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80 面接

 冴え渡る月面に映るのは

 砕いて捨てた

 甘い面影





 鳥の巣頭が初めて僕の望むものを差し出してくれた。それはまだ、本当に僕のものになるかは解らなかったけれど。それでも嬉しかった。だって、本当に初めてだったんだ。いつも僕を見下しているこいつが、僕を認めてくれたのは。


 鳥の巣頭はいつも僕のすることに文句をつける。僕を、一人では何も出来ない子どものように扱う。母よりもよほど煩く僕のすることを見張っている。

 そんなあいつが生徒会役員に推薦してくれるなんて、何か裏があるんじゃないかと本気で疑ったよ。とは言っても、僕が今以上あいつに差し出せるものなんて何もない。これまでだって、あいつがやりたがる時はやらせてやっているし……。あいつが散々牽制を掛けてきたせいで、僕に近づいて来る奴なんかいなかったから、今更僕を独占したい、なんて必要性もない。僕を生徒会に入れることであいつが得られるメリットなんて皆無に等しい。

 それなのに推薦してくれるのは、僕が役に立つって認めてくれたからだろう? 

 そう思うと、自然に顔がほころんだ。


 あいつはいつも「愛しているよ、マシュー」って言うけれど、そう言われる度に僕の心は乾いていく。だって、気持ち悪いだろ? ただやりたいだけなのに、いちいちそんな言葉を囁いて気分を盛り上げなきゃいけないなんて。ジョイントがあればそんな嘘の言葉なんて要らない。白い煙の中で溶け合ってマーブル模様に混ざり合える。愛し合うことが一つになることだというのなら、まさにそれだ。鳥の巣頭はジョイントを吸わないから、そんな言葉で自分を騙さなきゃいけないんだ。あいつは僕に執着しているだけなのに。僕みたいに都合のいい相手はいないから。

 僕だって、ジョイントさえあれば相手は誰だっていい。同じだもの。ああ、醜い奴は例外。我慢出来ない。

 僕にとって、ジョイントなしでやるのは苦痛でしかない。あれがジョイントのくれる官能や安心感の代わりになるのはほんの一瞬。その一瞬のためにひたすら我慢するなんて、本当、馬鹿げている。でも、その馬鹿馬鹿しい行為を僕たちはずっと繰り返している。あいつは「愛している」って、言葉をスパイスのように振り掛けて、「綺麗だよ」「可愛いね」と飾り立てて。さも素晴らしい行為のように盛り立てて、貪るんだ、僕を……。


 僕はずっとあいつが嫌いだったけれど、これでやっと、あいつを許すことができそうだ。嘘つきで、独占欲の塊の、卑怯な鳥の巣頭。僕を自分の所有物のように思っている、嫌な奴。


 そんなあいつが、やっと、僕を人間扱いしてくれた。






 創立祭の後片付けも一段落した頃、学舎のカフェテリアで、鳥の巣頭は現生徒総監と副総監に僕を引き合わせてくれた。銀狐は黒のローブを羽織っていた。創立祭の時は、確か……、朧な記憶を探ってみても、服装のことなど出て来る訳が無い。


「先日はありがとうございました」

 とりあえずお礼は言っておかなければ。

「もうすっかり顔色もいいみたいだね」

 にこやかな笑みを湛えて銀狐が答える。

「体調はどんな具合なのかな?」

 総監が品定めするように僕を眺める。


「きみ、馬術部なんだって」

 このまま入院のこととか尋問されるかと思ったら、銀狐はさらりと話題を変えた。

「うちの寮の子たち、知っているかな? フェイラーとガストン」


 天使くんだ……。もう一方は知らないけれど、多分いつも一緒にいる子じゃないかと思う。


「名前と顔くらいは、」

 なんとも歯切れの悪い言い方しか出て来ない自分を疎ましく思いながら言葉を探す。ちらっと鳥の巣頭を見ると、心配そうな顔で僕を見ている。


 これは、面接なんだ……。

 そう、解ってはいるけれど上手く言葉が操れなかった。


 けれど、銀狐も、総監もそんな僕のしどろもどろな返答は特に気にした様子も見せず、雑談のような気軽さで喋りかけてくれている。次第に緊張も溶け、なんとか自然に答えることが出来るようになっていた。だが喋りながら、僕はこの場の奇妙さが気になり始めていた。


 これは僕の面接。それは解る。でも、この場を仕切っているのは生徒総監ではなく、学年は下の副総監の方なのだ。勿論、学年序列は絶対のこの学校で、副総監が総監を下に見るような失礼な態度を取っている訳ではない。けれど明らかに、総監も、鳥の巣頭もこの副総監、銀狐の顔色を伺っていた。


 鳥の巣頭が、空になったティーポットを持ち上げ立ち上がった。

「お代わりを買ってきます」

「僕も、ちょっと失礼」

 総監もそれに続いた。


 急に二人きりに取り残されて、僕は居心地の悪さから視線を伏せた。銀狐も特に話掛けてこないので、黙ったままそっと盗み見ると、彼は、優雅に背もたれに凭れ、大きな一枚ガラスの窓から緑に輝く中庭を眺めていた。視線はどこか遠くに据えたまま、薄い唇がにっと笑みを形作る。


「きみ、セディの愛人だったんだって?」


 ゆっくりと振り返ったその酷薄な瞳に、僕の背筋は凍り付き、発作のように心臓がバクバクと脈打ち始めた。

 何か、言い訳しないと……。唐突に出された子爵さまの名前に仰天し心は闇雲に焦っているのに、肝心の声が出ず、唇だけが言葉を発しようと震えている。


「ああ、駄目だよ。こんな処で倒れちゃ。僕はきみを役員に推薦しているのだから。せいぜい健康さはアピールしてもらわないとね」


 金の瞳が鈍く光る。まるで月光のように。


「その反応……。きみ、見かけほど擦れていないんだね。セディが気にいる訳だ」




 僕の背中を冷や汗が伝い落ちる。

 銀狐は上品な仕草で小首を傾げ、僕の蒼白な面を眺めてくすくすと笑った。







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