表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

004.Criminal or Rare person

 牢獄――。俺が目を開き、最初に得た感想がそれだ。

 部屋とも呼べない鉄格子で遮られた空間に、微かな蝋燭の明かり灯っているだけ。ベッドや簡易トイレと言った物があるので、恐らくその認識で間違いはないだろう。


 そういえば。ゲームのシステムは聞いたが、ゲーム自体の内容は全く聞いていなかった。

 設定くらいは聞いておけばよかった、と後悔するも、ふと、ベッドの上に何か光を放つ物体がある事に気付く。


 それに近付き手に取ってみると、直後、アイテムの上にシステムメッセージが表示された。


「牢の鍵。……不用心とかいうレベルじゃないな。セキュリティどうなってんだ」


 これが現実世界なら大問題だ。しかし此処は仮想世界、それもゲームの中だ。なので問題はないのだろう。逆に鍵がなかったらそれはそれで困った事になるので、ある意味正しいともいえる。


 俺は鍵を手に持ったまま鉄格子の反対側に腕を伸ばし、鍵穴へと挿れる。

 すると、かちゃ、という小気味の良い開錠音が聞こえ、ひとりでに鉄格子の扉が開いた。


 鉄格子の扉を出ると、そこは長い廊下のようになっていた。

 牢の中と同様に蝋燭が一定の間隔で灯っているだけなので、非常に見辛い。全体的に薄暗い雰囲気を醸し出しており、明かりの届かない牢の奥などは、凝視しなくてはわからないくらいだ。


 早く先に進もう。そう決意し、早足で廊下を進む。

 廊下に反響する自分の足音を聞きながら、おそらく唯一の出入り口であろう扉に到達する。

 そして、その扉をそっと押すと、ぎぃ、と古びた音が鳴り、ゆっくりと開かれた。


「……階段」


 開いてすぐに見えたの物は螺旋状の階段。此処が牢獄と設定された場所なのだとしたら、地下にある事は何もおかしくはないか、と思いつつ、俺は一段一段上がっていく。

 途中、石材で出来た壁面に何やら不思議な模様が描かれていて、中世な世界観なのかな、と漠然に考えていると、牢を出た時と同じ扉が見えた。


「おお……」


 扉を開くと、その先は広大な空間が存在した。

 数十程もある大理石で出来た巨大な柱に床と壁一面に敷き詰められている十センチ程の白透明なタイル。地下牢の簡素な石材で出来た造りとは根本的に異なり、扉を通して違う場所に転移したんじゃないか、と思える程に美しい場所だった。


