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夢のこいし世界  作者: サークル:うな重
1/1

ひこもりフランドールの夢の中大冒険

わたしは上下左右のない空間に居た。

もちろん、それがありえないことだというのは、よく分かっている。

物理世界において、ある点Aに物質Bがあるとき、その物質はけっして点Cには存在しない。つまり、もしわたしという物体がこの世にある限り、点AにもCにもDにも存在しないなどということは、あり得ない。

ややこしいけど、家にある本にはそう書いてあった。もし確かめたいなら、例えば、崖の上から飛び下りてみればいい。崖の下にいるという、もうひとりのあなたが、下から受け止めてくれるかもしれない。

閑話休題。

つまり、わたしは物理的にありえない世界にいたわけで、それは物体の「目」をあやつり、破壊を意のままにするわたしといえども、さすがにドン引く空間だったわけで・・・。

「・・・ここは夢のなかかしら?」

「そうともいうね。」

驚いたことに、答えが帰ってきた。

繰り返しになるが、わたしは(返答の主もいれると私たちは?)上下左右のない空間、つまり、空間的ひろがりが皆無な空間にいた。そこでは、点AはCでもDでもEでもあり、ようは、一次元的な広がりしかない世界だった。その中において、他者という点X(つまり不明ということだ)は非常に貴重であり、同時になんだか不安を感じさせた。

一次元の中にあっては、光も空気も存在しないため、それがそこにあるとは、通常感知できないはずだが、それでもわたしは「それ」が近くにいるのを感じていた。

「あなた、誰?もしここが私の夢なら、あなた、不法侵入よ。門番はなにをしてたのかしら?」

「その門番の夢から、使用人と図書館主の夢をつたってあなたの夢の中に入らせてもらったのよー♪普段のつながりが強ければ強いほど、入りやすくなるってねー♪」

点Xはクスクスと笑った。彼女(?)は、おそらく妖怪かなにかだろう。恐らく、わたしと同じ。いや、それ以上に危険かもしれない。この吸血鬼よりも危険な存在・・・そんなもの、わたしはお姉さまか、境界の魔女しか知らないけど・・・。

「それに、ここは夢なんだよ?つうじょういうところの、しょゆうおよびきょじゅうの権利はそんしない?んー?よくわかんないけど、とにかく、こいしを邪魔だって追い出したりはできないんだよー?」

「そう。あなた、こいしっていうの。」

「?」

「いや、これで一つ疑問が解決するわ。」

「なにがー?」

「いや、なにがって。」

わたしは少しだけ微笑んでみせた。もちろん、それも、彼女に光学的につたわってるか、わからないけど。

「きゅってして、ドカーンしたとき、何を壊したのか、分かるじゃない?標的にXとなづけ、それに攻撃をくわえるとき、正式な名称を知ってるのはいいことだわ。」

こいしは、またころころと笑う。




「ここは無意識の世界。たぶん、こいしが初めてお姉ちゃん以外の他人と共有した感覚だよ?よかったね、お姉さん。」

「あらそ。ぜんぜん嬉しくないけど。あと、わたしの名前はフランよ。ちゃんと名前で呼んでちょうだい。」

はーい、といいつつ、こいしはわたしを引っ張ってグングンと上に登っていく。

誤解しないでほしいけど、これもたぶん私の思い込みだと思う。わたしたちは最初から移動なんてしていなくて、同じ点の上で、おそらくせせこましく蠢いていただけなんだろうけど、とりあえず、座標軸上は上らしきものに移動していると思いたいわけで・・・とにかく、時間が不可逆なように、わたしとこいしも不可逆的な力にそって、「上」へと移動していたんだと思う。

問題はなにが彼女を、こいしを、引っ張り上げてたかだけど、そんなもの考えたくもない。あなたは虫や爬虫類の移動方法を細かく観察したりしないでしょ?する?あっそう。わたしはしない。だってきもいんだもん。あっというまに、キュッてしてドカーンだよ。

