006.Uncertain hope
ルグ・ウルフの掃討した後。
その場で留まり話を続けるのも効率が悪い、ということになり、歩きながら話を進める事となった。
現在向かっている場所は、転移した場所から一本道の先にある《シャーレ》という村だ。マップを確認したところ、その村と俺達が現在居るスタート地点しか表示されておらず、他は白色で塗り潰されていた。
俺達が一本道を進み出し、マップの空白が徐々に色を帯びてきたところを見ると、どうやら自分が歩いた場所が自動的にマッピングされるシステムらしい。
こんな状況でなければ地図を埋めていく作業も楽しいと思えるが、現状を鑑みるとそんな余裕はなく。ただただ最初から全部埋まってればな、と心の中で愚痴るのだった。
「――それで、博士が味方な理由って……なに?」
「あ、ああ。そうだったな」
何時までも一システムに嘆いてる暇はない。
002の言葉に意識を切り替えると、俺はぽつぽつと話し始めた。
「俺が根拠としてるのは二つ。俺達がゲームクリアした時の事、それとあの塔にわざわざ召喚したこと、だ」
「……わたしは二つとも気になったところはなかったけど」
「普通に聞けばな。……順に話していこう。博士がゲームクリアに言った時の言葉、覚えてるか?」
「え、と……ゲームを最初クリア人だけこの世界から解放される。それ以外の人は死ぬ……かな」
「そう、大体はあってるけどそれは正確じゃない。『此処から解放される者は、ゲームを最初にクリアした一人だけ。それ以外の者は、例外なく全員死んでもらう』……そう言ってたんだ」
「うん、それで?」
「此処から解放される。死んでもらう。……その二つの言葉に違和感を持ったんだ。話の流れ的にはおかしくないけど、何か引っかかってさ。だから少し内容を変えて質問したんだよ」
002は細長い人差し指を顎先に当てると、少し思案を巡らせた。
「……うん、そういえばしてた」
「だろ? その時こう聞いたんだ。『ゲームを最初にクリアした人だけが、この世界から解放される』のか、って。そしたら博士はこう答えた、『そうだね、此処から解放される』……と」
「別におかしなところは……あっ」
「002も気付いたか。……この世界と此処、博士は俺の問いに対してこの答えを貫いた。そこで俺は思ったんだよ、此処が指すのはAROのことじゃないんじゃないか、って」
「……もしかして、博士の言ってた此処って……グロースの森……?」
「うん、そうじゃないかなって思ってる」
空論に空論を重ねた根拠のない空想。しかし、一蹴するのには捨てがたい可能性でもある。
俺達は犯罪者だ。罪を重ねた咎人。自由の身ではあるが、それは鳥籠内限定の偽りの自由だ。だから、博士が仮にこの意味合いで言ったのだとしたら、それはかなり深い意図を秘めてくる。
グロースの森からの解放。それはつまり罪を許され、〝外〟へと出ることに他ならない。完全なる自由、博士が言っていたのはこの事なんじゃないか、と俺は思っていたのだ。
「それに死んでもらう、って言葉。仮に一人が〝外〟へ出れたと仮定しても、俺達を殺す理由は一つもない。……いや、犯罪者だからってことを踏まえれば十分過ぎるくらいにはあるんだけど、それは今は置いておく。注目してもらいたいのは殺す、じゃなくて死んでもらう、って言ったことについてだ」
「死んでもらう? 何が違うの……?」
「大いに違う。博士は他意はないって言っていた。なら殺されるんじゃなくて、俺達が死ぬような事を自発的にやる、もしくはやらされるって考えるのが妥当だ。一人を残して他を殺すなら、それこそ全員で殺し合いをしろ、で済む話だしな」
「そっか。その通りなら、ゲームオーバーになってもまだ生きている可能性は……」
「ある。ただ限りなく低い。都合良く解釈して、尚且つ博士が味方だと仮定した上での結論だ。基本的には最悪の事態を想定して動いた方がいいだろうな」
「うん……って言ってもゲームしかできないけどね」
「まあ、そうなんだけど」
俺は頬を人差し指ぽり、と掻くと苦笑を漏らした。
そして二つ目の根拠について話し始める。
「後は塔に召喚されたこと。アレこそ、博士がくれた大きなヒントなんだよ」
