パイク兵――長柄槍ドクトリンの基礎研究
〇ざっくりとした定義
まず長柄槍ドクトリンですが――
・特別に長い槍を使う(地域差もあるが、おおよそ6メートル超)
・縦横に密集――横50センチに一人、縦に3列ほどに隊列を組む
と、この二つが肝要に思われます。
史実ではアレクサンドロス大王率いたマケドニアのファランクス、15世紀以降のスイス人傭兵、日本では戦国時代の足軽などが長柄槍ドクトリンといえるでしょう。
まず――
なにはともあれ最強の一角
と断言できます。
ただ、この特別に長い槍を扱えるようになるのに――
『実は素人が考える以上の訓練や恵まれた身体が必要』
『特別な槍を支給する必要がある』
だったり――
『鎧のあるなしに関わらず、隊列維持が必須なせいで移動は速くできない』
でもあり――
『当然に密集体系が崩されると脆い』
『側面・背面に弱点を持つ』
『足場の良い開けた戦場に限定される』
『そもそも野戦に限定され、攻城戦では出番がない』
と問題点も山盛りの――
極度に特化した戦術
でもあったようです。
また史実でも共和制ローマ軍が、マケドニアのファランクスを制してます。
この当時、ローマ側は散開戦術だったそうです。
つまり、機動力で密集体系さえ崩せば攻略できるわけで、ようするに――
アンチ戦術も当然ある
といえます。
なにが言いたいかというと――
最強の一角であるのは間違いないが、一強の時代でもなかった
ということです。
〇なぜ長柄槍ドクトリンが強いのか?
これは至極単純明快で、戦術の基礎にして奥義に則っているからでしょう。
戦術のコツは――
囲んで棒で叩く
に尽きます!
少なくとも一対一に。できれば味方多数対相手一人に持ち込むのが鉄板です。
かの魔術師ヤンも各個撃破が得意でした。
それは言い換えると――
敵を一人一人順番に、自分たち全員でボコる
です。
例え10対100な圧倒的に不利な戦力差だろうと、10対5に分けて20連勝すれば良いのですから!
まあ、それが一番大変なわけだけど……理論的には大正義でしょう。
幕末の新選組などは、自分達が少数だったら狭い路地裏などへ逃げて、そこで戦うよう指示したといいます。
仮に自分1人対10人だろうと、狭い通路なら1対1を強要できるからです。
(とにかく走って逃げて、追いついてくる時間差を利用して1対1を作れとも。どちらも後世の創作説あり)
そして長柄槍ドクトリンの場合ですが、この狭い路地裏――幅1メートル程度の通路を使ってイメージしてみましょう。
……なんと6人が槍を構えているに等しい戦力です。
つまり――
局所的に1対6の圧倒的戦力差!
長柄槍ドクトリンに正面から挑むというのは、つまりはこれに匹敵!
当然、勝てる訳ありません。
たまに漫画などで長柄槍の穂先を斬り払って剣士が突撃とかありますが――
血の滲むような修練の果てに、突き出された穂先を斬り落とせようと……次の瞬間、残った5つの槍で殺されます。
(事実、アンチ長柄槍ドクトリンであるバスタードソード――長柄槍を直接狙って壊す武器――は、いまいちな戦果だったとか)
また、この長柄槍ドクトリンには、飛び道具しか通じません。
ゲーム的にいうと――
近接武器無効
でしょうか?(苦笑)
なぜなら、届かないから!
6メートルといいますと、車道二車線分が6メートル強で目安になるでしょうか?
そこまで離れた相手に攻撃できる近接武器なんてありませんし、迂闊に近寄ったら槍衾にされます。
……まあ、同じく長柄槍なら届くわけで、世界各地で同系戦はあった模様(苦笑)
〇よくある誤解。または扱いが難しい論拠
この長柄槍ですが、西洋ではパイクなどと呼ばれ――
「中世期最強はパイクだから!」
と誤解している人が散見できます。
長柄槍ドクトリンは最強兵科の一角なだけで、武術としては――個人兵装としては問題外もよいところだったりします。
まず長柄槍のお尻――石突き側から1メートルの部分を左手で。右手は、やはり石突き側から50センチの部分で保持しているとします。
穂先の重さは計算しやすく1kgとしましょう(やや重いが、あり得なくもない数字)
また、計算が複雑となるので槍自身の重さは無視します。
この時、穂先を左右へ動かすのに――誰かへ狙い定めるのに、どれだけの力が必要となるでしょうか?
支点となる左手から穂先までは5メートル。
同じく支点から力点となる右手までは50センチですので……
約10倍! 穂先は10キロの重さに感じます!
つまりは――
真っ直ぐ伸ばした右手首に10キロの重さをぶら提げて、その状態で相手を捕まえにいくのにも等しい
です!