「無意識ってことは、あなた、地下にある地霊殿とかいうところに住んでる、覚妖怪の亜種かなにかね。前、一度だけお姉さまが自慢げに話してくれたわ。この世には無意識と無垢をあやつり、良からぬことをたくらむ輩がいるってね。人を怖がらせると、偉い気分になるのってなぜかしらね?その恐怖の対象が、自分にだけは優しくしてくれるとでも思ってるのかしら。お姉さまには言わないけどね、そんなこと。」

「もーごちゃごちゃ五月蠅いなぁ。そんなこと、こいしは知らないよー。それにこいしは、亜種じゃなーいっ!ちゃんとお姉ちゃんの妹だもんっ!!」

そういうと、点こいしは、わたしを振り返り顔をしかめてみせる。なるほど、ここまで無意識の空間が広がってきたのか。

「・・・。」

わたしは自分の「て」を見てみる。点じゃない。手だ。

ところで、そこに果たしてちゃんと手はあって、葉のようにひろがった甲、盛り上がった拇指球、そこから伸びる少しまがった親指、その横につらなる四本の、それぞれ長さの違う指。・・・そんなものが、きちんと私の目に「視えて」いた。

「あはっ❤ふらんちゃん、きちんと無意識に馴染んできてるじゃん!よきかなー♪よきかなー♪」

見上げると、そこには洒落たリボンのついた、つばの広い緑の帽子に、薄い灰色の髪。これまた色の薄いブラウスに黒い、ひざ下まであるスカート、体のまわりには、何の為だか分からないけど、グルグルと巻きつけられたコードに、先端にまぶたらしき部分が縫いつけられた球体。そんな出で立ちの少女がいた。

顔は上々。いや、きれいというべきか。

言葉通り「きれい」なのだ。たとえば、それはよく掃除が行き届いた、だだっ広い食堂のようなものだ。その空っぽの空間で、たった一人で食事をするところを想像して見てほしい。おそらく、空っぽな気持ちになるだろう。こいしの顔というのは、そんな感じなのだ。

たしかに、そうあるべきだろうけど、そうであるだけで、それ以上では、ない。

そんな顔を、きれいと言ってみる。たぶん、それで正解なのだ。こいしの顔はキレイだ。

きれいなだけだ。

で、そのきれいな顔が空虚にニコニコ笑いながら、わたしのもう片方の手をにぎって、上へ上へとグイグイ引っ張っていく。

わたしの上にひろがる、白い霧に覆われた、果てしのない垂直の空。

なるほど、確かに夢の中では、移動も経過もしていないのに、どこかに逃げたり、とても長い時間またされたりする内容のモノもある。それらが、このだだっ広い空間に流れ込んでいるのだ。ここはその為の場所なのだ。

誰にでも与えられた、想像と夢想と、ありったけの無駄のための、それだけのための空間。そんな場所を、わたしとこいしは、ぐんぐんスピードを上げながら、ひたすらに上へ上へと登っていく。そろそろ空気の抵抗まで再現されてきたのか、耳元で、高い風切り音まで聞こえ出した。

「ここはねー、こいしとお姉ちゃんだけが来れる場所なんだよ?ふつうの人間や妖怪をなんどか連れてきたこともあるけど、皆始まってまもないのに、あっという間に壊れちゃって、ちっとも、楽しくないんだ。」

こいしは、心底傷ついたという顔をして、哀しそうに眉までひそめてみせる。でもわたしには分かる。あれは嘘だ。嘘が顔を付けて、ただの表現として、哀しがったり、嬉しがったりしてるだけだ。

赤ん坊と同じだ。原始的な感情はあっても、習得した理論や共感は無い。

いや、それらを手にする前に、この憐れなでき損ないは、その可能性を自ら閉ざしてしまったのかもしれない。見ると、こいしの体にまきつくコードはところどころ絡みあい、まきつき、取り返しのつかないほどに、こんがらがっている。まるで、子猫がたわむれに毛糸の球にじゃれついていたら、あっちへ転げ、こっちへ転げしているうちに、すっかりほどけてしまい、おまけにその上で自分の尻尾とおいかけっこをして、めちゃめちゃにもつれてしまったように。