 俺は半ば自動的に体を動かし、周囲を見つめる。

 現実と遜色のない――いやむしろ神秘的な雰囲気を再現出来ている辺りこちらの方が優れているか――景色を堪能していると、ふと、中央付近に人影が見えた。

 その中の一人が俺に気付いたのか、銀色の髪を緩慢と靡かせ、振り向く。


「013」


「002、もう来てたんだな」


 俺は002の近くまで早足で駆け寄る。

 先に、とは言ったものの、ログインした時間は彼女の方が先なので、当たり前と言えば当たり前なのだ。

 しかし、002は全くおかしな顔はせず、こくり、と首を縦に振った。


「うん。君の来るちょっと前に。……後、他の皆も揃ってるよ」


「……みたいだな」


 俺はちらり、と複数の人影に視線を移す。

 名前のない子供達(コード)。この施設の《教育》と《訓練》において優秀な成績を収めた上位十三名に付けられた称号、そして名前。


 俺を含めた彼らは、《森》での行動緩和、食事のグレードアップ、()からの物資補給願い――など、様々な特典が付いている。

 ただし、一つ。一つだけ、許されていないことがある。それが、本来の名を呼ぶことだ。

 俺には宇和(うわ)壮志(そうし)と言う名前がある通り、名前のない子供達(コード)の皆も最初から番号で呼ばれていたわけではない。

 現に、何人かの本名を知っているし、呼んだこともある。


 だが、この称号を与えられてから、前の名を呼ぶことは一切禁じられた。

 そこにどんな意図があるのかは定かではないが、名前のない子供達(コード)の一人が一度だけ、間違えて他の子の名を呼んでしまったことがある。

 《森》は至るところを監視されているので、当然それに気付いた上層部は、彼を酷く叱り付け、特別房と呼ばれる所に移動させた。


 帰ってきたのは一週間後。その時の彼を、俺を含め忘れたやつはいないだろう。やつれた顔に、痛めつけられた身体。廃人の如く虚ろな瞳で、笑いながらうわ言を呟く姿を。

 それ以来、名前のない子供達(コード)面々で本名のことはタブーとなっている。


「来たか、013」


 その声に、俺は002から彼――001(ワン)視線を向けた。

 柔らかい金髪に端正な顔立ち。そして同じ施設で育ったと思えない気品ある立ち振る舞いは、それこそ中世の王子を連想させる。

 俺はそっと手を上げ、彼に応えた。


「来ちゃったよ、001。……ゲームって言われたしさ。何より残ってた《教育》が免除になるって事だったから、即答だ」


「はは、ゲーム好きだからな、お前は」


「お前もだろ、それは」


 貴族と庶民くらいの差がある俺達だが、実はゲーム好きという共通点がある。

 レクリエーションルームで対戦ゲームをしたり、RPGを二人で進めたりと、名前のない子供達(コード)の中では仲が良い――と俺は思ってる。


「それより、早く来い。どうやら全員集まらないと始まらないみたいなんだ」


「なんだそれ、効率悪いな」


「ごもっともだが……見てみろ、あそこを」


「あそこ?」


 001の指差す先に視線を向けると、数人の名前のない子供達(コード)が集まっている。

 もう少しよく見てみると、その中心に傘を差した人物がいた。体躯的に少年と思われる彼の頭上、正確は傘の上に、ハテナマークが飛び出ていたのだ。


 ふと、俺はレクチャーを思い出し、胸元で左から右に掌を振る所作を行う。すると、青い枠で囲われた、半透明の物体が出現した。

 これは、この世界で最も重要になる《メニューウィンドウ》を表示する為のジェスチャーだ。


 《メニューウィンドウ》は大まかに《ステータス》《アイテム》《クエスト》《マップ》《フレンド》《ギルド》《システム》と、分かれている。

 そこから、例えばステータスの場合、装備やスキルの熟練度、後はEXスキルの熟練度などに枝分かれしている為、全て把握するとなると中々に時間が掛かりそうではある。


 しかし、今やるべき事は別だ。

 俺は《メニューウィンドウ》の《クエスト》欄をタップする。

 すると、幾つかのサブメニューが出現。そして更に、その中のメイン受注クエストを選択した。


 表示されたクエストは《始まりの雨》。補足として現れたミニマップには、クエストを進行する為にキーとなる人物をスポットするシステムが搭載されており、ここではあの傘を差した少年が緑色でマークされていた。


「……なるほど、最初クエストはあの少年から受けなきゃいけないのか」


「その通り。だが話しかけても十三人揃うまで開始できません……って繰り返すだけで、何も起こらないんだ。だからお前待ちだった、ってわけだな」


「クエスト条件の欄には特に指定とかないけどな……。ベータテストだから……って理由だからか……? なんにせよ、007(セブン)辺りが絡んできそうな予感だ……」


 俺のそんな想像を見事的中させるように、もう一人の人影がどかどかと近付いてくる。

 001や002達のような笑みはない、彼の表情にあるのはただただ不満のみ。

 後ろに逆立つ紅蓮の髪を揺らし、彼――007は俺へと声を掛けた。


「やっと来たか013! 遅いんだよ、どんだけ待たすんだ!」


「そうは言ってもなあ。これでも博士に呼ばれてすぐ来たんだよ」


「言い訳はいい! ほら、さっさと行くぞ!」


 どう答えればいいんだ、と内心で愚痴を吐きつつ、007の後を歩く。001と002が苦笑をしながら肩を竦めていたのを見て、助け舟の一つくらい出してくれと願ったのは言うまでもない。


 俺達が到着すると、名前のない子供達(コード)の面々の視線が集まる。

 基本的には興味なさげな表情なのだが、何人か007と同じく露骨に不満な表情を浮かべる者がいた。

 俺はその視線からそっと目を背けると、クエスト開始のNPCであろう傘を差す少年を見る。


「おし! 全員集まったぞ、ほらクエストを始めろ!」


 007の声に急かされたわけではないだろうが、傘を差す少年がぴくり、と動き始め、俺達全員を一瞥した。

 直後、彼の黒い瞳が真っ赤な赤色に変わる。この場の全員がぎょっとしたのも束の間、


【LOADING-ゲームシステム起動、開始-】


 人にしか見えない彼から、全く抑揚のない、機械的な声が漏れた。


【CONNECT:想定数の接続者を確認。――完了。十三人のユーザーが該当。】


【SCAN:全てのユーザー情報の読み込みを開始。――完了。名前のない子供達(コード)と認定。】


【DISTINCTION:処理情報を基に《リーベルタース》の基盤へ登録――完了。Non Player Characterへ代替AIをインストール――失敗。三人のNPCを非正規ユーザーとし登録――完了。】


