2話 マッド・サイエンティスト
喧騒で目を醒ますと今いる場所が自分の部屋じゃ無いことに気付く。
飛び起きて周囲を見回すと、ドーム状の形状をした巨大な部屋の中だった。
「あれ? 此処は? 確か……部屋で寝ていた筈なんだけど」
全てが純白に覆われた部屋には俺以外にも多くの人がいた。
呆然と立ち尽くしている者や周囲の者と現状を確認し合う者、奇声や怒声を上げている者もいる。
誰もが戸惑い、混乱している様子。
「一体どうなっているんだ!?」
意味も解らずその場に立ち尽くしていると、天井付近から黒い羽を生やした人影が降下してくる。
よく見ると頭から羊の様な角を生やし、黒で統一されたゴシックファッションに身を包んだ幼女が、地上十m位の高さでパタパタと黒い羽を動かしながら浮いていた。
その愛くるしい顔は何処かで見覚えがあり、すぐに聞き覚えのある声が周囲に響き渡る。
その声は夢の中に現れた天使を名乗る幼女の声と同じであった。
「よく来たな。異世界へようこそ! お前たちは運がいいぞ。何故なら蘇るチャンスを与えられたんだからな。混乱している者もいるだろう。なら思い出してみるがいい、自分達が死んだ瞬間を!!」
アイツって夢に出てきた天使だよな?
でも顔はそっくりだが…… 口調や威圧感が夢の中とは全然違う。
しかも死んだ時の事を思い出せと言われても俺は死んでいないだろ?
周囲に視線を向けると、蒼白な顔をしている人が大勢いる事に気づく。
「ふふふ。絶望に満ちたいい顔をしておるな。思い出したか? けれど安心していいぞ。さっきも言った通り、お前たちには蘇るチャンスが与えられた。この世界に飛ばされた者たちは全員、死んだ事を後悔している者だ。お前たちが蘇る方法は唯一つ。この大魔王である我を倒す事。LVを上げ仲間を作り我に挑んで来るがいい。見事我を倒す事が出来れば生き残った者達全員が元の世界に蘇ると約束してやろう。但し途中で死亡すればゲームオーバーになるぞ」
俺はまだ夢の中にいるのか?
そう考えた方が自然で納得が出来る状況だった。
けれど周囲を見渡せば、顔も見た事がない人が数千人規模で溢れかえり、彼等も俺と同様に困惑している。
中には大声で何かを叫んでいる人もいるが、多方向から声が飛び交っていて聴き取り辛い。
普通の夢なら登場人物は自分の知っている者が出てくると聞いた事があるが、周りに知っている者は一人としていない。
「ふざけるんじゃねーよ。さっきからどうなっているんだ!! ゴチャゴチャ言いやがって、俺がここにいるのはお前の仕業か!? 俺が死んだだと? 馬鹿を言うな! さっさと元の場所に帰せや」
俺の近くで30歳前後の厳つい男性が、空に浮かぶ自称魔王に大声で暴言を吐いていた。
野太い声はよく通り幼女の元にも届いているだろう。
男性の顔には刃物で切られた跡があり、服装から推測するに仁義を重んじる職業の人かもしれない。
「ふん!! これだけ説明してやっても理解できぬか? 愚か者めが!! お前は喧嘩中に刃物で刺されて死んだ。覚えているだろう? 特別に蘇るチャンスとして神に選ばれたと言うのに自らチャンスを捨てると言うのだな」
「ふざけるな!! お前を殺せば元に戻るって言うのなら今からぶち殺してやるよ。さっさと降りてこいや」
かなりの剣幕だが、彼の気持ちも解らない事もない。
突然死亡宣告された上に、いきなり知らない場所に連れて来られたら怒る人も当然いるだろう。
その証拠に男性に合わせて多くの場所から怒号が飛び出し始めている。
次第に勢いは増し、小さな暴動の様に拡散していく。
「これ以上馬鹿者に付き合う気は無い。早々に退場するが良い」
幼女な魔王はそう告げるとゆっくりと右手を頭上に掲げた。
すると魔王の手の平から連続で何十発もの火の玉が発射され、怒号を飛ばす者達に向かって飛んでいく。
火の玉は怒号を発していた者達に着弾すると足元からその身を焼き尽くしていく。
「うわぁぁぁぁー 身体が燃えていくっ! 助けて、助けてくれぇぇ」
炎に包まれた者達の身体は足元から順に崩れ始めその存在を消滅させて行った。
見ていた者達はしばらく絶句した後、堰を切ったよう騒ぎ出し遠くに逃げようと走り出す。
映画で良くあるパニックシーンと全く同じで、周囲は阿鼻叫喚に包まれる。
「嘘だろ…… あいつ天使じゃなかったのかよ? 消えた奴等ってどうなったんだ」
夢にしては何もかもがリアル過ぎる。
「もし本当に現実だとしたら…… 神が俺の願いを叶えてくれたとしたら?」
混沌と化すドームの中で、逃げ惑う者達を見つめながら、俺は意識の底で別の感情が湧き上がってきていた。
