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005.Re:START

 一度転移したからか、意識の再覚醒は驚く程早かった。

 博士に吹き飛ばされたまま転移した為、横たわったまま転移らしい身体を持ち上げ、そのまま立ち上がる。


 先程居た場所とは、空気が違った。

 肌に触れる涼風が心地良い。牢屋の粘ついたような感覚に比べたら、天と地の差だ。

 その木々の合間から降り注ぐ木漏れ日も、なんとも形容し難い美しさである。更にこの爽快感を後押しするかの如く鼓膜に響く草花の揺れ音。

 俺はほんの少しだけ、現状を忘れこの感覚に耽った。胸いっぱいに空気を吸い込み、自然をこの身に染み渡らせた。


「――さて、そろそろ動くか」


 仮想世界とは思えない自然の力でクリアになった脳を、再び回転させる。

 まずは現状の把握だ。第一として此処はどこなのか、という現在位置の特定。そして第二に俺と同じく飛ばされたであろう、数人の名前のない子供達(コード)の居場所を――と、そう考えた時、視界に移ったものを見て、後者の懸念は消え去った。


 銀色の髪に吸い込まれるような琥珀色の瞳。凛々しさとあどけなさが共存する端正な顔立ち。そして、俺と同じように自然を感じ、この状況でさえ既に自分らしさを取り戻している冷静さ。そんな何時も見ている少女を、俺が見間違えるはずもなかった。


「002」


 俺の声に気付き、少女の顔が此方に向けられる。

 涼風で銀糸が不規則に靡き、それを押さえる為に片手を添える。その仕草を、俺はとても美しいと感じた。


「013。一緒、だったんだね」


 002は普段と変わらない、柔らかい微笑みを浮かべる。

 俺はよかった、とひとまず安堵する。()()()を聞いた後だ。言葉も交わさず切り掛かってくる可能性が大いに考えられたからだ。


「ああ、そうみたいだな。……俺達以外にはいない、のか?」


「ついさっきまで008と012がいたんだけど、もう行っちゃったみたい」


「ん……そっか」


 博士の言った通り東西南北に振り分けられたなら、一方角ごとに三人程度のはずだ。だがそれだと十三人の俺達は端数が出る。だから何処か一つが四人になるな、とは思っていたが、まさか自分のところだったとは。


 002の話だと二人は既に動き出しているらしい。彼女の口振りからして、すぐに殺し合いに発展することはないと思うが、決めつけるのは早計だ。待ち伏せなどの可能性を考慮し、注意深く進んだ方がいい。


 だが、その前に。

 002には話しておくべきだろう。俺が考えている現状の歪さを。客観的な意見を取り入れる事は大切だし、なにより、甘い考えかもしれないが、できれば彼女とは剣を交えたくはない。


