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7月23日下 楽しい食事

何度も言いますが、グロ注意

 もう九時を過ぎた。女性陣はとっくの昔に準備を終えて、大広間に何台も置かれたテーブルに着いていた。料理からは湯気が立ち、その香りだけでご飯が食べられそうだ。遅い。男たちは一体何をしているのだろう。


 目の前には煮付けや塩焼き、餡かけ、香草焼き、サラダなどが所狭しと並べられていた。肉が少なかった分、穀物や野菜で量をカバーしてある。でも予備としてあった豚肉を使わずに済んだのは良かったとつくづく思う。だってはずれを入れるようなものだから。


「わたしも料理したかったな」


と、隣から声がした。花実がぶーたれた顔で呟いている。まあ、確かに可哀そうではあった。花実は手伝いをすることも許されず、この部屋で一人さびしく寝ていたのだから。


「数えの十歳からだからね。来年からだよ」


と、言った向かい側に坐る沙紀ねえはすっかり退屈そうに欠伸をした。花実はそれでも不満そうだったけど。


 それにしても、早くしないと料理が冷めてしまうではないか。芳ちゃんに至っては、あぐらをかいて携帯に夢中になっている。私もあぐらをかいてみようか。


 その時、玄関から足音と獣のような声がごちゃ混ぜになった音が大きく聞こえてきた。私は慌てて崩しかけた正座を元に戻した。


「おう!もう出来ているな!」


 坂じいが塩屋のおじさんに抱えられるようにして先ずやってきた。それからゾロゾロと男たちがやってくる。お酒臭い。私の近くを通り過ぎるたびにその臭いがプンプン漂ってきた。どうやらかっちゃんもかなり飲まされたらしい。足元がおぼつかない様だった。まったく、男たちときたら。


 彼らは部屋に入るや否や、料理の品定めをし始めた。「どれがどの部位だろうか」とか「おっぱいやお尻はどれだ」とかワイワイしゃべりながら、なるべく良い料理が食べられそうな席の取り合いをしている。


 分かってないなあ。おっぱいとかって所詮、脂肪の塊じゃん。それだったら二の腕の所とかあばら骨の方が適度に脂身が付いていて美味しいに決まっている。


 もっとも私が一番好きなところは腸だ。ちゃんと洗ってから火鉢で炙り、醤油を一たらしすれば完璧。ご飯何杯でもいけちゃう。でもそういった内臓の部分は血抜きと洗浄に時間がかかるので、女たちだけで後日食べるのだ。ざまあみろ!


 全員が席に着いた時、私はまだ来ていない人に気が付いた。


「あれ?康男さんは?」


 私の言葉に全員が振り向く。すると山岡のおじさんが答えてくれた。


「あいつならまだ伸びているよ。一向に起きやしねえ。何が嬉しくて男を担いで行かなやならねえんだ。まったくいい気なもんだよ」


と、ふてくされたように言うおじさん。会場はどっと笑い声に包まれた。何で笑うの!伸ばしたのはあんたたちじゃないか!独占しようとしたにもかかわらず、最愛の香織さんを食べられない康男さんが本当に不憫に思う。


「ちょっと残しておいてやれ。それでええじゃろう。さあ!食べようかい」


と、坂じいが取りまとめる。場を静寂が包み込んだ。そして塩ばあが(これもしきたりらしいが)しわがれた声で号令をかけ、食事が始まる。


「いただきます」


 やっと食べられる!私はすぐさま箸をとって、小皿に入ったカレー風味の肉団子を口に運ぶ。うん!美味しい!


「ちゃんと花実の分も残しておきなよ」


「分かってるよ」


 沙紀ねえに適当な返事をした。花実だってもう一人で食べられるのだ。こっちはお腹ペコペコなのだから、勝手に食べてくれって感じだ。


 ところが、ふと気が付くと花実は全然食べてなかった。箸すらとっていないようだった。


「どうしたの?」


「うん……」


 さっきまで不機嫌だったけどあんなに元気だったのに、今はまるで違っていた。


 味が悪いわけじゃないと思う。だって二年前に坂ばあを一緒に食べた時と同じ味付けだから。あの時、花実は大人たちが驚いて囃したてるほど一杯食べていた。それなのに今回は食べないなんて、一体全体どうしたというのか?


「気分でも悪いの?それともお腹いたい?」


「…………」


 何も言わない花実。これではどうしようもない。


 その時、花実の様子を心配した芳ちゃんが私たちの近くにやってきた。そして花実に持ってきた料理を勧めた。


「花ちゃん。これ、美味しいよ」


 それは香織さんの心臓を細かく切ってものが入っている豚骨スープだった。内臓は後日と言ったけど、心臓だけは当日に食べる。臭み取りのためにニラがいっぱい入っているスープは、私はあんまり好きじゃないのだけど。


「ほら、花ちゃん」


「……ん」


 花実は小さく頷くと、箸を取って心臓の一切れを口に入れた。そして噛んでいく。すると見る見るうちに目から大粒の涙があふれてきた。


「……かおりお姉ちゃん……」


 そうか、花実は香織さんのことを思い出していたから元気がなかったのか。噛みながら涙をこぼす花実を「よしよし」と芳ちゃんが抱いて慰めてくれている。花実には悪いけど、ちょっとほっこりした気持ちになった。


 私も一つ食べてみる。砂肝のようにコリコリとした触感が豚骨スープとよく合っていた。あれ?意外と美味しいかもしれない。それか香織さんの心臓が良いのかも。


 それから一通りの料理を食べた。花実はすっかり元気を取り戻して、遅れた分を取り戻そうともりもり食べている。周りの皆にも笑みがこぼれ、騒がしいけど笑い声があふれていた。これでちゃんと弔えたように感じる。


 今だったら言えるかもしれない、弔辞で言えなかった香織さんを送る言葉を。


(香織さん、ありがとう。そして、ごちそうさまでした)


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