「ヒント?」
「ああ。十三人が東西南北、それぞれのスタート地点に転移してからスタートする。博士はこういってたよな?」
「うん、いってた」
「おかしくないか? 博士は敵側である俺達に情報を与えるのを嫌がってた。001の質疑に対して無回答だったことからもそれは伺える。それなのに、演出って理由だけであそこに連れてきた。これじゃあ筋が通らないよ」
「……嫌がらせ、ってだけでするようなことじゃない……よね」
「だろうな。そこで思った、博士は此処へ俺達を連れてきたいんじゃないか、って」
通常通り考えれば確かに博士の行動に不備は見当たらない。言葉選びも何らおかしいところはなくて、不審なところは零だった。だた、それが逆に俺へ不信感を抱かせた。
もしかしたら、博士は此処へ連れてきたかったんじゃない、と。
「あそこに何があるかはわからない。可能性として一番高いにはあそこがゲームクリアの最終地点ってことだけど、それだけじゃない気がする。それなら別に場所を教えることもないはずなんだ」
「……? 場所なんて教えてなかったよ?」
「いや、教えてくれたよ。言ってただろ? 此処を中心に東西南北のスタート地点に転移するって。それだけでおおよそマップの中心にあることは理解できる。正確な位置は四チームの点を結ばないとわからないけど、あれだけど塔だ。近くに行けば必ずわかるはずだよ」
「……すごい、ね。013は。あの会話でそこまで考えてたんだ」
「偶々だよ。考えるのが癖になってるだけさ」
そう言った瞬間、俺は自分に嫌悪感を覚える。
偶々じゃない。物事に思考をする癖が付いてるのは本当だが、偶然に気付いたようなものじゃなかった。俺はそんなに閃きのいい方じゃない。
こうして考えたのも、全ては博士を――為。/――したくない。
胸内から溢れ出る衝動を抑えようと、深呼吸をして状態を落ち着けさせる。
そんなものに呑まれている場合じゃない。今はゲーム内で出来ることを、一つ一つ熟していかなければならないのだから。
博士がくれたヒントを無駄にしない為にも、動かなければならない。
「……以上が、俺が博士が味方なんじゃないか、って思った理由だ。不確定要素も多いし、三割って言ってけどよくよく考えたら二割あればいい方だと思う。けど、それでも……」
――博士のあの瞳を、俺は信じたい。
002は無言で俺の言葉を聞き、それ以上がないと知ったのか。
首を緩慢と縦に振り、柔らかい笑みを浮かべた。
「うん、わたしも信じるよ。博士のこと。…何時も親身になってくれた博士が、急にこんなことをするはずないもの」
「002……」
「それに」
彼女の指先が、とん、と俺の胸を叩いた。
「君が信じてるあの人を、わたしも信じたい」
「……!」
「それが一番、大きいの」
俺だから、という理由で何の疑いもなく信じてくれる002。
嗚呼、彼女の思考は如何考えても読めない。思ったことをそのまま口に出しているからだろう、余分な感情が一切ない。
だからこそ、俺は彼女と居る時間を心地良いと感じていて、何時から時間を共にしていたのだ。
「……ありがとう。一人でも理解者を得られてよかったよ」
「わたしはわたしのしたいようにしただけ。それが君の理解に繋がった、それだけの話だよ。だからお礼は要らない」
「ん……そっか」
「うん」
ゆえに、彼女の言葉は真っ直ぐだ。それが妙に気恥ずかしくて、視線を逸らす。
002はそんな俺の心境を察してくれたのか。口許を薄らと緩ませこそしたが、無言を貫いてくれた。
前途多難な仮想世界での第一歩。希望も何も見えず、ただ疑心暗鬼でゲームを攻略するだけだった日々は、ほんの少しだけ変わる事となった。
「002」
「ん? なに?」
「その、ええと……」
始まりの挨拶。その一言も、改めていうのは何だか恥ずかしい。俺がひねくれ者だからという事もあるだろうが、こういうのは流れが止まったらお仕舞なのだ。
路線変更。
「ゲーム、せっかくだから楽しもうな。たくさん思い出作ってさ、もしあっち戻れた時博士に自慢してやろうぜ」
「……!」
その言葉に、002は、
「うんっ!」
満面の笑みを返してくれたのだった。