どう見ても、あれは体から直接出ている、神経のように見えるのだが。

自分の視神経や、脊髄神経で遊ぶ存在を、どう呼べばいい。化け物とでも呼ぼうか。わたしが言えたぎりではないが。

しばらく黙っていると、急にこいしはそわそわとこちらをチラ見し始める。

「あれあれ、ふらんちゃん、怒っちゃった?ごめんねー、こいし、お姉ちゃんみたいに、他人の心や、おもいを、読み取ったりできないからさー。どうしよう・・・トモダチになる前に、嫌われちゃうなんて・・・。」

いや。たとえ心が読めて、なんでもわたしの望んだとおりに反応してくれるにしても、お前と友達になるのは、願い下げだ。悪いが、蟲以下の自意識しか持たないものと、友人になるほどこの吸血鬼は暇をしていない。

「・・・あなた、友達いないでしょ。」

「えー、いるよー友達。」

「嘘」

「ほんとだよー♪」

「じゃ、どんなのか言ってみてよ。」

「はー?なにがー?」

「だから、友達、いるんなら、どんななのか、言ってみてよ。」

「うーんとねー」

「うん」

「羽があってー」

「うん」

「黒い耳があってー」

「・・・うん」

「紫色の髪がキラキラしてきれいで・・」

「ちょっと待って。それあなたの友達なの?」

「え?そうだよ?」

「変な生き物が頭の中を蠢いてる。もういい。やめて。」

「?」

だめだ。こいつと意味のあるやりとりを期待してはならない。そもそも、こんな空間もへったくれもないような無為の世界に片足つっこんで平気な顔をしている奴なのだ。まともなコミュニケーションができたら、それこそ脅威どころの話ではない。

単なる、神のような存在。ただの、天使のような存在。どこにでもいる、ありきたりの絶対的な存在。

そんな、とんでもない生き物になってしまう。



底に行くほど細くなっている、漏斗のようなモノを思い浮かべてほしい。

で、それをそのまま、ひっくり返す。ここで重要なのは、たとえひっくり返しても仮想の漏斗がまだ、その下辺(上辺かもしれないが)に存在すると仮定することだ。すると、その最も広がった部分、つまり、漏斗の注ぎ口から最も遠い辺縁、そこが互いにぴったりくっつかないだろうか。

いや、くっつくだろうよ。

でも、それが「くっつく」のは、一応まがりなりにも、その「外側」が存在するからだとは、思わないだろうか?つまり、わたしたちは、何らかの構造体を考えるとき、「無意識に」その物体の外側から、その物の形態を捉えようとする。たとえば、ピラミッドと言えば、三角形をふたつ描き、それを傾け、その一片を互いに接合した図形が浮かぶものだ。

片方の三角形にコントラストをつけ、影でも描けば、丁寧だと言って褒められもしよう。

しかし、本当のピラミッドとは唯の四角形かもしれず、中央に交差する線をもった四角形かもしれず、いや、そもそも三角形の部分しか見えなければ、それがピラミッドという立体の空間だとも気付かないかもしれず・・・ようは、外側が存在するというのは、非常に希望的観測に支えられた、たぶんに思い込みが激しいものである可能性が高く・・・。

「で、このだだっ広い空間は、互いに相反する漏斗でいうところの付け根のぶぶん。お互いの注ぎ口から、もっとも遠い辺縁の、接合部分ってわけね。でも、お互いに「外側」をもたないから、互いの領土を侵犯し合わないように、ひたすらに、ただひたすらに横方向への伸長をくりかえすだけの、無益な競合地帯・・・そんなとこかしら。」

