賭け
今回も楽しんでくれると嬉しいです。
蓮は死を覚悟してこの残忍な皇帝……恐らく残虐皇帝であろう男の前に躍り出たのだが、不思議と心は落ち着いていた。
『素晴らしい皇帝……』
そのエマの言っていた言葉を蓮は嘲った。
……人の命の重みも理解していないこの男の何処が賢君だというのか。
そんな事を考えていると不思議と体の震えは止まった。
蓮はエマ達を助けるという強い想いと微かな義憤に駆られて叫んだ。
「罪なき人の命を奪う者が素晴らしい皇帝なのですか!」
そんな突然の蓮の登場に暫しの間静寂が訪れていたが、直ぐに騒めき出した。
「貴様、何者だ!」
「捕らえろ!」
そう言って兵士達が蓮を捕らえようとしたが
「良い、続きを聞かせよ。」
その皇帝の言葉に兵士達はピタリと動きを止めた。
蓮は予想外の皇帝の行動に目を見開いたが、直ぐに表情を引き締めた。
……上手く行かなければ、僕も含めて全員殺される。
だが既に蓮は恐怖を感じていなかった。
蓮は仮面の中で不敵に笑うと話し続けた。
「確かに皇帝は無慈悲で在らねばならない……ですが慈悲の心が無ければ民を幸せに導く事など出来はしない!」
その蓮の必死な叫びを皇帝は鼻で笑った。
「貴様如きが残虐皇帝と呼ばれている余に慈悲の心を説くのか?ハッ、愚かな……もう良い。この者を捕らえて殺せ。」
その冷淡な声と共に素早く兵士達が蓮を取り囲んだが、蓮は気にせず叫んだ。
「貴方が慈悲の心を見せてくれるなら、僕も貴方にそれ相応のものを返しましょう。」
その言葉を残虐皇帝は嘲った。
「貴様如きが余に何を……」
「生の喜びを……心動かされる幸福を教えて差し上げます。」
それを聞いた残虐皇帝は黙った。
それによって辺りを痛い程の静寂が支配したが、そんな状況でも蓮は毅然と皇帝を見据えていた。
『何にも心動かされた事が無い……』
そのエマが言っていた噂に蓮は己の命を賭けた。
心動かされる喜びを教える……これしか方法が思い付かなかったのだ。
皇帝が黙ってからどれ程時間が経っただろう。
遂に皇帝は口を開いた。
「良いだろう……余に幸福を教えてみせよ。そうすれば王族以外の者共の命だけは保証してやる。だが、幸福を味わったか決めるのは余だ。貴様が余に何をしようと余が認めねば、皆殺す……特に貴様は余を謀った罪として死なぬ程度に腹を裂き、生きたまま飢えた鼠の餌にしてやる。」
そう残酷に告げて口元に笑みを浮かべる残虐皇帝に対して、蓮も仮面の下で不敵に笑った。
残虐皇帝がこの賭けに乗ってくれれば此方のものだ……絶対に負けない。
「それで構いません……必ず貴方の心を動かしてご覧に入れます。」
そんな蓮に皇帝は口元に笑みを浮かべたまま問うた。
「それで?貴様は余に何をする?」
その言葉に蓮は微笑んだ。
「天上の舞を舞わせて頂きとう御座います。」
その蓮の言葉に場が騒めいた。
「天上の舞だと!」
「女神の舞ではないのか!」
「どうしてこの様な者が天上の舞を舞えるのだ!」
そんな騒めきを残虐皇帝は一喝すると愉しげに蓮を見遣った。
「良かろう。やるが良い。」
その言葉に蓮は微笑むと頭を下げた。
必然の出会いによって紡がれていく舞姫の運命は、今華やかに輝き出す。
こんなのあり得ない……と思った方、ご容赦を。
異世界なので……良いのです。
次回も読んでくれると嬉しいです。