少し相手が本気になるだけで、簡単に逃げられてしまうことでしょう。
より軽くするために真ん中あたりを持ったとしても、先端の重さは6kg相当! まだ通常の槍より重い!
(また、その場合は石突き側の重さも無視できないものに)
これで個人戦闘は、ちょっと考えものに思えます。
なので冒険者に長柄槍を持たせるのは、すぐに止めましょう。長柄槍は集団で扱って、はじめて真価のでる兵器だからです。
ちなみに『長柄槍で叩くのだ』みたいな話を聞きますが――
無理ではないだろうけど、誰にでもできることじゃなさそうだし、連発も不可能にしか思えません。
なぜなら10kg相当の物を、6メートルの高さまで持ち上げるのと同等の力が必要だからです。
実施できたところで、最初の一撃だけじゃないかなぁ?
ただ、威力は申し分なさそうです。おそらく三桁kgの衝撃?
……かなり重いような印象を与えてしまいました。
しかし、激しく前後させるだけなら、ちょっと計算が難しいのですが……2~3kg程度の過重でしょうか?
……構えるだけで10kgというのは変化しませんけど。
これは扱いが難しいという論拠でもあります。
仮に農民などの徴用兵に持たせたところで、すぐには使えません!
なぜなら素人が考える数倍は重いから!(昨日までの作者も含む)
〇長柄槍ドクトリンが、弓や火縄銃で止まらない理由
ここで100メートル先の弓部隊に突撃する場合を考えてみましょう。
100人程度の長柄槍部隊を想定すると、横に33人の3列となります。
移動速度は遅いと考えて、到着まで30秒とします。
弓部隊側は一人当たり横に1メートルのスペース。
相手の倍に広がることになりますが、同じく横に33人で一列としましょう。
弓の発射レートは15秒に1射、火縄銃は1分で1射と考えます。
そして長柄槍側と同じく、3列だった場合を考えると――
弓部隊で長柄槍部隊1人につき、2射しかできません!
火縄銃だった場合、1人につき0.5射! 2人に1人は撃たれてすらいません!
ここで有効率10%という高い数字だったとしても、弓で2割減らすのが精いっぱい!
火縄銃では、たったの5%!
(有効率10%だと10回撃ったら相手が1人戦闘不能となるわけで、実のところ異常レベルに高い。なんといっても相手の人数×10回撃てば全滅するペース。以前に行った野戦での損耗率の考察から)
もちろん、接敵された弓兵や火縄銃兵は蹂躙されるので、2割どころの損害では済まないでしょう。
(ので、護衛を付ける場合も多かった)
そして2割ほど――野戦で士気崩壊が確実なライン――を狙うとすると……
なんと弓なら倍で6列!
火縄銃に至っては4倍の12列!
たった100人の長柄槍部隊を相打ち気味で止めるのに、倍から4倍の人数が!
しかも、それは最低ライン!
……嗚呼、こりゃ止まらんわけです。
ただ、これが長柄槍独特の利点かというと……実のところそうでもないという(苦笑)
どの兵科でも度胸を決めて突撃すれば、弓兵や火縄銃部隊を蹴散らせた
というのが隠された真実だったりもします。突撃に限っていえば騎兵の方が得意分野ですし。
逆説的に――
止めよう! 簡単に突撃できるところへ弓兵布陣!(苦笑)
〇密集しているのは決して長所と呼べない
史実でローマは長柄兵ドクトリンを打ち破ってますが……おそらく特有の欠点をついたからだと思われます。
ここで100人のマケドニアのファランクス部隊と、同じく100人のローマ兵の戦いを想像してみましょう。
ローマが散開戦術ということは、逆に考えるとファランクス部隊に各個撃破された訳です。
……おそらくは不幸にして正面に位置してしまった10人前後のローマ兵などが。
ただでさえ圧倒的な戦力差を作り出す戦術なのに、10対100では一たまりもなかったでしょう。瞬殺に近いと思われます。
しかし、その間に残ったローマ兵90人は?
ここで視点を変えるとローマ側は――
たった10人で相手側100人を引き付けた
とも言えます! 相手に超接近戦を挑むチャンスでしょう!
ファランクス部隊にしてみれば、ただでさえファランクス側は側面や背面を取られると弱いのに、取りつかれてしまったら最悪です。
その上、個人兵装として長柄槍は役に立ちませんし!
このようにアンチ戦術はあったと思われます。なぜなら、実際にローマが勝っているんですから。
また、技術が進歩すると簡単な対処法も産まれます。
最初に路地裏を例えに使いましたが、あの状況で現代なら……
サブマシンガンか何かで斉射すれば一網打尽
です。
殺傷力の高い範囲兵器の誕生とともに、密集戦術そのものが陳腐化しました。
似たような結果を、何かで生み出せば?