「わっけわんねーよー♪」

「あなたのいきなりの口調変化のほうが、訳分からないんだけど?」

「えへへ、この前、外の世界のマンガっていう絵の連続する小説をよんでてね。その中で主人公みたいな太陽のシンボルみたいな赤いのと、なんだかスゴクテキトーに描かれた人間みたいなところてんの生き物が、ピンク色の髪の毛の女の子に牛の格好をして・・・」

「それ以上は、いけない。」

「?」

「ところで、そのマンガっていうの?絵の連続する小説?なにそれ、楽しそう。」

「全部のページに挿絵がついててねー、文字なんて、なんかふわふわしたバルーンのなかに、ほんの少ししか入ってなくてねー、でもね、これが、今の外の世界の「ぶんがく」なんだって、お姉ちゃん、裸の女の人がいっぱいでてくるのしか読まないのに、まぁ、最近の「ぶんがく」って随分アグレッシブなのねーって、こいしびっくり。」

「こんど貸してちょうだい。」

「うん。いいよ、友だちだもんね。」

「ありがとう。でもあなたと友達になった覚えはない。」

「あちゃ。残念。」

「ところで、ここはどこかしら?」

こいしは小首をかしげ、わたしを見やる。

まるで、キッチンに招き入れた友人が、ここはなんだと尋ねてきているように。

何もかにも、ここはキッチンだが?とでも答えるように、こいしはこう言った。

「ここ?ここは論理の終焉。感情の微分が完了する場所。永久回帰の結果。事象の地平面。シュバルツシルト半径が、最小値を割り込む場所。ようは無意識という意識が発生する、原初の始まりの時間軸。オセアニアじゃ、常識の場所。」

「・・・ごめん。素で訳が分からない。」

「うん。言ってるお姉ちゃんの頭にも疑問符飛んでた。」

また聞きかよ。しかも聞いた当人もよく分かってないみたいだし。

目の前には、薄い乳白色の地平線が、延々と続く空間が広がっている。わたしの闇にならされた目には、その光の行き着く先なんて、とでもじゃないが見えないけれど、とにかく、非常に広大な、茫漠とした平原がある。

わたしはもう、こいしに手を引かれておらず、彼女はわたしの左隣に、よっこいしょなんて掛け声をかけつつ腰をかがめて足を休めている。

たぶん、ここが彼女の遊び場なのだろう。そういう意味では、この意味もなく拾い原野は、一種の子供部屋とも言えないだろうか。ここで、こいしは長い長い時間を過ごしたのだ。恐らく、わたしが五百年もの間、地下の牢屋につながれていたとき、彼女はそれの五十倍から百倍の時間をかけて、この何もない空間で、無為に遊ぶ術を身につけたのだ。

「ずいぶんと酷な教育法なことだわ。」

「?」

またもやこいしが首をかしげる。

見上げられると何だかむずがゆい気分になるが、わたしは気を取り直すように首をふると、また地平線のかなたに目を向ける。

ここがこいしの子供部屋なら、彼女の目的は一体何だろう。こどもが子供を(失礼な!これでもわたしは五百歳児だ!!)、自分の部屋に招き入れるとき、そこには二つの目的しかない。

遊ぶか、いじめるかだ。

その行動をとる主体には、その二つの行動の間に大した違いはない。どちらとも、保護者の目が届かない場所でしか、本当の意味で楽しむことはできないものだし、一種の制約からの解放と、他者との関係の蕩尽が目的だ。

問題はその相手がこのわたしだということだ。

・・・うん。すごく問題だ。

「えへへ♪でも嬉しいなー♪お姉ちゃん以外の人で、まさかここまで付いてこれる人がいるなんて、こいしオドロキだよー♪」

「ふつうは、こないの?」

「うん。ふつうは何か意味もなく笑い始めて、と思ったら急に泣き出したりして、お願いだから帰してくれ、お願い、お願い、お願いだなんて、言葉もだんだんおかしくなって、最後は大笑いしながら、光のなかに消えちゃうの。大体、物理世界で千年くらいの時間がたったころかな?」