「マジかよ…… 全部夢じゃなかったのかよ!? あはは。クッソおもしれぇー! 本当にゲームの世界に行けるのなら、最高じゃねーか!! ゲーオタの俺に取ってこんな面白い事はない。もし夢だったとしても絶対に最後まで見届けてやる」
身体中の血が騒ぎ出し体温が上がった気がする。
画面越しでしか体験出来なかったゲームの世界をリアルに体験出来るとなれば、興奮しない方が嘘だ。
今日まで過ごしてきたクソッタレの毎日よりも、こっちの方が何倍もマシだと大きな声で笑いだした。
「クリアしたければ最初に自分に合ったキャラを作り上げるが良い。ただし設定できる時間は限られているぞ。もしも制限時間内に決めなければ、我が特別に選んでやろう。その時は文句は受け付けぬぞ」
魔王がそう告げた後、俺の目の前に見覚えの在る設定画面が浮かび上がってきた。
現れたのは【ラストファンタジークロニクル】の設定画面。
ゲームの世界にいると言う事実が俺の体中に興奮を走らせた。
「間違いない。俺はラストファンタジークロニクルの世界にいる……」
このまま興奮に身を任せていたい所だが制限時間が在るとの事なので、ゆっくりとしていられない早速俺はキャラクター設定へと意識を戻した。
「設定画面の右上角に表示されている30:00ってのが制限時間か? 30分しかないなら急いだ方がいいな」
30:00と表示された数字は減りはじめていく。
悠長に考えていたら時間が足りない者が続出しそうだ。
「先ずは種族の設定からだな……なるほど名前と性別は決めれないのか? そうだな……ヒューマンを選択してだなっと」
最初に決める種族の数も、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人……など種類は多い。
種族によって後で選べる職業に違いがあった。
ヒューマンは平均的な能力を持ち、選べる職業ももっとも多い種族である。
俺はヒューマンを選び表示されている職業欄に目を移す。
戦士、剣士、武道家、魔法使い、僧侶、盗賊……
RPGゲームでよく目にする職業が並んでいる。
【ラストファンタジークロニクル】は多くの職業がある事で有名だ。
それぞれの職業に専用スキルが用意されている為、使うキャラによって様々な楽しみ方ができる。
更に職業名の横にはその職業の詳しい説明が表示されていた。
それを見れば初めての人でもある程度の情報は得られる。
俺は各職業に軽く目を通しながら画面をスライドさせて行く。
料理人、薬剤師、建築家、漁師、商人、音楽家……
今作で追加された職業だろうか? 見た事が無い職業がチラホラ見受けられる。
更に進めていくと、俺の目が釘付けとなってしまう。
「マッド・サイエンティスト!?」
いかにも厨二心をくすぐる職業である。
興味を惹かれ情報を見てみる。
【狂気の科学者:錬金術を駆使し最強の生物を作り出す研究をしている】
成長速度
体力値(小)
魔力値(大)
力 値(小)
知力値(大)
速度値(中)
耐久値(小)
「錬金術とか最高じゃねーか。ステータスの伸びは知力に偏っているな…… ソロの俺にとって体力と耐久が(小)って言うのがかなり痛いけど……」
【ラストファンタジークロニクル】は一応どの職業でもそれなりに楽しめる造りとなっていた。ならば運に身を任せ、興味を持った職業で楽しむのも良いかもしれない。
「安定で言うなら戦闘が可能な職を選ぶのが良いと思うんだけど、あぁ駄目だ誘惑に勝てない。どんな職業だって要は使い方だろ?」
決定ボタンが表示されており、職業を決定させると目の前に表示されていた設定画面が一瞬で消え去る。
俺が職業を設定し、周りを見てみると三つのグループに分かれていた。
一つ目は既に設定を済ませている者達。
二つ目は設定している最中だが、今だ職業を設定せずに迷っている者達。
最後は職業を設定せずに逃げ惑い放置している者達だ。
折角、自分で職業を選ぶチャンスを放棄している人達の考えが解らない。
「大勢の人が後で後悔するんじゃねーのか?」
俺がこの職を選んだ理由の一つには、前作をかなりやり込んでいた為、どの職業を使用したとしてもそれなりに使いこなせる自信が在ったからだ。
けれど彼等は違う。初めてプレイする者も多くいるだろう。
そんな人達は簡単に強くなれる戦闘系職業の方がいい。
放置している者は強制的に種族と職業が選ばれるといっていた。
もし女性がドワーフなんて選ばれたら目も当てられない。
残り時間に目を移すと残り3分まで減っていた。
その後、すぐに時間は0:00となり、設定画面は俺達の前から消えてしまう。
空中でジッと時間が経過するのを待っていた魔王がニヤリと笑みを浮かべると、腕を振り上げゲーム開始を宣言する。
「さぁ時間は過ぎた。ならば今から私とお前達で互いの運命を掛けたゲームを開始する。命を掛けて挑んで来るが良い!!」