15話 あり得ない遭遇
「おいっ!! 大丈夫なのか? しっかりしろ」
「うぅぅ……」
倒れていた男は鎧を装備した大男だった。
息も荒く意識は朦朧としている。
この世界には睡眠や気絶などの状態異常が存在する。
リアルに忠実だと言えば聞こえはいいが、一晩で攻略出来ないクエストが発生したらどうすりゃいいのって感じだ。
状態異常の睡眠に対しては眠ってしまう迄に数十秒の余裕時間が設定されているので、ちゃんと予防アイテムを常備していればそれほど怖い状態異常ではない。
しかし気絶は自分の行動を即座に阻害されてしまうので最も気を付けないと行けない状態異常の一つだ。
回復するまでの時間はその時々で違うが、気絶や睡眠中はモンスターにタコ殴りされてそのまま死亡する場合だってある。
「こんな森の奥で気絶したら死んじまうぞ!! 早く薬を飲め!」
気付け薬を取り出し、男に手渡した。
この世界には二通りのアイテム交換方法が存在する。
一つは普通にアイテムを相手に手渡す方法とアイテム欄を開きトレードにてアイテムを交換する方法だ。
トレードは両方のプレイヤーが完了のボタンを押してはじめてトレードが成立するので、アイテムを取られる心配は無い。
直接渡す方法は普通にアイテム欄から取り出し手渡す。
相手が拒否すればアイテムは地面に落ちてしまい、第三者に拾われたりもする。
PTメンバーでは無いプレイヤーに対して無理やりアイテムを使用する事が出来ない仕様で、もしこのプレイヤーが渡した気付け薬を飲まなければ俺にはもうどうする事も出来ない。
これがPTメンバーだったならアイテムを仲間に使用する事もできる。
「早く飲め!!」
俺の檄が届き、男は気付け薬を口にする。
「ほら次はポーションだ。体力も減っているんだろ?」
「俺は…… 助かったのか? すぐに逃げないとやばい。俺を連れて早く逃げてくれ」
「モンスターに追われていたのか? 近くにいる気配はないが?」
「いたんだよ。あの子供の魔王が!! 仲間が全員殺された。俺は必死の思いで逃げてきたんだ。早く! 頼む!!」
ラスボスの魔王がこんな序盤の森にいる訳が無い。
けれど男の恐怖に満ちた表情を見ていると嘘を言っているようには見えなかった。
「今のままじゃモンスターに襲われちまう。どっちにしろ一度避難しよう。スラ男、いつものやつ頼むぞ」
俺は男を大木の根元まで運ぶと背持たせる様に寝かせた。
そして俺とアナマリア、ゴブ太も大木の根本に集まるとスラ男は俺達を覆い隠す様に木に擬態し姿を隠してくれた。
しばらく待機していると、森の奥から本当に魔王が現れる。
俺達が隠れている場所は魔王から30m位離れた大木の陰。
スラ男が外の景色を見れるように小さな穴を幾つか空けているので、その穴から確認する事が出来た。
「マジ魔王かよ。どうしてこんな場所にいるんだ? 初期プレイヤーが逆立ちしたって勝てるわけねーだろ」
「確かに、魔王なのです。だけど魔王は魔王城から出れない筈なのです。おかしいのです」
「じゃぁ、おかしい何かが起こっているんだろ? 実際に目の前に魔王がいるのが証拠だ」
「全くもぅ。ノエル達は何をやっているのですか!!」
「もう良いから黙ってくれ、気づかれたら終わりだぞ」
汗が頬を伝い流れていく。
魔王は俺達が隠れている場所にどんどんと近づいていた。
「おかしいのぉ…… 一匹逃したと思ったが? 遊びすぎるのが我の悪い癖じゃ」
魔王は空中を飛び大木を避けながら進む。
「ん? 近くにおるのか? 微かに人間の匂いがするのぉ…… どこじゃ?」
魔王はキョロキョロと周囲を見渡し始めた。
「森は視界が悪くて、嫌いじゃ。探すのはもぅ飽きたわ。この際、全部まとめて終わらせてやろう」
魔王は両手を胸の前で合わせると、聞き取れないが呪文の様なものを唱え始める。
