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7月23日中 解体

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 その言葉を聞いた私と花実は早速、お棺の蓋を開ける。黄色い花やよく着ていた服と一緒に、白い着物を纏った香織さんが眠っていた。さて、どう運ぼうか。すると、ちょうどいいタイミングでお母さんと山岡のおばさんが応援に来た。


「ほら、ぼうとしてないで、花とかどけて運びやすいようにしないと」


 まったく、お母さんは人使いが荒いんだから。私たちはさっさとその副葬品を端に寄せた。お母さんとおばさんはさすがに慣れた様子でテキパキと指示を出す。


「由美子は足を持って。私は頭の方持つから」


「花実ちゃんはおばちゃんと一緒にお腹の方持とうか」


 白い着物の裾を思いっきりまくった。そして冷たくなった膝の近くをグッと掴み「いっせーのっせ!」で持ち上げる。やっぱり軽い。これだとあまりないだろう。ちょっぴりがっかり。


「な、何をしているのですか?」


 そのまま運ぼうとしたその時、康男さんが私達を止めた。


「えっ?いや、台所に運ぼうと……」


「なんで台所に?妻をどうするのですか!」


「食べるためだよ。おじさん、何言ってるの?」


 首をかしげて花実が康男さんに問いかける。その言葉を聞いた瞬間、康男さんは目を大きく開いたままフリーズしてしまった。


 一体、どうしたのだろうか?


 そのままでいるうちに、そろそろ腕が限界だ。早く運ばないと。


「あのう、康男さん、どいてくれませんか?」


 私の言葉にびくっと反応した康男さん。唐突に動いたと思った瞬間、あろうことか香織さんを奪い取ってしまった。花実は「わっ!」と言ってひっくり返ってしまう。彼は唖然とする私たちを後目に、香織さんを抱えたままズルズルと後ずさっていく。


「待ってくれ!一体なにを言っているんだ!食べる?食べるってなんだよ。どういうことだよ!」


「勝男!」


と、坂じいが呼ぶと、かっちゃんが康男さんに飛び掛った。そしてぶっとい漁師の腕を首に巻きつけると、力いっぱいに締め上げた。康男さんはもがく。かっちゃんの腕を必死に引きはがそうとしている。


 しかし決着はすぐについた。かっちゃんの腕を掴んでいた康男さんの手から力が抜け、見開いていた目が白くむいた。


「勝男、もういい!殺す気か!」


 締め上げることに夢中になっていたかっちゃんはハッと我に返ると、慌てて腕を解いた。急いで康男さんに駆け寄って息を確かめる。良かった。気絶しているだけだった。


「……昔からな、この時になって騒ぎ出す者がおるんじゃ。未練がましく死者を独占したがるのじゃな。そういう時はもう話し合うのも無駄だ。今回もそうなるんじゃないかと心配しておったが、勝男を用意しとって正解だったようだなあ」


 坂じいは冷静に説明してくれた。独占か。確かに私も香織さんを独り占めしたいかもしれない。康男さんの気持ちが分かった気がした。


 坂じいが手を叩いて促す。


「さあ、これで終わったから早よ支度してくれ。男どもは九時ぐらいにはまた来るから、それまでに頼むぞ」


 ――*――


 血抜きして一時間経った後、ようやくOKが出た。小学校の先生をしている沙紀ねえとかっちゃんの従妹の芳ちゃんと一緒に、香織さんを吊るしてある風呂場に入った。


 むわっと湯気が立つその中は頭が痛くなるほど臭かった。思わず鼻をつまむ。風呂場には真っ赤な床とクリーム色の壁、そして白い裸の香織さんが首の無い状態で天井から逆さに吊るされていた。網の上に置かれてある香織さんの首はさっきよりも湿気を吸って膨れたような感じがする。私と同じように鼻をつまんでいる沙紀ねえはシャワーで床の血を洗い流した。


「由美子、ちょっと体揺らして」


「りょーかい」


 換気のために窓を開けている芳ちゃんに言われて、スリッパを履いてぶら下がっている香織さんに近づく。そして血がちゃんと抜くためにお腹の所で腕を括り付けている縄をほどかないよう、ぶらぶらと体を横に揺すってみた。うん、大丈夫そうだ。ちょん切られた首元からは二、三滴しか血は落ちてこない。血抜きはバッチリだ。


「こっちも大丈夫」


と、沙紀ねえが言う。乱暴にも髪の毛を持って首をぶらぶらと振っていた。振るたびに瞼が持ち上がって黒目が見える。ちょっと怖い。


 とにかくこれで十分だろう。私と芳ちゃんは胴体を、沙紀ねえは首をそれぞれ持って風呂場を出た。


 真っ暗な庭では、お母さんたち十人ぐらいがかがり火と長い机の周りに固まっていた。おばあちゃんたちは台所で仕込みをしているのだろう。お母さんは私たちが持ってきたそれを見て、改めてこう感想を言った。


「やっぱり少ないわね。あばら骨が全部見えているわ」


「しょうがないよ。香織さん、痩せてたし」


 よいしょっと、と三人で気合を入れて体の方をドンと台にあげた。ふうと息をつく。


「血は大丈夫だった?」


「ぜんぜん大丈夫。ちゃんと抜けてたよ」


「じゃあ、こっちもお願いね」


 休む間もなくのこぎりとナタを渡される。はあ、めんどくさい。さっさとやろう。ずり落ちそうになっていた腕まくりを直してナタを受け取り、鬱憤を晴らすように股の付け根から切った。まだ残っていた血が白い肌の切り口からタラーと流れてきた。


 最初に大きく解体するのは、私たち比較的若い女性の仕事だ。力が要るからである。それなら男がやれば良いと思うのだが、それは駄目なのだと。掟ってホントにめんどう。


 そんなことを思っていたら、間違えて右腕の関節ではない二の腕の方を切り始めてしまった。その途端、塩ばあから檄が飛ぶ。


「こらっ!よそ事考えとると間違えるぞ!」


 背筋がビクッと反応した。今年で82になる塩ばあはまだまだ健在だ。腰も曲がっていないし、まだ海女として現役続行中である。島の女のまとめ役として全員から一目置かれている存在だ。男でさえ、塩ばあに怒鳴られたことが無い人などいなかった。


 近寄ってきた塩ばあは私の傍に立って、斬るべき関節の位置を指で示した。そこを切り開いて確認すると、確かに透明な関節が見えた。


「ただでさえ肉は少ないのに、ちゃんと切らんと余計損するわ。変な内臓切ると、臭くて食べられなくなるど」


「塩ばあは脇辺りのお肉が好きだからね。そこちゃんと切らないとご機嫌を損ねるよ」


と、足をゴリゴリのこぎりで切っていた芳ちゃんが茶々を入れてきた。「ほっとけ!」と塩ばあが応じてみんなが笑う。沙紀ねえも顔から削ぎ取ったほっぺを持ちながら大きな声で笑っていた。


 でもこっちはそんなことに構っていられない。慎重に教えられた関節を目標に定める。そして思いっきり体重をナタにかけて腕をグチャッと切り離した。血が跳ねて顔にかかったけど、今度は上手く切れたようだ。切り口も綺麗だ。私は口の横に付いた血を舐めながら、安心してちょっと笑った。


次もグロイです

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