【REBOOT:設定、完了(オールクリア)。規定の手順に従い、《Anti Rain Online》を再起動(リブート)します。】


 その言葉が放れた瞬間、視界が反転した。

 無限にも思える浮遊感。まるで体がゲル状の何か包まれ、小さな箱でシェイクされているような――そんな言い得ぬ感覚が幾度と繰り返された。


 時間にしてそれは数秒程。だが、俺を含めた此処に居る全員は永劫に近い時を感じた事だろう。

 それほどに嫌悪感を抱く現象だった。現実でも仮想世界でも、こんな経験は未だ感じた事はない。


「っ……なんだったんだ、今の……」


 片手で頭を押さえながら、全身を見遣る。

 幸い変わったところはない。頭痛こそあるが思考も正常だ。しかし、今はそれが逆に不安の種になっていた。あれだけの衝撃を受けて、心身共に影響がないのはおかしい。


「再起動の衝撃だよ、013」


 そんな俺の疑念に答えたのは、勿論名前のない子供達(コード)の面々ではない。NPCである傘を差した少年だ。

 だが、その声は到底少年が出す声音ではなかった。この嗄れ声は高齢特有の声だ。断じて子供が出すようなものではない。

 そして、俺はその声に心当たりがあった。ほぼ毎日聞いており、つい先程も聞いたのだから。


「博士……?」


「ああ、ご名答だ。さっきぶりだね、コード013」


 だが、この()は聞いた事がなかった。

 何時も優しく穏やかな面影は微塵もない。これは、ひたすらに義務的で機械的なただの()だ。


「手荒な真似をしてすまなかった、名前のない子供達(コード)の諸君。此方も色々と準備があってね、やむを得ず要らないショックを与えてしまった」


「……準備、とは一体なんの事でしょうか」


 001は衝撃の影響を思わせず、博士に尋ねた。

 再起動について深く追求しなかったのは、おそらく理解しているからだろう。それを指す言葉の意味が、この場で一つしかない、と。


 アンチレイン・オンライン。まず間違いないくこの事だ。むしろそれ以外に考えられない。

 博士は何らかの理由でこのゲームを再起動する必要があった。それは、傘を差した少年が機械的な声になり、専門用語を放った事からあきらかだ。


 しかし、今となってはそんな事を聞いても意味はない。問題はそこではないのだ。


「これは、本当にこのゲームをテストする為なんですか?」


 そう、001の言う通り、本当にこのゲームのテスターとして俺達がプレイするか、だ。

 ショックの理由。何故再起動したか。そんな事を気にしている余裕はない。

 機械的な少年の言葉に、博士の変貌。今後の事を考えれば、今はそちらに重きを置くべきだ。

 だが、俺は薄々気付いていた。大抵この手の展開だと、おそらく――、


「いや、違うよ。君達はベータテスターとしてこの世界にログインしたわけじゃない」


 俺の嫌な予感は、見事的中した。

 名前のない子供達(コード)全員も博士の言葉に絶句し、茫然と彼を見詰める他ない。

 博士はそんな俺達がおかしかったのか、口角を歪ませるとぽつぽつと語り始めた。


「君達はある計画の為に此処へ来てもらった。計画の名は――《Project・NOTE》」


「プロジェクト・ノート……?」


 聞いた事のない単語だ。俺以外の名前のない子供達(コード)達も訝しげに眉を寄せている。


「そう、私達が極秘に進めていた計画だ。……内容を、知りたいかい?」


「……はい」


 001が神妙な面持ちで頷くと、博士はにやり、と笑い俺へと視線を向けた。


「013。君はよく漫画を見るだろう?」


「……? はい……」


「私もね、少しは読むんだよ。そして、その中のファンタジー物やSF物にはこうした展開が良くあるんだ。意図的にゲーム内へ閉じ込められ、何かを強いられる展開が」


「……なにが言いたいのかわからないのですが」


「嘘だな。君は既に気付いている」


 少年の姿をした博士が、俺の内心を見透かすように頭部を幾度か叩く。


「その度に思うんだ。今の私と同じような黒幕側が一から十まで計画の内容を話し、優越感に浸っているのは阿呆なのでないか、とね」


 少年の姿をした博士が呆れたと言わんばかりに肩を竦める。


「この状況を作り出す苦労は私にもわかる。しかしこの後に自らの意図や行動理由はバラすのはいただけない。どんな事柄にも万が一は存在する、今で言えば君達が何かしらの方法を取りこの世界を脱出、そして私達の計画を邪魔する可能性だね。それは限りなく低いが、ゼロではない。だから……001」


