第一話
私の名前はシビル・モンターレ。没落寸前の伯爵令嬢だ。
私の家は田舎に小さな領地を持つ貧乏貴族。
かつて、私には同じ歳の婚約者が居た。
領地が隣同士ということもあり、幼い頃からの顔見知りであった。
恋愛感情はなかったが、親愛の情みたいなものはあったように思うが、もうそれも過去の話。
うちの父はお人好しだ。
他人の借金の保証人となり、あっさり逃げられた。
その借金を丸々被る事になった我が家は、元々然程裕福ではなかったが、没落寸前まで落ちぶれた。
私の結婚の持参金も用意出来なくなり、これまたあっさりと婚約は解消された。
私には兄と妹が居る。
兄は今、騎士団で働き、そのお給金を実家に仕送りしている。
私もどうせ結婚は出来ないのだし、働いて実家を助けようと思い、王宮の侍女として働いている。
せめて妹には学園を卒業し、幸せな結婚をして欲しい。
それには金が必要なのだ。
私は元来の器用さから、侍女の仕事は難なくこなしていた。
それを面白くないと感じる人がいるのも、当たり前の事だ。
私は度々嫌がらせを受けるようになった。
だいたい嫌がらせをしてくるのは、行儀見習いで来た貴族のご令嬢だ。
お金の必要な私とは、気合いが違う。
辛くないと言えば嘘になるが、仕事なんてどれも似たような物。楽しくて仕方ない仕事なんて存在しない。
ただ、ただ私は真面目に働いた。
これも全ては家族の為。守銭奴のようだが、金の為だ。
真面目に働く私は上司の受けが良かった。
それが、ますます嫌がらせに拍車をかけるが仕方ない。
私はいつの間にか、王子や王女の居住区のある一画へ配置されるまでになった。
王宮で働き始めて早二年。
私は二十歳になっていた。
婚約を解消し、持参金もない没落寸前の伯爵令嬢など、今後結婚出来る当てはない。
こうやって着実に給料の良い仕事を割り当てられているからには、私は侍女として、この王宮に骨を埋める覚悟でいた。
そう……その筈だった。
「シビル、貴女に大事な話しがあります」
私はある日侍女長に呼び出された。
何故かそれを見て、今まで私に嫌がらせをしてきたご令嬢達がクスクスと笑っているのが見える。
嫌な予感しかしない。
私は侍女長の部屋に通された。
いつもは話なんて廊下でするのに…益々嫌な予感がする。…私、何かしたかしら?怒られる?
「シビル。貴女ミシェル王女がベルガ王国へ輿入れする話は聞いてる?」
「はい。確か、来月にはあちらに向かうと」
「そうなのよ。今回、南方の国境沿いで隣国のドルーア国と小競り合いがあって、それに援軍を送ってくれたのが、ベルガ王国。
それも知っているわね?」
「はい。ベルガ王国は獣人の国。
獣人は私達より遥かに戦闘力が高く、戦に優れた民であると。
私の兄も騎士団で働いており、そちらの戦争に、参加しておりました。
ベルガ王国には感謝しかありません」
「そう。お兄様はご無事?」
「はい。兄が前線へ送られてすぐに、ベルガ王国からの援軍が来たと。
まるで軍神のようであったと兄が申しておりました」
「そのベルガ王国と、正式に我がアルティア王国が軍事同盟を結ぶ事になって、その証にと、両国の王家で婚姻を結ぶ事になった。
ここまでは大丈夫ね?」
「はい。存じております。
それでアルティア王国からは第三王女であるミシェル様が、あちらの第三王子であるアーベル殿下へ嫁ぐ事になったのですよね?」
「その通りよ」
なんだか、長ったらしく説明をされたけど、これが私を呼び出した事に、どう関係するのかしら?
「それでね。ミシェル王女に一人だけ侍女を付けていく事になったの」
「一人だけですか?」
「ええ。あちらは今回の婚姻にあまり乗り気ではないの」
「!どういうことでしょう?」
「ベルガ王国は私達人間をあまり好ましいと思っていないらしいのよ」
「では何故ミシェル王女を?」
「それは、こちらが無理を通したみたいなの」
「…もしかしたら、獣人の方には『番』という者が存在するからですか?」
「ああ、いえ。そうではないわ。
昔は『番』が存在したらしいけど、今はそういう本能を持った獣人は殆んどいないらしいの。
だから『番』でなければならないと言う事も、『番』を激しく求める事もないそうよ。
ただ、人間とは違うから、違う者を拒む気持ちは誰しも持っているわ…それはミシェル王女もよ」
「と、いう事はミシェル王女は嫁ぐ事を…」
「大層嫌がってるわ」
「あちらも今回の婚姻をあまり善しとしておらず、ミシェル王女も乗り気ではないなら…この婚姻は誰の為なのでしょう?」
私は至極最もな疑問を口にした。
「ねぇ。本当誰の為なのかしら?
まぁ、このままでミシェル王女がこの国に居ても、結婚が難しいからじゃないかしらね」
「……そうかもしれませんが…」
ミシェル王女は黙っていれば、それはそれは可愛らしいお姫様だ。黙っていれば。
口を開けば、我が儘ばかり。
末の娘で甘やかされたと言うか、あまり手をかけられずに育った弊害だろう。
自分の思い通りに事が運ばなければ、癇癪を起こす。
癇癪を起こせば、皆、宥める事が面倒くさく、結局、言う事を聞く。
そしてまたミシェル王女が付け上がるという悪循環に陥っていた。
王家にとっても、ミシェル王女は頭痛のタネだ。
厄介払いしたかったのかもしれない。
「では、ベルガ王国へ付いていく侍女も、あまり歓迎されていないと言う事ですね」
「護衛は国境までは付いて行くけれど、そこからはベルガ王国の護衛が付くそうよ。
侍女もそこまでは何人付いてきても良いと」
ベルガ王国までは馬車で一週間はかかる。
国境から、ベルガ王国の王都までは馬車で三日程だろうか?
私は学園で学んだ地理を思い浮かべていた。
「そこで、貴方にお願いがあるの」
「なんでしょうか」
「ミシェル王女の専属侍女となって、ベルガ王国へ付いて行って頂戴」