「0――」


 そう呼び掛けようとした瞬間。幾つのも殺気が、俺達を取り囲んだ。

 反射的に背中のロングソードを引き抜く。002も異常に気付いたのだろう、既にその手には俺と同じ剣が握られていた。


 002を背後に、少しずつ下がると彼女と背中合わせの形を取る。

 すると、草木で蠢くモノがようやく姿を現した。江西とのチュートリアルで戦ったMOB、《ルグ・ウルフ》だ。

 数は全部で十。前に戦った時は好戦的な獣だと思ったが、本来は群れを成し慎重に狩りを行う性格なのだろう。俺達の獲物としての格を見定めている。


 話をしようと思ったが、これでは邪魔をされてしっかり伝えることが出来ない。

 優先順位を変更。まずは目の前の敵を()()、時間を確保する。


「002、目の前の五体は俺がやる。君はそっちを頼むよ」


「了解」


「あと、終わったら話があるんだ。できれば聞いてほしい」


「それは……愛の告白?」


「ッ……! ち、違う! 今俺達の身に起きている事の話だ!」


「なんだ、ざんねん」


「ぬ、ぅ……! い、いいから早く終わらせるぞ!」


 調子が狂いつつも、()に狙いを定めれば、おのずとスイッチは切り替わる。

 敵は眼前の五体。等間隔で並んでこそいるが、一匹が攻勢に出れば他の四匹もそれに同じて仕掛けてくるだろう。

 守勢は不利。ならば、先手を打つ。


「は、ぁ……ッ!」


 数的不利の状況。俺が選んだ行動は、真正面に居るルグ・ウルフへ剣を投げ付けた事だった。

 風を切り真っ直ぐ進む剣は、一瞬で一匹の頭に突き刺さる。

 空白の間。獣達が同胞をやられた事で生まれた僅かな隙を逃さず、両脚を働かせる。


 ぴく、と何度か痙攣するルグ・ウルフの頭部から、剣を引き抜くと、そのまま流れで粒子に変わり始めた死体を左方向に居たルグ・ウルフへ蹴り飛ばす。

 その後は単純だ。視界を邪魔された獣が取る行動、それは回避である。誘導通り俺の視界で左に跳躍したのを確認し、一気に間を詰める。


 突き刺すのはやはり粘膜の薄い眼球。ぐにゅ、と柔らかい感触が剣を通り手に伝わる。

 だが、すぐにその一匹は粒子に変わった。引き抜く事もなく、剣が解放されると、前方の一匹と、背後の二匹が落ち着く暇を与えぬと爪を立て攻撃を仕掛けてきた。


 現状を俯瞰し、脳内を整理。どれを殺すのが最善か、一秒も経たず思考する。

 成功のビジョンを思い描き、それを実行する為に柄を強く握った。


「ふ……っ」


 まずは眼前で襲い掛かるルグ・ウルフの左前足に向け、剣を振り下ろす。

 眼球より硬い毛と肉の感触に、仮想世界でも急所と言った点は存在する事を理解した。

 だがこれで行動は制限される。少なくとも数十秒は身動きがとれないだろう。後は、イメージ通りに身体を動かし、尚且つ後方の二匹が想定を超えない速度で襲い掛かっている事を祈るのみ。


 俺はその場で跳躍し身体を文字通り上下反転させる。

 集中力か、それとも宙での動きだからか。周りがスローモーションになり、自分が加速したような錯覚を感じる。

 すると、想定通り二匹のルグ・ウルフが先程俺が居た場所にその獰猛な爪を振り下ろしていた。


 並列に揃う二匹の首。これが俺が描いていたイメージだ。

 跳躍した身体を宙で捻り、その回転力で剣を振るう。一匹目こそ簡単に首を切断出来たが、二匹は少し硬い。自分の力が衰えている事が要因だ、と思い、ここは無理矢理腕に力を込め、その首を切り落とした。


 宙から地上を戻ると、既に粒子に変わる二匹に一瞥もくれず、残りの左前足を落としたルグ・ウルフの心臓へ剣を突き刺す。

 それが消滅したのを確認し、剣を背中に仕舞った。


「……チュートリアルの時も思ったけど、肉を断った時の感触が本物に近い。とてもゲームとは思えないな」


 これがゲームとして世に出せるのか、とも思いつつ。俺は視線の矛先を背後で戦っているであろう002へと向ける。

 手こずってるようなら加勢を、と思ったが、次の景色を見てそれが杞憂だった事を理解した。


 俺達が出会った時と何一つ変わらない。それはつまり、五匹のルグ・ウルフを消滅させた事を意味する。

 002は俺よりも早く、あの五匹を倒していたのだ。流石だとは思うも、少しだけ悔しい気持ちになったのは言うまでもない。


「おつかれさま。すごかったよ、戦い方」


「……俺より早く倒した奴に言われてもなあ……と、リザルトだ」


【獲得コル】50

【武器熟練度・剣】15

【属性熟練度】0

【EXスキル熟練度】0


「全体的に上がり方微妙だね……」


「最初の敵だからこんなもんだろ。すぐに強い敵が出てくるさ」


 リザルトの【OK】を押し、画面を閉じる。

 雑魚的は片付けた。これで002とゆっくり話せる時間を確保できたわけだ。

 俺はすぅ、と息を吸い込むと、彼女の琥珀色の瞳を見据える。


「それより、さっきも言ったけど話しておかないといけない事がある。大切な話だ」


「それだけ聞くと、本当に告白みたいだね。死亡フラグ? ってやつにも聞こえるけど」


「は、話を腰を折るな! それで、聞くのか、聞かないのか」


「あはは、ごめん。……うん、聞く。教えて、君が何を知ってるのか」


 ゆったりとした002の雰囲気が、一気に真剣みを帯びたものに変わる。

 相変わらずスイッチがわからない、と思いつつ。これでようやく話が進められる。


「確証はない。正直可能性は三割程度だと思うし、それがわかったところで俺達状況が変わるわけでもない。……けど、少しくらいは心に余裕が出来る、と思うんだ」


「……うん」


「あの人、博士は――俺達の味方の可能性がある」


 あの狂言、口調、態度。その全てが偽りだった、と。そう告げた002に表情は、ほんの少し、ほんの少しだけ、安堵しているように見えた。

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