0.終わり
あなたは、無力と感じたことはありますか?
存在した筈の、世界。
当たり前だった筈の、日常。
暮らしていた筈の、人々。
決して崩れることの無い、理。
---終わりは、突然訪れる。
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数万年前
世界番号:7-A-1
side ???
それは、一瞬のうちに起こったことだった。
空に大穴が空き、中から人形だが、得体の知れないものを幾つも付けた怪物が現れた。
それは、瞬く間に生物を引き裂き、家屋を吹き飛ばし、地面を抉り、世界を破壊に染めた。
辺りを見ると、そこにあったのは瓦礫と肉塊だけだった。
私の師匠は直ぐに来てくれた。
「すまんのう、心配をかけてしまって」
「師匠!来てくれたんだ」
「安心せい、ここは儂が食い止める。お主には一切傷を付けさせんよ。なに、心配はいらない。儂が何とかしてみせる」
「そんな、師匠…嫌だ、私師匠の元を離れたくない!」
「大丈夫じゃ、お主の力なら一人でもやって行ける。さぁ、この元を離れるんじゃ。」
そう言って、私に師匠がいつもつけていた首飾りを私に渡してくれた。
師匠の言葉を聞いた時、安心した。安心してしまった。
もし、私を庇っていなかったら。
もし、私が師匠を連れて逃げていたら。
もし、私があそこにいなかったら。
そんな嫌な想像ばかりが頭を埋めつくしている。
今考えたら、師匠はあの時勝てない事が分かっていたのかもしれない。
私は走り出した。瓦礫に足を取られながらも、師匠がくれた機会を無駄にしたいようにと、必死に逃げた。
一時間は走っただろうか。疲労でヘトヘトになっても、あの時見た光景が脳裏に浮かぶと、自然と足が動いた。
だがそんな気力だけの走りが持つ訳も無く、結局体力が無くなって停止した。
私はその時気づいた。周りの景色には目もくれず走っていて、周りを見る余裕が出来て初めて気づいた。
景色が全く変わっていない。元の形が判別できないほど破壊された瓦礫、出来れば目に入れたくない無惨にも殺された死体、焼けた跡や小さなクレーターが点在している地面。その全てが全く変化していない。
…まさか。
最悪の結末が頭を過ぎった、その時だった。
「この程度で俺を止めれると思ったのか?そんなひ弱な魔力で、俺を殺せるわけないだろう」
…あの怪物が、目の前に立っていた。何かを右手に持って。
私は、その何かの正体を認めたくはなかった。自分にそんな訳ないと言い聞かせた。
---何故なら。
「こいつならと期待したんだが、こいつもただのゴミだったようだな」
---私の師匠が、怪物に握られてたから。
師匠は、ぐったりしていて、私の目の前に投げ捨てられた。
「そんな、師匠!師匠!」
呼びかけても、応えない。
「師匠…冗談はやめてよ!師匠っ!」
涙を零しながらも、師匠に一生懸命呼びかける。
「無駄だ、無駄だ。そいつはもう死んでる。哀れだな、自分の弟子を守るために大見得切って、無様に死ぬんだから」
その言葉で、ひとつまみの希望が絶望に変わった気がした。
「なんで…なんでこんな事するの…?」
どうして怪物にこんなことを聞いたんだろう。もしかしたら、自分を納得させたいだけかもしれない。そんな事、出来るわけないのに。
「何故?何故って?そんなのあるわけが無いだろう」
「破壊をするのに理由が必要か?俺はやりたいからやってる。お前達の表現に例えるなら暇潰しって事だな」
そんな…そんな理由で…?
そんな理由で私達の世界をこんな事にしたの…?
相手との力量差が分かって絶望していたが、ここで初めて“怒り”という反撃の意思が湧いた。
「そんなの理由になってない!暇潰しなんかでこんな事していい訳がない!私達の…私たちの世界を返してよッ!」
怒りに任せて魔法を放つ。全く効果が無いと分かっていても。それでも。こんな事許していい訳が無い。
「ハッ!勇気だけは一丁前と来たか。まぁ良い。お前の言う事を聞くのは癪だが、そんなに言うなら理由を作ってやるよ」
当たってもビクともしない怪物。怪物のその声に耳を貸さず次の魔法の詠唱に入った。だが、魔法を打つことは叶わなかった。
「お前の…魂を食ってやる」
その声が聞こえた刹那。私は首を掴まれて宙ぶらりんにされていた。
いつの間に…?動きが早すぎて、見えなかった…?