前言撤回。問題じゃない。危機だ。




「ねぇ、こいし、あたしをここに連れてきた意味ってなんなのかしら。」

「?なにって、一緒に遊ぶためだよ。」

「そう。じゃあ、もういいでしょ。家に帰して。」

「えー?ダメだよー!まだ「その時」じゃない。」

「その時」ってなんだよ。

わたしは腰をかがめ、彼女と同じ目線になってから、じっとその碧色の瞳を見つめる。

キレイな顔に、似つかわしくない、たぶんに野性的な雰囲気をたたえた目だ。こいしの凶暴性と、原始性が、あまなく反映されているのだろう。

その碧色の奈落に向かい、わたしは精一杯の我慢強さをもって、もう一度語りかけた。

「お願いだから、わたしを元いた世界に帰してくれない?わたしにも自分の世界があるの。姉様の独りよがりな優しさや、咲夜の意味もなく瀟洒な(笑)ティータイム。図書館に本を返さなくちゃだし、門番とのUNOもまだやりかけのままなの。なにより・・・。」

わたしはニヤッと笑う。犬歯がむきだしになり、こいしは少しだけ瞳をうるませた。

「あなた、わたしの友達にしては、ちょっと芋っぽ過ぎるわ。」

一瞬、目の前が暗転する。気付くと、わたしはこいしの上空10メートルくらいの位置に占位していた。

見るとこいしは、わたしの下で地団太をふみながら、おおきな声で叫んでいる。

「こいしは芋っぽくなんかないもん!ちゃんとお洒落だもん!!芋っぽいって言う方が、芋っぽいんだよ、バーカっ!!!」

あらあら、ずいぶんと我慢がないことだ。これで千年もの孤独に耐えていたのか。

「そういうとこが芋っぽいつってんのよ。」

わたしはペッと、血糊をはきだす。

驚きだ。拳。見えもしなかった。反応するよりも最初に、後ろに飛びのいていたのだ。伊達にお姉さまとのケンカで鍛えられたわけじゃない。それでも、右の頬に一撃くらってしまった。少し、頭がくらくらする。視界が今頃になって歪んできた。

頭をふって立ち直る。

「それに、本当にお友達になりたいんだったら、ちゃんと相手の気持ちを考えないとね。じゃないと、相手が唯のペットになっちゃうわよ?」

「いいもん!!こいしはペットも好きだもん!」

だめだ。話にならない。

わたしは一気に急降下する。目の前にせまるわたしを見て、こいしは一瞬判断に迷う。

その隙をついて、わたしは彼女の右目を手刀でつく。指先に確かな手ごたえがあったが、残念、わずかに左手でそらされて、眉間を傷つけるに終わってしまう。

そのまま、勢いを付けて踏ん張った左足を基点に回し蹴り。それも寸前でかわされ、すぐさま頭に追撃をくらう。こいしのヒジがわたしのアゴを直撃。自分からつっこんでいったせいもあって、わたしは再び脳にダメージを食らう。

