震撼
黒い書が男の手から落ちた。
エヴァは「殺した」という確かな感触に口元を緩め、剣を彼の体から抜く。
瞬間、倒れ込んだ男。そんな男の下には血に染まった花々があった。
「悪く思わないで。私にはこれが必要なの」
エヴァはそんなことを言いながら地面に落ちた黒い書を取った。そして中を見た時、彼女は目を疑った。
「白紙!? そんなはずは……。まさか……この人はただの市民なの?」
青白い手が彼女の足にまとわりつく。その感覚は果てしなく重い罪悪感に他ならない。
「どうしたら……」
ただの一般市民を殺したという事実を正当化など出来ない。
彼女がこの男を殺せたのは、この人間が平穏な世の中を壊す極悪人に他ならなかったから。
一般市民を殺すのはただの殺人犯と変わらない。それどころか国民を殺したのはその国の王女なのだ。
その事実は正義感が人一倍強いエヴァには重くのしかかり、後悔を超えて狼狽させた。
頭は真っ白になり、もはや何も考えられない。7つ目の教典のことも、ここが戦地であることも。
息が荒い。涙さえも体の奥底にしまわれてしまった。
ただ立ち竦んでいた彼女はもう一度、横たわった男を見下ろした。
「これは私の責任です。あなたの死に場所は決してここではなかった。本当に申しわけありません」
謝っても仕方がないことは分かっていた。けれど、何か口にしなければ先に進めないのも事実。
彼女は一生まとわりつくこの体の重さを胸に、この場を後にした。
王宮の方へと。自分の家族がいる方へと。
しかし、開放された、密かにそんなことを思った瞬間、どこかから大きな音が鳴った。
何? あまりの大きさに彼女が振り向こうとしたのとほぼ同秒、彼女の右足がどこかへ弾け飛んだ。
「ああああああああああああああああぁぁぁ!!」
目視よりも、痛みよりも先に耳をつんざく叫び声が上がった。
バネのように後ろ向きに倒れ込み、頭を強打したにも関わらず、痛みは右足の付け根にしか感じない。
彼女は叫び声を上げながら体を這って半回転させ、うつ伏せの状態になり、目を音の方へと向けた。
しかし、そこには誰もいない。どこに? そんなことを考えた刹那、背中の上に重さを感じた。
力を振り絞って頭を上げようとしたが、首元に鋭利な何かが突きつけられていることに気づく。
自然と涙がエヴァの頬を伝った。悲劇の結末。そう言ってしまえば簡単だ。
しかし、これは一般人を殺した自分への神罰。なら甘んじて受け入れるしかない。
「さ、最後に、教えてください。あ、あな、たは誰なの?」
その言葉に上にいた誰かがナイフを彼女から離した。
その行動にエヴァはたどたどしい言葉で感謝を口にし、震えながら何者かの顔を見た。
瞬間、エヴァは戦慄した。戦地で銃を向けられても感じられないほどの生来備わった恐怖。
そこにはエヴァが刺し、この目で殺したことを確認した、あの国民がいた。
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