俺は瞬間的に窮地に陥っている事を悟った。
「ゴブ太、俺達をスキルで守れ! スラ男も変形を解いて、ゴブ太の背後に回るんだ!! アナマリアは魔法を防ぐ魔法があればすぐに発動させろ!!」
「ギィーー!!!」
スラ男はとゴブ太は俺の指示に従い動き出す。
「了解したのです。範囲防御魔法【天使の羽衣】いくのです」
アナマリアも防御魔法を発動させた。
それと同時に魔王が魔法を発動させる。
「全て塵と化せ。範囲殲滅魔法【黒炎】」
その瞬間、魔王の頭上から巨大な黒い炎の塊が降ってくる。
黒炎は地面と接触した瞬間、大きな爆発を起こし周囲を焼き尽くした。
衝撃は一瞬で俺達の元まで届く。
けれどその攻撃を両手を広げスキル【庇う】を使ってゴブ太が身体を挺して受け止めた。
「うわぁぁぁーー」
俺達は黒炎が放つ爆発に飲み込まれていく。
★ ★ ★ ★
爆発が収まり、静けさが森に戻った頃魔王は周囲を見渡しため息を吐いた。
「はやりオブジェクトは破壊できんか…… プログラムを越える力はまだ遠いという事じゃな。そうじゃ人間の匂いは…… うむ周囲のモンスターも殺してしまったから匂いが混ざってわからない様になってしまったか。はぁ、もういい。あの魔法で生きている人間がこんな初期の森にいるとも思えんしな。それに我が殺したい者は人間ではないからのぅ」
そう言うと魔王は空高く飛び立ち、視界から消えていく。
「助かったーーーーーー!! マジ死ぬかと思ったわ!!」
「ゴブ太くんが居なかったら死んでいたのです」
「ギッ…… ギィ……」
「ちょっとまて、アナマリアすぐにゴブ太に回復魔法をかけろ!! 体力が殆ど残っていないぞ。ゴブ太が死にかけてる!」
両手を広げたまま俺達を守ってくれたゴブ太のHPは残り5であった。
すぐにゴブ太を回復させた俺は森から出る事を提案する。
「取り敢えず、一度街へ戻った方がいいだろう」
「私も魔王がなぜこんな森にいるのか? とても気になるのです」
俺達の様子を黙って見ていた男は驚きの声をあげる。
「君たちは一体何者なんだ? モンスターを引き連れている所を見るとテイマーか召喚士なのか?」
「まぁ、そんな感じだ。あんたも命が助かって良かったな。そうだ悪いが魔王の事は秘密にしといてくないか? もしプレイヤーにその事が知られたらパニックが起きるかもしれないしな。その代り街へ戻るからそれまでは俺達が守ってやるから」
「魔王の事を秘密に…… まぁ、事が大きくなれば自然と知れ渡る事になるか? 彼の言う通り無理に恐怖を煽る必要も…… 了解した。俺は西田直人。職業は戦士をしている。この借りは必ず返すと約束しよう」
その後、俺達は街まで男を送り届けると宿屋へと戻っていった。
★ ★ ★ ★
「なぁ、アナマリア。あの魔王ってどう思う?」
「どう思うってどういう事です? ハッキリ言えば殺されかけたのでムカつく奴なのです」
「お前言っていたよな? 魔王城から出れない筈だって」
「そうなのです。そういう風に作られているはずなのです。本当におかしいのです」
「アイツ誰かを殺したい的な事を言っていたよな? そいつを探しているって事なのか?」
「解らないのです。ですが今度会ったら私がギタギタのボコボコに叩きのめしてやるのです」
アナマリアはシャドーボクシングのマネごとをしているが、全く強そうに見えない。
「でもこのまま放置したら、ゲームバランスが崩れてしまうぞ。これは何とかしたいよな」
俺にとってゲームを楽しむって事が一番大事な事で、序盤に魔王が現れプレイヤーを狩るなどゲームバランスの崩壊以外何者でもない。
この事が公になれば、プレイヤー達は再び街に引きこもってしまう。
「それだけは、阻止しないとな…… でもどうやればいいんだ!? 相手は魔王だぞ!!」
無理ゲー過ぎると俺は大きく項垂れた。