ぶたのきば
ある日、とある養豚場のブタはこう考えた。
「この世界において我々の存在理由は一体なんなのだろうか」
存在理由などという単語の意味を知っていたわけではない。
ただ、漠然とそういった趣旨の思考が頭を過ったのだ。私はこの養豚場で生まれ、二足歩行する変な連中がせっせとご飯を運んでくれるこの環境に違和感を抱いたのだ。なぜ二足歩行の彼らは私たちに尽くすのか?なぜ定期的に仲間は別の場所へと遷されていくのか。その答えを知るものは仲間のぶたに一匹たりともいなかった。
私は衝動のままに思い付いた疑問を仲間たちへとぶつけた。
「は?知らんわ、俺らぶたやぞ」
変な奴扱いされてしまった。
ああ、知りたい。私は私の存在理由を。我々ぶたは二足歩行の彼ら以外の生命を見たことないが、もしや世界には様々な存在があるのではないか?もしそうだとするなら、我々のように決まった時間にごはんを食べておトイレにいったりと生活を営んでいるのかもしれない。
そんな風に空想という名の代償行為で己の知的欲求を満たしていたある日、私はまたもや世界の真実にひとつ気づいた。
「…このごはんって、なに?」
「は?ごはんはごはんだろ。何言ってんだお前」
仲間はまたしても私を変な奴扱いする。だが考えてみればおかしいのだ。そもそもごはんってなに?産まれてからこの方、ママのミルク以外にはこのごはんしか食べた事がない。そっと一口食べてみる。うん美味しい
二足歩行の彼らがいつも持ってくるこのごはんは一体どこからやってきたのだ?やはり、外にはぶたと二足歩行の彼らだけではなく他の生命もいるという証拠に違いない!
私は私の気づいた真理にうち震えた。世界には、未知が広がっているのだ。
私の空想は更に加速した。
もしかしたら外には空を飛ぶ生命もいるかもしれない。見たことないほど巨大なものや、水中でしか生きられない生命もいるかも。見えないほど小さい生命もいるかもしれない。ではそれらの生命はどこから来たのか?私のママにもママがいて、そのママにもママがいる。つまり辿ればきっと最初の生命がいたはずなのだ。
おお、なんと神秘的なのだろう。その最初の生命を神と呼ぼう。だが問題は神は一体どうやって子を産んだのか。ママはパパと交尾したから私が産まれたわけで、神も交尾しなければ子供が産まれないじゃないか。これは一体………そうか、神とは起こらない事を起こす存在なのだ‼
私は世界の真実に到達してしまったのかもしれない。
世界には、神がいるのだ。ちなみにこれを仲間に話すと「めっちゃ早口でウケる」と言われた。
神はある夜、突然現れた。
「こんばんは、ぶたさん」
「おお!あなたが神か!」
私は神に詰め寄った。世界とはなんなのか?私の存在理由とは?神は何ゆえに神であるのか?続けざまに重ねた私の質問に神は困った顔で微笑むだけだった。
「えーと、まさか私もぶたさんに呼ばれるとは思わなくて」
「私が呼んだのか?」
「はい。あなたはこの星…ええとこの世界で最も私に会いたいと強く願いました。ぶたさんに呼ばれるってのは今まで経験がないものですから。あなたは非常に面白いということでここではない異世界で自由に行動してもらう事になりました。」
「ここではないどこか?行きましょう。私は私を知らねばならない」
夢かと思ったが、ふと気づくと私は見知らぬ場所にいた。
さわさわと風に揺れる緑の草、ああここは茶色にまみれたあの養豚場ではない。私が夢見た外の世界なのだ。胸一杯に空気を吸い込むと養豚場では嗅いだことのない不思議な匂いがした。
「たしか異世界とか神は言ってたな」
「ピギーッ!」
本能によるものなのか、私は初めて出会うぶたと二足歩行の彼ら以外の生命に初めて対面した時、言い様のない感情が巻き起こるのを自覚した。足が震え、体が動かない。なんなのだこれは。
私の目の前に現れたそれは、青いのに透明で、水の用にも見えるがプルプルと震える異様な生命だった
「ま、まて!私はぶたと言う。そなたは?」
「ピギーッ!」
「なんだ、なにがしたいのだ!?」
ジリジリと距離を詰めてきた青いプルプルが一気に飛び掛かって来たとき、私は本能の命じるままに飛び退いた。
青いプルプルの足元(?)にある草がジュウジュウと音を経てて溶けていく。そして私はようやく理解した。この青いプルプルは私に対してこれをやろうとしたのだ。まるで冷たい水を掛けられたかのように私の全身から汗が吹き出る。生命の危機、そうか、私はここに至ってようやく理解した。生命とは常に闘いを強いられるのだ。この青いプルプルは私を食そうとしている。
お断りだ。私はようやく私が何なのか探す機会を得たのだ。絶対にここで終わらせたりはしない!
「そちらがその気なら、私も闘おう!」
「ピギーッ!」
またもや飛び掛かって来た青いプルプルに押し倒されつつ、私は必死に青いプルプルに噛み付いた。そうか。私の口はごはんを食べる為にある。なら青いプルプルに食べられる前に私が青いプルプルを逆に喰らってやろうではないか。
ガブリと青いプルプルに噛みつくと味わった事のない不思議な食感が口の中に伝わる。
「ピギーッ!」
「うおおおおお!!」
青いプルプルと私の死闘はすぐさま決着が着いた。
私の勝ちだ。青いプルプルは最後にブルンと震えるとその後全く動かなくなった。
そうか。考えるという行為は私に可能性をもたらしたが、本能は私に未来をもたらした。
考えること。考えないこと。生きるとはかくも困難なものである。私は動かなくなった青いプルプルをむしゃむしゃと口にした。あまり美味しくはない。
そう言えば、小さい頃に二足歩行の奴等に歯を抜かれたような気がする。それは私が二足歩行に逆らわないようにするためにだったのだな。二足歩行の奴等は我々から牙を奪った。だが私から思考という牙を奪う事は出来なかったようだな
こうして私の果てしない異世界冒険譚が幕を上げた。
評判が良かったら改めて異世界を旅するぶたの話を書きたいなっておもいます。おわり