始まり
その死体の所まで近づいてみたが、見間違えなどではなかった。
間違いなく、それはエヴァ自身の死体だった。
「これは一体……」
「さっきも言ったけど、これが教典の力だ」
「蘇生ではないのよね?」
それに男は頷くと、エヴァとの距離を詰めてきた。そして全てを見透かすようにじっと目を見た。
「俺たちは一応契約した訳だが、まだお前のことを完全に信用はできない。だから、本当の力を言うのはもう少し後だ」
その考えは至極当然。ましてや、殺した相手の命を救っただけでも驚くことなのだ。
エヴァもそれ自体は理解しており、それ以上不用意な言及はしなかった。
「ただ一つ言っておきたいのは、お前は俺の支配下にあるということ。お前の命の手網は俺が常に引いていることを忘れるな」
彼の目が変わった。それは支配者としての眼光。エヴァはそれに重く頷いた。
「じゃあ一旦話は終わり。早くここを逃げないと。お前が来てるんだから、他の刺客も集まるはずだ」
そう言って走り出そうとした男をエヴァは声を出して止めた。
「ねえ、一つ聞かせて。あなたは元々この世界の住人なの? 預言では違ったのだけれど」
この世界の住人でないとしたら、末恐ろしいと言う他ない。
教典の力を理解し、使った勇気。完璧なまでにエヴァを嵌めた策略を作り出した知力。
何よりもこの適応力は一介の農民が持てるようなものとは思えない。
エヴァの言葉に男は薄く笑った。そして天を見上げ、もう一度エヴァの瞳を見つめた。
「俺は多分、この世界の住人じゃない。正直、俺もそこまではっきりとしたことは分かってないんだ。でも、ここに堕ちたからには生きなきゃならない」
ただそれだけだ。そう言わんばかりの笑みに、彼女は何か大切なものを教えられた気がした。
「そう言えば、名前聞いてなかったな。俺はレイ。えっと……苗字は考え中だ」
何よそれ。エヴァはそんなことを思いながら苦笑したが、すぐに顔を元に戻す。
「私の名前はエヴァ・アストレア。ここアストレア王国の第二王女よ」
この時から、歯車が狂い出したに違いない。
静観し続けた国々が動き始め、教典の力が表に現れた。
だからこそ、後世のものたちは二人が出会ったこの地をこう呼んだ。
始まりと終わりが交差した地、と。
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