転生
六限の授業を終え、学校に喧騒が戻った。部活動があるものはそれに備え、ないものは我先に帰宅。
レイは当然後者だが、今日は少し違った。
彼は珍しく図書室に来ていた。高校一年生の時に訪ねてから、暫く行かないまま二年が経っていた。
別に代わり映えもない光景ではあったが、歳をとったなと思わざるを得ない。
それは自然と参考書コーナーに目が向かったからに違いなかった。
受験を控えた夏休み直前。今日の喧騒が一際大きかったのはそろそろ部活の引退が近いからか。
そんなことを思いながら、レイはヨーロッパの歴史書が置かれたコーナーの前に来た。
レイはヨーロッパの歴史が凄く好きだ。だから、ある程度の知識は持っていると自負していた。
しかし、今日見たニュースで彼の知識は一切通用しなかった。
それは少しの勘違いなどではなく、根本的に自分の知識が間違っていたほどのもの。
彼にとってその事実は看過できるものではなかった。
だから、彼は貴重な勉強時間を削ってでもここに来たのだ。
「ヨーロッパって確かアストレア王国に征服されたはずなんだけどな……」
そんなことを呟きながら彼は本を開いた。しかし、そんな史実はどこにもない。
それどころかアストレア王国という国名すら、どこにもなかった。
「え? どういうこと?」
瞬間、レイの頭を激しい痛みが襲った。衝撃的な痛みだ。
銃で撃たれ、何か鋭利なものに挟まれたような、形容し難い灰色の攻撃。
あまりの痛みにレイはその場に倒れ込む。眼前に広がったのは底知れぬ闇。
光も一切差し込まない何処か。明らかに、最悪に限りなく近い場所だった。
(死ぬのか……俺は……)
レイは思わず心中で吐露した。別に後悔がある訳ではない。
しかし、死に場所がここではないことだけは分かっていた。
そう思い立つと、レイの頬に自然と涙が伝った。その涙の色は透明か、紅色か。
目が動かせないため、それさえも分からない。ただ全身を震わせるほどの恐怖が彼の心を苛む。
死への恐怖? だが、頭がそうではないと叫ぶ。なら何なのだろうか。
そんなことを思った刹那、全身の体から力が抜けた。
目だけが残ったような感覚。それは目がただ一点だけをひたすらに力を込めて見ていたから。
化け物。そう言えば人間みたいだ。あれはもっとおぞましい何か。
生来備わった感覚が悲鳴を上げるような、理性の範疇に収まらないものだった。
(何が起こるんだ。ここが地獄なのか)
闇が俺を"見下ろした"。しかし、何かをするような気配はない。
恐怖が徐々に増えていく中、遂に闇が"動く"。目が舐められたと思った直後、視界が変わったのだ。
そこは雛芥子やら芝桜やらカンツバキやらが地を燃やすかのごとく咲き誇っていた。
季節感が破壊されたその場所は、地球かどうかすら怪しい。
(取り敢えず動かないと何も分かんないよな)
レイが歩き出すと、右足に何かが当たった。それは一冊の黒い書。
開いてはみたが、全て白紙だ。
誰かの落し物かな、そんなことを思ったものの、彼はそれを手に取った。
その時、彼の背後で足音がした。その音に反射的に反応したレイは、その者の顔を見て息を飲む。
「珍しい服を着てるわね」
黄金に輝く艶やかな髪の毛の中から覗いた碧眼に、レイは思わず心奪われた。
鼻筋の通った綺麗な顔立ちと、モデルかと思うほどのスタイルの良さ。
しかし、笑った顔がもたらす柔和な雰囲気は、その異次元の美しさとのギャップに、誰もが感嘆の声を漏らすに違いない。
鋭い痛みと共に雛芥子色が広がった腹部を見さえしなければ。
「ど……ういう……ことだ。お、お、お前は」
彼女は女神にも似た微笑みで俺をもう一度刺した。何度も、何度も、何度も、何度も。
間違いない。
レイは彼女の微笑みを前にして、苦渋に顔をしかめながら、息を引き取っていた。
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