
「いや、そういう訳ではなくてだな…」
とクリス様が何か言いかけたところで、私は殿下の部屋に着いた。
廊下の護衛が、クリス様を見て畏まる。
騎士団の偉い人のようだから、近衛のこの騎士より偉いのかもしれない。
「クリス様、今日はありがとうございました。それでは失礼いたします」
と言って、私は部屋に戻る。
クリス様がさっき何か言いかけていたような気がするが…まぁいっか。
翌日。
朝から私と殿下の格闘が始まる。
もう、ベルガに着いているのだから、抵抗しても無駄だと思うのだが…。
まぁ、寝起きが悪いのは元々か。
しかし、アルティアで過ごしたようにはもう出来ないのだと理解して欲しい。
此処で甘えはもう許されない。
それに、今日から王子妃教育が始まるはずだ。
今まで、アルティアでは散々勉強から逃げていたが、そんな事は此処では出来ないのだ。観念して貰いたい。
それと…私は昨日の殿下の勘違いと言う名の無知を諌めなければならないのだ。気が重い。
だって、嫁ぎ先の王太子殿下を知らないなんて、思わないじゃないか!
そんなのイロハのイだ。当然知ってて然るべき。
「殿下!そろそろ本当に起きて頂かなければ、朝食に間に合いません。お疲れだとは思いますが、朝の仕度を…」
「うるさい!!!」
枕が飛んできたが、私は華麗に避ける。枕ごときにやられる私はもう居ない。
「ここはアルティアではないのです…ワガママはほどほどにしていただきませんと…」
と私が言うと、
「…あんた、私の事をワガママだと思ってたの?!」
…急にぴょっこりと殿下は起き上がる。
言ってる言葉は不可解だが、起きてくれたのは有難い。
でも…自分ではワガママだと思ってなかったんだぁ…凄いな、と私は思う。
「周りの人々を振り回した時点で『ワガママ』と認定されるのですから、そう思うのは当たり前では?」
と私がいつもの能面顔で答えると、
「私がいつ周りの人を振り回したって言うのよ!」
…無自覚って怖い。
「殿下を起こす事に費やす時間を考えたら、他の仕事が色々と片付くのですから、少なくとも私は振り回されておりますけど?」
と私は言う。
不敬だ何だと言っても、今は私しか居ないのだから、殿下は私をクビには出来ない。
遠慮はなしだ。
「はぁ?私、あんたの事、人だと思ってないわよ。笑った顔も見た事ないんだから、あんたなんて人形と同じじゃない」
…えっと。私は殿下から、人間とも思われていなかったようです。




