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000.Thirteen

 無音――。

 只管(ひたすら)に静寂だけが支配する此の訓練場で、剣尖(けんせん)を一切の揺れ無く相手に向ける。

 脳が、心臓が。絶え間無く血液の循環(じゅんかん)を進め、緊張を緩めるなと命令していた。見詰める視線の先、凛然(りんぜん)(ただず)まいで此方を見遣る女性の力量は、剣を交えぬとも理解出来るもので、自然と鼓動が高鳴りを見せる。


 ――ふっ。一呼吸をし、即座に足先に力を込める。直後、地面を滑る様に低空の跳躍を行い、距離を一気を詰める。

 身体を半身に、上方から一瞬で剣を振り下ろす。風切り音、地を踏み締める足音。全てが鼓膜に反響するも、その全てが雑音。全く意識に入ることはなく、俺は彼女──その首だけを狙った。

 柄を握る手指に最大限の力を込め、純粋な腕力で攻撃を。


 しかし、それは空しくも宙を切る事になった。

 結果だけ言えば避けた。避けたのだが、横へ(かわ)したり、後方へ飛び距離を取ったわけじゃない。

 俺と同様に体勢を低くし、(あたか)も弾道の如く前へ進んだのだ。


 反射的な行動の最中、幾つかの選択肢が脳内を過る。

 しかしその全てを掻き消し、前方に躊躇無く歩を進めた姿に、全てが無為(むい)だと悟る。生半可な攻撃じゃ彼女に届かない。それどころが先読みされて反撃される可能性の方が高いだろう。


 俺は口許に描かれた弧が高揚かも確かめる事無く、片腕で一太刀を受け止める。刹那、二人を中心に音が巡る。室内を響き渡る轟音を他所に、握る柄の力を緩めた。

 必然的に刀が後方に押され、それを利用し一回転させ逆手に持ち直す。そして勢い殺さず足を軸に更に一回転、直後剣尖にて背面からの突きを。

 先程違い、狙いは持ち手である右手の甲。俺は虚を突いた策にどう反応するかをしっかりと伺う為に、一挙一動に意識を集中させた。


 次の瞬間、彼女の動きは俺の想像を容易く超えてきた。

 剣尖が手の甲を捉えるその瞬間、背面へ一切振り向くことなく、体を半身にさせ死角からの一撃を受け流す。

 半ば信じ難い回避に瞠目する。彼女の動作は常人の域を遥かに凌駕していた。


 流麗な体捌きに歯を噛み締め、攻勢に移ろうと柄を握り直すが──既に、時は遅く。縦凪の一撃が眼前へと迫っていた。

 俺は反射的に察した。この剣は避けられない、と。


 何処へ回避行動を行っても確実に直撃する。先ず間違いなく致命傷は避けられない。しかし、裏を返せば致命傷にはなるが行動は可能、という事だ。


 方法は、ある。上手くいけば彼女を出し抜ける一撃。どんな攻撃も反射で対応する相手だが、これならば成功するだろう。

 しかし、失敗すれば此方が絶命に及ぶ諸刃の剣でもある。けど、勝つにはこれしかない。


 俺は意を決すると、右手に持っていた剣を宙に放り投げた。

 相打ち狙いの攻撃でもない。ただ単純に投げただけの行為。これには彼女も一瞬驚きの表情を見せるが、その手は決して止まることはなかった。


 彼女の剣は俺の体を真っ二つに――ではなく、その右腕だけを切り落とした。数拍の間で、僅かに体をずらし頭部への一撃を回避したのだ。

 我楽多の様に地に落ちた右腕を一瞥する事なく、俺は左手を宙に伸ばす。

 当然、そこにあるのは、普段から愛用している銘も無い黒の剣。その柄を握り締め、視線を振り下ろした彼女に移す。


 彼女は捨て身の戦法に再び驚愕したものの、冷静に防御態勢に移行し始めている。

 だが、それは俺も読んでいた。彼女なら、怯む事なく次の行動に移す、と。


 だから、俺は再度逆手に持ち直す。

 先と全く同じ攻撃。何時もの俺なら、一度失敗した技に頼る程愚かじゃない。

 だが今は条件が違う。攻撃後の僅かな隙、直前に失敗したから無いだろう、という突飛な策。成功確率は十分だ。


 俺の剣は真っ直ぐに彼女へと進み、その体の中央――心臓を的確に貫いた。

 からん、と彼女の手から剣が滑り落ち、地へと転がる。


「……ああ、負けちゃった」


 そう、彼女は言い残すと、青色の淡い粒子となって存在を消した。

 《You Died》。と、残るシステムメッセージを見て、俺は背中から地面に倒れる。


「……リアルなら俺の負け、だけどな」


 無くなった右腕を視線を移し苦笑すると、俺――宇和(うわ)壮志(そうし)はこの世界に感謝した。

 現実と異なる世界。剣、魔法、ファンタジー。あらゆる非現実を内包し、空想の実現に至ったこの世界を、人は――。


 ――仮想現実、と呼ぶ。

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