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91 対面1

 煌く蒼

 覗き込む深淵に

 一縷(いちる)の光





 不機嫌さを持て余したまま宿舎に戻った。鳥の巣頭は、もう少し銀狐と話があるからと彼の部屋へ寄ったので、僕は憮然として一人で自分の部屋へ戻るしかなかった。


 泊まって行くのかと思ったのに……。


 鳥の巣頭はこのまま合宿先に帰るのだと言う。僅かに空いた時間を使ってここまで来てくれたのなら、その時間を僕だけの為に使ってくれればいいのに。


 僕はイライラとベッドに身を投げ出し、隣の壁を睨めつけた。

 壁の向こうから、時々、ベッドが大きく軋む音がする。

 話がある、と言った癖に、途切れ途切れにしか声は聞こえない。


 何をしてるんだ?


 僕は急に心配になった。銀狐の鳥の巣頭に対する、僕へ向けるものよりも余程砕けた口調や、朗らかな笑顔が脳裏を過る。鳥の巣頭も……、僕に見せるのとはまるで違う顔を彼に向けている。


 僕はいてもたってもいられなくて自室を出ると、隣の銀狐の部屋のドアを開けた。


 ベッドヘッドに凭れた銀狐のむき出しの蒼白く細い脚の間に、鳥の巣頭が蹲っている。思わず目を逸らした僕に、振り向いた銀狐の声が掛かる。


「すまないね。きみたちの時間を邪魔してしまって。もう終わるからね」

 そして、鳥の巣頭の方へ顔を向け、

「もう充分だよ。ありがとう、楽になったよ」

 と柔らかな声で呼び掛けた。

「もう少しするよ。きみ、かなり無理をしていたんだろう? 凄く筋肉が強ばっている。マシュー、もうちょっと待っていて」

 淡々とした鳥の巣頭の声が答える。


「入って。そこに座っていてくれる?」

 銀狐に指差されたた椅子に腰掛けると、鳥の巣頭は、時間が惜しいとばかりに、また身を屈めて彼の脚に手を当て揉みほぐし始めた。


 僕は自分の中に生まれていた疑心が恥ずかしくて、赤くなって顔を伏せた。


「彼、上手いんだ。部活でスポーツ・マッサージの正規の講習を受けているからね。きみはしてもらった事はないの?」


 おずおずと顔を上げた僕の目に、彼の脚に残る酷い傷痕が飛び込んできた。僕は思わず唇を噛んで目を逸らしてしまった。




「きみは凄く繊細なんだね。それに、……優しいんだね」


 暫く経ってからポツリと呟かれたその言葉に、僕は何て答えていいのか判らなくて、じっと黙って俯いたまま椅子に座り続けているしかなかった。


「マシュー」

 はっと面を上げると鳥の巣頭が覗き込んでいる。

「行こうか」


「おやすみ。また明日。約束を忘れないで」

 そう言って、銀狐はいつもと変わりない笑顔を僕に向けた。




 僕の部屋へ入るなり、

「きみと彼は上手くいっているんだね」

 と、鳥の巣頭が複雑そうな表情をして僕を見つめる。

「なんだか妬けるよ」

 僕の首筋に腕を廻し、抱き締める。

「馬鹿だね」

 僕はくすりと笑って抱き締め返す。

「プライドの高い彼がきみを部屋に入れて、あの傷を見せるなんて、本当に驚いたよ」

 僕の耳元に、くぐもった、囁くような言葉が吐息と一緒に呟かれた。

「僕たちのためだ。きみに、誤解されたくなかったからだよ。……好きだよ、マシュー。きみだけだからね。僕が本当に触れたいと思うのも。抱き締めたいと思うのも。こんなふうに、」

 僕の髪に指を差し入れ柔らかく梳き流しながら、鳥の巣頭は唇にキスをくれた。

「キスしたいと思うのも」


 こいつのキスを受けるのは初めてって訳じゃないのに、僕は多分初めて、それが嬉しくて、そして気恥ずかしく感じたんだ。



 それから直ぐに、鳥の巣頭は帰って行った。カレッジ・スクールの最終日に迎えに来ると言い残して。後、十日もある。僕は駅まで送ると言ったけれど、僕の帰り道が心配で堪らなくなるから駄目だよ、と笑って断られた。


 鳥の巣頭が帰ってしまうと僕はなんだか気が抜けてしまった。そしてそのまま、何も考えずに眠りに落ちた。



 翌朝、銀狐のノックの音に飛び起きて、梟との約束を思い出した。約束の時間にはまだ間があったので、僕は急いでシャワーを浴びて身繕いを整えた。






 いつものカフェテリアに梟は既に来てくれていた。約束の時間に少し遅れてしまった事に、別段怒りはしなかった。銀狐と一緒に来たことにも、特に何も言わなかった。蛇は、今日はいなかった。ほっとして、銀狐を彼に紹介した。


「あなたの事、存じ上げていますよ。当時の生徒会役員で、ボート部のキャプテンもされておられた」

 銀狐はにこやかに梟に微笑み掛ける。

「記憶力がいいんだな。俺もきみの事は知っていたよ。有名だったからな」

「親の七光りでね」

 意味が解らないままぽかんとしていた僕を一瞥すると、梟はにやりと唇の端を上げて笑った。

「ボビーあるいは、ヤードって呼ばれる事もあったな。今でもだろ?」

「そうですね、すっかり定着してしまいました」


 銀狐はすっきりと微笑んで、コーヒーのカップを口元に運んだ。こくりと喉が鳴る。カップをソーサーに戻し、彼は真っ直ぐに梟を見つめた。いや睨めつけたと言うべきか……。


「ご存知なら話は早い。この子から手を引いていただけませんか?」


 僕は唐突に告げられたこの言葉の意味も、笑みを湛えたまま冷たくにらみ合うこの二人の関係も解らないまま、唖然として為す術もなく、その場に石のように固まっていた。






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