 博士は俺に向けていた視線を再度001に向ける。


「君への返答は『教えられない』、だ。悪いね、質問してくれたのに」


「……いえ、十分想定の範囲です。俺が貴方の立場だったら、おそらくそうするので」


「ふむ……流石にこの程度では取り乱さないか、流石はコード001。最高傑作の一人なだけはある」


「お褒めに預かり光栄です。……それで、俺達は何をさせられるのでしょうか。計画の本筋が言えないのはわかりましたが、此方のやる事が明確にならない以上、俺達も行動できません」


「!? お、おい001! こんな奴の言う事を聞くのか!? 俺はごめんだぜ!」


 007が声を荒げて反抗の意思を見せると、001は緩く頭を振った。


「俺も出来るならごめんだ。だが反旗を翻そうにも手段がない。俺達は今、アンチレイン・オンラインの中に閉じ込められてるんだぞ」


「っ……」


「身体が現実世界にある以上、主導権は彼らが握っている。その気になれば何時でも俺達をどうにかできるんだ。この状況で喚いたところで、事態は悪化する可能性しかない。……今は、博士の言う通りにする他ないんだ」


「ぐ……っ、クソォォ!」


 007が行き場のない怒りを声にして放つ。

 だが博士はその様子を見ることすらせず、淡々と口を開いた。


「もういいかね? 話を進めても」


「……はい、進めてください」


「よろしい。なに、難しい話じゃない。君達にはこのゲーム、アンチレイン・オンラインをクリアしてもらいたいんだ」


「な、なんだよそんなことか!」


 博士の言葉に一瞬、場の空気が緩む感覚があった。

 なんだ、簡単じゃないか。楽勝だ――そんな心の声が聞こえてくるようだった。

 しかし、俺は未だ緩ませる事なく、張り詰めたまま博士の姿をした少年を見つめる。


 そんなわけがない。それならテスターの仕事と偽って話を進めてもよかったはずだ。それなのにこうして話をしているのは、必ずワケがある。

 緊張の意図を切らさずに話を聞こう、そう心に決め博士の次の言葉を待つ。


「ああ、簡単だろう? なので是非とも頑張ってほしい。……と、言い忘れていた。補足事項があるんだ」


「補足事項? なんですか?」


「大丈夫、此方も簡単なことだよ。此処から解放される者は、ゲームを最初にクリアした一人だけでね。それ以外の者は、例外なく全員死んでもらう……って事だ」


 緩んだ空気が、一斉に張り詰めた。

 博士の軽い口調、少年の無垢な笑顔。その言動からおよそ出るはずのない狂言は、ゲームの世界にも関わらず、俺達の背筋に嫌な汗を流した。


「……理由を聞いても?」


「悪いね、それにも答えられない。ただ『不要』だから、とだけは言っておくよ」


 誰もがその言葉に対し、口を開けなかった。想像もし得なかった〝死〟を自覚させられたからだ。

 それは001も007も同じ、002でさえ、その身を微かに震わせていた。

 だが、俺は少し違う事を考えていた。今の言葉に希望とは言えないが、微かな光明を見出していたのだ。

 それを確認する為に、口を開く。


「博士、二つ聞いても良いですか?」


「構わないよ、013。ただし、私の答えられる範囲で、だがね」


「それで充分です。一つ目、ゲームを最初にクリアした人だけが、この世界から解放されるんですよね?」


「そうだね、此処から解放される」


「……わかりました。二つ目、博士は例外なく死んでもらう……と、言ってましたが、他意はありませんか?」


「あるわけないだろう。その言葉通りの意味さ」


「本当に?」


「ああ、これは誓ってもいい」


 俺はじっと博士の目を見つめる。

 これもまた、嘘を吐いているようには見えない。なら俺の考えは三割程度は当たっている可能性がある。楽観視は出来ないが、絶望から這い上がるには十分な数字だ。


「わかりました。ありがとうございます」


「……なに、この程度何の問題もない。よし、それじゃあ他に質問がある者はいるかな? 今の内だよ」


 博士の問い掛けには誰も応じなかった。

 その気力を削がれた者。突飛な話に頭が追い付いていない者。そして、恐らくこれが一番多いだろう。

 この理不尽に憤り、怒りを示すが、それを()()()()()()()()()()()()()()()