ふっとばされながら、すかさず弾幕展開。よかった。ここでも境界の魔女の弾幕ルールは有効ならしい。

わたしの放った弾幕を右に左によけながら、こいしが我武者羅にむかってくる。見ると、彼女は興奮のためか笑っている。

「未熟よね。やっぱり田舎者だわ。あなた。」

「!?」

禁忌レーヴァテイン。

突っ込んでくる相手に対して、とりうる手段はひとつ。

いなしたり、かわしたり、フェイントかけたり、くだらない。

「力の限り、なぎ払う。」

わたしの右手に、災厄の枝が宿る。少し痺れるような感覚。人間が手にしたら一瞬で炭化する、超高熱の魔の焔がたちのぼり、それが凝縮して一本の線となる。

こいしはもう笑っていない。彼女の本当の顔が見える。

無表情。

「良い表情ね。」

初めて、こいつと仲良くなれそうな気がした。

手にした火を宿す枝をふる。巨大な火線が形成される。決して避けることのできない制圧射撃。点では無く、面で制圧するのだ。

こいしの特攻が、更に高速化する。一気に下方へダイブし、その後急上昇。きりもみしながら左へと旋回し、さらに素早く右上方へと回避する。

その後を追って、わたしの愛しい魔の砲撃が追いすがる。

再大火力で、あと四秒の照射が可能だ。

あと三秒。

「ぁぁああああああっっっっ!!!!」

こいしが絶叫する。

わたしは自分が咽をならしていることに気付いた。なんだ。わたしも同じじゃないか。あの田舎者と。

距離がつまる。わたしの左、斜め上から、坂落としにするつもりらしい。わたしにとれる戦術は二つ。

ひとつ。戦力的撤退を選択し、後ろへとさがる。その場合、火線への集中はどうしても薄すれ、結果としてこいしの肉薄を許すだろう。

二つ。こちらも、前に出る。


すばらしい。なんて魅力的なんだろう。

今日は咲夜がいつにもまして腕によりを掛けてシチューを作ってくれたのだ。お姉さまは嫌いな野菜をよりわけていて、それを見ながらパチュリーと一緒に笑ったのだ。

あとで門番に持っていくと、咲夜は小悪魔にシチューの小皿を取りに行かせた。

妖精メイドの子守唄はいつもどおり調子外れで、でもわたしはお義理で拍手したのだ。

ベッドはお日様のにおいがした。わたしは一生見ることはないけど、それでも、なんだか暖かな気持ちになったのだ。

わたしの、大切な唯の日常。

そこにこいつは土足で入り込んだのだ。しかも絶対にして不可侵の、わたしの夢という聖域にまで踏み込んだ。

挙句の果てにこんな地の果てみたいなところで、真昼間の大戦争だ。

これですばらしくない訳がない。

すばらしい。その一言に尽きる。

さぁ、壊そう。



「きゅっとして・・・」

「弾幕の・・・」

ふたりの距離が縮まる。あと十メートル。照射の終わりまでコンマ零三秒。

「どかーんっ!!」

「ロールシャッハ!!」

火線が切れる。最後の一秒のまたたきが、わたしの目を焼き、一瞬ホワイトアウト。

その白い盲いた視界の中から、放射状に弾幕が飛んでくる。避けようと身をよじる。動けない。

「!」

こいしがわたしに抱きつく。

なぜ?こいつはまだここには到達しないは・・・

「!!」

「気付いた?」


自分の打ちだした弾幕を、自分で追い抜いた?


わたしの能力が炸裂。彼女の目の内、最も弱い部分。心臓の左心房がふきとばされ、胸に穴が開く。口から鮮血をほとばしらせながら、こいしはゆっくりと手を放した。その向こう側から、凶暴なハートマークが飛んできて・・・わたしの意識は途絶えた。



頭上から大量のハートマークがふってくる。赤、青、緑。赤、青、緑。

こうして見ると、人間や妖怪には、本当にたくさんの意識が存在するのだなと、妙に納得する。地の果てまで続くハートマークの大雨。その中、わたしは白い平原に寝転がり、ぼんやりと空を見上げている。

これが、死か。

「違うよ。」

横で声がする。

首筋にちくちくと刺さる、これまた真っ白な草の葉を我慢しながら、わたしはそちらを向く。そこには、薄い血の跡をくちびるに残した、あの忌まわしい無意識妖怪が、けだるげに微笑みながら横たわっていた。

「これは、「その時」だよ。こいしが一番好きな時間。ほとんどの生命体が、なんらかの意識を持っている。それは、ミトコンドリアのようなもの。ないものは、ない。だから、それらの多くが解放される時間、多くの生命体が眠りにつく時間を、こいしは「その時」と呼んでいるの。」

そこまで一気にしゃべると、彼女はふたたび気だるそうに口をつぐむ。

静寂。

自分の呼吸音しか聞こえない。

でも、これも作られたものなのだ。自分の意識がそう望むようにつくりあげた、呼吸しているという意識。

自分の拍動ですら、唯の無意識的な意識の欲望でしかないかもしれない、そんな空間。なにが彼女を、そんな地獄とも呼べる空間に追い込んだのか。わたしは知りたいとも思わない。