ようするに長柄兵ドクトリンは強いけれど、過信は禁物。
考えなしに前進制圧させたら、散開戦術の餌食に。
ましてや突っ込み過ぎた日には、騎兵などの高機動力兵科に裏を取られることも。
そして範囲攻撃が実用化されたら、すっぱりと使用を諦めないといけない。
(つまり、ファイヤーボールなどが飛び交うファンタジーな戦場だと、場合によっては成立しない。敢えて密集して、範囲魔法はバリア的魔法で防ぐ……の路線なら残る)
正しい用兵法としては――
・防衛ラインとして守りに使う
突出した場合に、背面や側面が隙になります。
しかし、防衛ラインであれば前進の必要もなく、移動速度の低さも露呈しません。
・他の兵科で手厚くフォローしつつ、最終突撃に使う
突破力は屈指なんだから、素直に攻め手として。
この際、左右は他の兵科で守りつつ、ゲインした陣地にどんどん弓兵などを送り込んで援護射撃する。
ようするに決戦兵科。事実、重装騎兵の誕生まではそうだった地域もあり。
つまり、ここぞという時まで温存がベター。
……うん?
これってアレキサンダーさんと同じ結論!?
あと、後年になって――
・相手の長柄槍部隊にぶつける
同じ駒が相殺されるのなら、戦術的には悪手でもありません。
万が一にでも暴れられると戦局が流動するから、凡策だけど悪くない……はず。
が追加されたそうです。
〇戦術のループ
というわけで散開戦術が勝つのだ!
……本当に?
15世紀にスイス人傭兵は大敗北を喫し、戦術論の見直しを迫られたといいます。
そこで引っ張り出してきたのがパイクによる長柄槍ドクトリン。
これが大正解だったので、時代は中間的な集団戦術が主体だったと推察できます。
つまり、長柄槍ドクトリンが強かったというより、時代のメタにハマっていたのでしょう。
なにを言っているかと申しますと――
太古の乱戦時代(個人の武勇で解決。つまりは散開戦術)
↓
↓
スパルタなどの集団戦術(やっぱ団結だよね!)
↓
マケドニアなどのファランクス(集団戦術の極み)
↓
よろしい、ならば対抗して散開戦術だ
↓
あれれ? バラバラに戦うより組んだ方が強くね? お前らチーム組め!
↓
これぞ究極チーム! 長柄兵ドクトリン!(何度目かの集団戦術の極み)
↓
ざーんねんでした! 当方に散開戦術の用意あり!
↓
だからバラバラに戦うと各個撃破の的なんだってばYo!
↓
あ? みんなで集まっちゃうんですか? よし、長柄兵ドクトリンだ!
……と、ぐるぐる回っていた可能性があります。
歴史を俯瞰できる現代人の視点だと、どれが優れているかではなく――
その時代で主流の戦術は何か?
に注意を払うのが正しい気も。
もしくは三通り全て可能な軍隊を作り、相手に合わせて弱点を突く?
ただ、どうしても弓や火縄銃は集団戦術で運用するほかなく、全体的に集団戦術よりの傾向はあります。
その分だけ長柄槍ドクトリンには、動かし難い優位性も?
〇同系での我慢比べに?
これにも現代人としてのアイデアを!
長柄槍部隊同士でぶつかり合うと、命懸けの我慢比べとなるそうです。
お互いに槍で突き合ったり、叩き合ったりが……どちらかの士気が持たなくなるまで続くとか。
しかし、それは消耗が激しくなりますし、まだ決戦兵科としての役割も残されています。
できることなら早めの切り上げを。それも勝って終わらせておきたいところ。
なので――
ミドルスナイパーを配置したら良いんじゃないでしょうか?
自軍の長柄槍部隊の直後に布陣するとして……目標となる相手側長柄槍部隊は10メートルも離れていません。
その至近距離なら、中世初期のクロスボウですら殺傷圏内ですし……クロスボウなら狙撃も可能と判明しています。
100人の長柄槍部隊につき10人程度のクロスボウを持ったミドルスナイパーが、高さ2メートルほどの移動狙撃台を仮設して――
仲間の長柄槍部隊が耐えている間に、どんどん狙撃!
それこそヤンウェンリーじゃありませんが、拮抗している状態で火点を集中すれば……とんでもない結果になるような?
………………駄目かな。
上手くいくような気がするのですが、それはそれで――
正しい戦術だったら相手も真似してくるという!
でも、なろう的にはいくらでも解決方法は考えつくかも?
実際問題、いくつか作者も思いつきましたし(苦笑)
まあ、もちろんネタとして取っておくので内緒です!