何とかその手を剥がそうともがくが、怪物はその姿を見てニヤニヤしているだけだ。
「お前は…俺の攻撃で無事だったな。興味深い。こんなヒョロいガキが、あの攻撃を耐えきれるわけが無い。ただの偶然でも無い。なら…思いつくことはひとつだ」
怪物の手に魔力が集中していくのが分かる。想像も出来ないが、きっと殺される。
---嫌だ、死にたくない。
本能でそう思ったが、同時に、別の考えも浮かんでくる。
---生きていても、何の意味があるの?
今見てきた範囲でも、この世界は破壊し尽くされてしまった。
私の故郷も、師匠も、もう存在しない。
そんな世界に、生きる意味なんてあるの?
---答えは、否。
身体が脱力し、これから起こることに身を委ねようとした、その時。
パァンッ!
私の首…首飾りから、何かが弾ける音がした。
その音がなった少し後。目が眩むほどの閃光を放ち…
ドガァァァァァンッ!!
轟音が鳴ったかと思えば、目の前の怪物が酷く驚愕したような表情でこちらを見ていた。
--左半身だけで。
自身の姿に気づいた怪物はすぐさま怒り狂ったような表情に変わり
「あ…あの老いぼれがぁぁぁ!最後の最後まで、死んだ後まで小細工をしやがって!クソッタレがぁぁぁ!」
首飾りの光は収まらず、再度光が強くなっていく。
「巫山戯るな…!巫山戯るなぁぁぁぁ!あの老いぼれも、このクソガキも!後で魂まで滅ぼしてやるッ!クソォォォォォ!」
怪物は般若のような顔つきをして遠くへ飛び去って行った。
〜〜〜〜〜〜〜〜
その光景を暫し見つめた後、糸が切れたように座り込んだ。
それは安堵なのか、絶望なのか。
怪物はどこかへ行ってしまった。
でも、師匠ももう何処にも居ない。
「ううっ…師匠…師匠…」
これは起こるべくして起こったことなのか。それは誰にも分からない。
私は自分の無力を嘆いた。
私に力があれば。
私にあの怪物を倒せるだけの力があれば。
こんなことには、ならなかっただろう。
力が欲しい。
私に、あの怪物を倒せるだけの力を。
私に、世界を守れるほどの力を。
私に、師匠と同じくらいの力を。
もう二度と、こんな事が起きないように。
「私は…私は…」
---強くなりたい。
そこで、首飾りが再度強い光を放ち始めた。
突然の事に驚きを隠せないが、光はどんどん強くなり、やがて周りの景色が見えなくなるほどの強い光を放つ。
その光は、不思議と懐かしい感じがした。
優しく、包み込んでくれるような暖かさ。
その真っ白な視界の中に、師匠が見えた気がした。
その光は、視界を埋め尽くすほどの輝きを放ち続け---
---光が収まった時、そこには、辺り一面に草原が広がっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
side???
あのガキが居なくなった頃だろうか。
そこに戻って見てみると、案の定あのガキは居なくなっていた。
だが、ガキがいたはずの場所に、水色の光の塊のようなものがあり、それが俺の興味を強く引いた。
なにか大きな力を感じる。
これがあれば、俺はさらに力を手に入れれる。
俺がその光を握り潰すように掴むと、俺の手の中でその光は消えてしまった。
その時、体に異変が起きた。
なんだ?この猛烈な気迫は。
凄まじいほどの力が湧いてくる。
これだ。俺が求めていたもの。
自身の力が増幅していくのが分かる。
ついに手に入れた。
圧倒的な力を。ついに。
これがあれば世界をもっと破壊でき--
「おのれ…魂を切り離したどころか放置していくとは…元々は私とはいえなんて図太さなんだ…まぁ、いい」
「彼奴を殺して、私が世界の破壊者として君臨してやろう」
なんだ?体が乗っ取られただと?
「シーッ、そう足掻く必要は無い。この私が、お前を有効に、活用してやろう」
やめろ!勝手な事をするな!
「なかなか面白いことを言う奴だな。だが、気の毒なことにお前は少し黙っておく必要がある」
そういうと奴は俺の核の部分に手を突っ込み、核を破壊した。
「……さぁ、地獄の始まりだ」
過剰な力とは、時に人を狂わせる