「どうして、わたしだったの?他にも、友だちになってくれそうな妖怪、いるじゃない。霊夢とかどう?誰にでも、けっこう優しいわよ。お賽銭いれてくれる奴にはとくにね。地霊殿ってお金もちじゃないの。」

「・・・お金じゃ、友だちは買えないって、お姉ちゃんが言ったの・・・。」

そういうとこだけ信じるな。どんだけ純粋馬鹿なんだ、あんたは。

「だから、自分の本当に好きなものをあげなさいって言われたの。でも、こいしは何ももってない。意識だってない。感情だって、ない。」

わたしは黙り込む。そうだ。わたしたちは何も持ってない。それは、本当にただの事実だ。役目も、地位も、仕事も、お金も、友人も、持ってない。

数百年単位で時間を浪費し、もう、外の世界のことなんて、とうの昔に忘れてしまって、ひたすらに自分の世界に引きこもっていたわたし。

無意識の世界で自分の意識をすりつぶし、感情すら蕩尽して、自我と超自我のはざまで遊び呆けた馬鹿なこいし。

わたしたちは、すごく似ている。こんなにも。

「それで、こいしは「この時間」をあげることにしたの。この、ありとあらゆる無意識と意識が、降り積もり、堆積して、つくりあげられる、宇宙生成の時間。そんなところに、連れてきてあげようって・・・。」

でも、もういいんだ。そう言うと、こいしは立ち上がり、片手で落ちていた帽子をつかむと、それを払いながら被りなおす。その様は、真っ白でなにもない背景となにかマッチしていて、わたしは・・・。

「前言撤回。」

「?」

「あなた、芋っぽくなんか、ないわ。その帽子も、洒落てるじゃない。」

「・・・ふふ。ありがと。」

こいしは恋する乙女のように笑う。



わたしたちは歩いている。普段はこんな明るい中、日傘もなしであるくなんてこと、ありえない。でも、ここは無意識の世界だから、わたしは太陽に気をつかう必要もなく、こいしも自分の存在の希薄さに悩む必要はない。

しばらく歩くと、地平線のさきにポツリと黒い点が見え始めた。

「あれが「出口」だよ。本当は「下」にハートと一緒に落ちてかないといけないんだけど、今回は特別、出血大サービス。ほとんどの手順を無視して、超特急、直行便で、意識の世界にごあんなーい♪」

「あ、今気付いたわ。」

「?」

「あなた、外の世界の商売人・・・そう・・・なんて云ったかしら・・・たしか、チンドンヤ?呼子?とか言うのに、すごく話し方にてる。」

「・・・。」

「・・・。」

わたしたちは、それから「出口」につくまで一言も口をきかなかった。



出口はひどく簡素だった。

これなら、紅魔館の使用人部屋のほうが立派な扉をしているというものだ。

銀色の取っ手に、半円の上部。そこには赤、青、緑のガラスがはめられ、薄くハートマークが彫刻されている。横になめらかな肢と一体化した、細い手すりをもつ椅子。だれが座るのだろう?

