第十二話
夕食は、今日はお疲れだろうとの事で、部屋で取る事になった。
私としても有難い。
また、晩餐用にドレスを着付けるとなると、重労働が待っているからだ。
明日からは、殿下はこの国の王族となるべく、王子妃教育が待っている。
私が夕食を済ませた殿下に湯浴みをさせると、流石に疲れた殿下は、早々に床についた。
私は殿下の夕食の食器を片付けるついでに、自分の分の夕食を厨房へ取りに行く。
ワゴンを押しながら、今日の出来事についてを思い出す。
きちんとアルティアからの手土産について、『説明をしたのか?』という私の問いに『したわよ!』と逆切れしてみせた殿下…。
あれは、絶対にちゃんと説明出来なかったんだなと私は予想した。
我がアルティアの輸出の要である鉱物。
これにはもちろん宝石も含まれる。
この国の王族の瞳の色に合わせた宝飾品をたくさん持ってきたし、特にレイラ妃陛下に作ったエメラルドのネックレスとイヤリングと指輪のセットは見事な出来映えだった。
我が国の宝飾品を作る最高峰の職人の技が光る逸品だ。
流石、鉱物で成り上がった国だけあって、職人もかなりの腕を持つ者が多いのだ。
それを上手く売り込めば、ベルガ王国の貴族から、我が国へ、アクセサリーの加工を依頼される事も増えるのではという、ライル王太子殿下の思惑は外れてしまったかもしれない。残念だ。
私がトボトボとワゴンを押していると、
「おい」
と声が聞こえた。
振り返らなくてもわかる。…多分クリス様だ。
私は振り返る…当たり。仮面姿のクリス様だ。
「クリス様…ご機嫌よう。どうかされましたか?」
「何処へ行くんだ?」
「厨房です。この食器の片付けと、私の食事を取りに…」
と私が答えると、
「そうか。じゃあ、俺と夕食を共にしよう」
と言われる。…何で?
「申し訳ございません。私は長く殿下の側を離れる事は出来かねます。それに、今日は私も些か疲れていまして…」
私は失礼かもしれないと思いながらも、やんわりと断った。
「…そうか…じゃあ、いつなら良いんだ?」
…殿下の侍女は私しかいない。はっきり言えば、ずっと無理だ。
「申し訳ございません。せっかくお声掛けして頂いたのですが、殿下には私しか専属侍女がおりませんので…」
「それだよ。何故?まさか陛下が、王女の元へわざと侍女を寄越さなかったのではあるまい?」
…殿下が獣人嫌いだから、断ったんですよ…なんて言いにくい。
私が口ごもっていると、
「どうせ、王女が獣人を嫌って断ったって所だろうが…それではお前の体が持つまい」
…ご名答。
だがしかし、元はといえば、ベルガ王国が侍女は一人だけなんて条件を付けなければ、私が一人きりになる事なんてなかったのだ。
…まぁ、もし、何人も侍女を連れてきて良いう話だったら、他の侍女達も断る事が出来ず、私にこの話は回って来なかったかもしれない。
そうなると、実家の借金を支払ってもらう話も、二倍の給金の話もパァになっていたのかと思えば、複雑だがこの状況に感謝するしかない。
流石に正解です!とは言えない私は、
「殿下は少し人見知りな所がおありでして…」
と告げると、
「そうか?謁見ではなかなか頓珍漢な発言をしていたが…俺の思う人見知りとは、定義が違うようだ」
その事は、昼間にクリス様に聞いて気にはなっていた。
殿下はきっと、何か粗相をしたんでしょうね…
「すみません。もしよろしければ、謁見で殿下がどのような事を仰っていたのか、お教え願いたいのですが…」
「なら、少しお茶でも付き合え。お茶ぐらいなら然程時間は取らせない」
…お腹、空いてるんだけどな……でも、私から聞きたいと言ったんだし、殿下の発言も気になるところだ。
私はその誘いを受けることにした。
クリス様に連れて行かれた場所…此処は確か、許可なく立ち入りの出来ない場所ではなかったか…私は躊躇った。
「どうした?」
「いえ、あの…ここは許可なく立ち入りが出来ない場所だとお伺いしていたものですから」
「あぁ。俺と一緒なら問題ない。さぁ、入って。その長椅子に腰を掛けろ」
私はクリス様に促されるまま、腰を下ろす。
ここは…どこだろう?
クリス様は近くの使用人に声を掛け、お茶を用意させた。
「腹も減ってるだろう?軽食も用意させた。少し待ってろ」
「はい。あの…ありがとうございます」
と私がお礼を言うと、クリス様は何故か嬉しそうだった。
私の前にはサンドイッチと紅茶が並べられた。どれもとても美味しそうだ。
しかし、クリス様の前には紅茶のみ。
「あの…クリス様はお食べになりませんのでしょうか?」
と私が訊ねると、
「あぁ。俺はもう夕食は済んだ」
と答える。…では何故私を夕食に誘ったんだろう?私が首を傾げていると、
「なんだ、食べないのか?」
とクリス様が心配そうな顔をする。
「あ、いえ…クリス様が先程夕食を、と誘って下さったので…クリス様も食べていらっしゃらないものだとばかり…」
と私が言うと、
「う?いや…そのなんだ、もう一度食べても良いかなと、そう思っただけだ」
…慌ててるクリス様が何故か可愛く見える。
「では、一緒に食べませんか?だって夕食をもう一度食べても良いって思うぐらいに、お腹が空いているんですよね?
私もこんなにたくさんは食べられないので、残すより、一緒に食べて頂いた方が助かります」
そう言う私に、クリス様は、
「じ、じゃあ一緒に食おう」
と言ってサンドイッチを一つとると、大きな口で頬張った。
まだ仮面を着けたままだ。
まだ勤務中なのだろうか。
私もサンドイッチを一つ取って頬張った。とても美味しい。
「ところで、何が訊きたかったんだ?お前の主の」
と一つのサンドイッチを食べ終えたクリス様が私に話しかける。
私は当初の目的を思い出した。
「あの…殿下から謁見の時、ベルガ流の挨拶が出来なかった事は聞いたのですが…他にも何か…粗相があったでしょうか?」
「あぁ。この国の王太子が陛下の息子ではない事は知っているか?」
「もちろんです。それに、この国ではそれが然程珍しい事では無いことも」
「まぁ、この国の王子に嫁いでくるつもりなら、それぐらいは基礎知識として知ってると陛下を始め、皆思っていたと思うがな。
お前の主は第一王子に向かって王太子殿下と言ったんだ」
…私はそれを聞いて目の前が真っ暗になった…最大級の粗相じゃないか…。