 どんな理不尽を受けようとも、俺達に言い返す資格はない。何故なら、此処に居る全員が何かしらの罪を犯し、その手を血で汚した――咎人なのだから。


 人を殺めてしまった者もいる。そんな人間が、どうして意見など出来るものか。

 本来なら死で償わなければいけなかったところを、未成年で才能を持っている、というだけで罪を逃れ、好待遇の扱いをしてもらっていた。

 今迄がむしろ異常だったのだ。犯罪者の俺達が、あの生活をしていたことが。


「……ないようだね。では話はこれで終わりだ」


 博士がそう言い終わるとほぼ同時に、俺達の前にシステムメッセージが表示された。

 武器やEXスキルの類は一切使っていないので、各熟練度の増加は見られない。しかし、クエストクリア報酬に、一つのアイテムが表示されていた。



【黒の外套】レア度1……穢れた自由の地で、雨を避ける為に作られた一般的な装備。



 幾つか気になる単語がある。少し考えてみたい――そう思ったのも束の間、


「ッ……!」


 俺達の足元に幾何学的な模様が現れた。

 これは知っている。チュートリアルの時、江西が俺を此処へ転移させる際に使ったものだ。


「今から君達には東西南北、それぞれのスタート地点に転移してもらう。この人数だと大体三人くらいかな、精々協力して頑張ってくれたまえ」


「……此処がスタート地点じゃなかったんですね」


「これはちょっとした悪戯さ。君達のような犯罪者が牢から脱獄して物語を紡ぐ、というのは……ほら、なんとも気の利いた演出だと思わないかい?」


「あはは、なるほど。反吐が出るくらいにくい演出です」


 せめてもの反抗と強い言葉を吐くも、博士はどこ吹く風と言わんばかりに肩を竦めた。

 次第に青色の粒子が舞い始め、模様は輝きを放つ。後数秒も経てばこの場から転移してしまうだろう。

 その前に――、


「こ、の……!」


 今出来る限り、最大限の力を両足に込める。

 太腿、膝、足、指先。連続して伝わる力の波を制御し、即座に跳躍。この際にこの魔方陣らしきものから逃れられたら良かったが、そこまで上手くは行かず空中にも追尾してきた。


 だがそれで構わない。元よりこのゲームのシステムから逃れられると思う程、状況を楽観視してはいない。

 背中に携えた剣の柄を握り、鞘から引き抜く。金属が擦れる音を聞きつつ、俺は空中で体勢を整えては、両手でそれを少年の姿をした博士へ振り下ろした。


 が、それは届く事はなかった。

 灰色の四角形が幾重にも重なり、障壁として俺の剣を防ぐ。弾かれこそしないが、鍔迫り合いのような形でこれ以上の攻撃を拒絶していた。


「君らしくないな、013。感情に身を任せた行動など」


「それは俺自身も理解してますよ。けど、一言くらい言わないと気が済まなかったんで」


「ほお、何かね?」


 博士は嘲笑を浮かべながら、首を傾げた。

 俺はすぅ、と息を吸い込むと、小さな声で告げる。


「――ありがとう、ございました」


「……!」


「頑張ります」


「……」


 博士はその言葉に一言も返す事はなかった。

 だが、彼の瞳。感情を示すそこだけは、確かに何時もの慈愛に満ちた優しいものに変わっていた。


「いい加減、離れなさい」


「ぐっ……!」


 障壁から一際強い圧迫感が放たれ、後方に吹き飛ぶ。

 直後、転移の準備が完了し、俺の意識は飲み込まれるようなあの感覚に陥る。

 そうして、視界が光に埋め尽くされた、その時。


「013」


「……!」


「足掻き、苦しみ、もがき、そしてまあ、せいぜい()()()()()()


 博士の最後の言葉。それはやはり、心の底から柔らかく温もりで包むような、そんな声音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