「こんこん♪こいしー♪こん♪こいしー↑♪」

「じゃ、ふつうに開けるわね。」

「あぁん!せっかくのセレモニーがー!!」

ふざけた歌を唄いながら扉で節をとるこいしを押しのけ、わたしは銀の取っ手に手をかける。案外重く、すこし手間取ったが、わたしの低い身長でもなんとか開く。

「暗いわね。」

目の前に、細長く狭い通路が現れる。これは、そうウラヌスの表象のようだけど、どうなんだろう。

「ここからこいしは、さようなら。ふらんちゃんは自分のベッドで起きるって寸法。」

「ひとつ聞きたいんだけど。」

「なに?」

「わたし、この夢のこと、起きた後も覚えてる?」

「さぁー?」

こいしはくるくると回りながら、後ろへと下がる。きれいなトゥを決め、ときおりジュテを混ぜながら、くるくる、くるくると回っている。

これも無意識のなせる技だろう。

「覚えてるっていったら、嘘になる。たぶん、ふらんちゃんは夢を起きた後も覚えてる子かな?」

「ええ、そうよ。」

「なら、なおさらだね。自意識の独善性なんて、今さら言うまでもないよね?自分にとって都合の悪い事実を消し、綺麗な事実だけを残す。なら、夢もその影響下にある。」

「・・・うん。」

「なら、こいしはどうかな?」

こいしが、長い長いジュテから帰還する。地面におりたち、アン・ドゥオール。膝を開いて、顔を伏せる。これで表情は見えない。

「起きた後も、覚えていてくれるかな?」

「・・・どうしてほしい?」

両かかとを降ろし、こいしはパッと顔をあげる。

「分からないっ!」

その顔はにこにこと笑っていた。



「起きなさい。フラン。」

お姉さまの声がする。

わたしは目をあける。するといつも通りの天井が浮かび上がった。そこに浮かぶ二つの紅い眼。

「お、姉さま?」

「早く食堂に来なさい。じゃないと、ひどいわよ。」

わたしはベッドの上で上半身をおこす。周囲の壁には、カーテンに閉め切られていても射し込む強い西日が、独特な模様を刻んで、縦に並んでいる。

「咲夜は?」

少し汗ばんだパジャマの胸元をはたいて風をおこしながらそう聞く。

部屋から出て行こうとしていたお姉さまの肩がピクリと動き、そのまま落ちる。

「咲夜は・・・台所で野菜スープを作ってるわ。昨日、わたしが野菜を残したことに御立腹でね。一週間、メニューは野菜オンリーよ。覚悟なさい。フラン。」

「いいよ。あたし野菜好きだし。」

「覚悟なさい。」

「知らないよ。自分だけしてれば?」

「なさい。」

「うるさいなぁ。」

「もうっ、無理よっ!無理無理無理ぜったい無理―!!」

いいながら、お姉さまは床を踏み鳴らす。これがこの館の主の本当の姿だというのだから、笑わせる。

足をベッドから降ろし、咲夜特製、妹さまの足元をお守りしますスリッパをつっかける。ようはちょっと刺繍がしてあるスリッパなのだが。

「あ、そうだ、お姉さま。あたし、今日・・・というか、明日の朝出かけるから。」

「!」

お姉さまがわなわなと震えながらこちらを向く。

「あなた・・・気は確か?」

「?いたってふつうだけど?」

「じゃ、なんで・・・え?なんで?五百年単位でヒキコモリ&世間知らず&情緒不安定な万年ダメっ娘内気少女のフランドール・スカーレットが外出?え?」

「殺すわよ。」

「ちょっ、おまwww」

混乱しすぎておかしな言葉遣いになっているお姉さまを残して、わたしは寝巻から普段着ている深紅の外出着に着替える。肌にはりつく冷たい肌着の感触が、ここが現実だと教えてくれる。

廊下に出た。連なる燭台の明りが、足もとを頼りなく照らす。もちろんこんなもの無くたって、吸血鬼であるわたし達には、薄暗い廊下も、まるで日の光のもとで見るように明るく見える。

ううん。それだけじゃない。きっとわたしの目の中に、光と同じ輝きが灯っているのだ。

(なぜなら、友だちに会いに行かなきゃいけないから。)

廊下を走り、階段を駆け降りる。

(向こうは覚えてるかな?覚えてなかったら、なんの話をしよう。)

後ろからお姉さまが飛んできて、追い越した。廊下は飛んじゃいけないのに。

(そうだ。世界で一番、他人にすると退屈させてしまう話をしよう。)

食堂の扉を開ける。そこにはいつもの面々、昨夜、パチュリー、そして皿の上に乗った野菜のてんこ盛りを見て固まっているお姉さまがいた。


昨日見た夢の話をしよう。




                              (了)


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