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71 怒り

 金の瞳が闇を映し

 満ちて

 欠けて

 僕を誘う





「ジョイントを売る?」

 僕は小首を傾げて梟を見つめた。


 幾ら頼んでも僕にはジョイントを売ってくれなかった梟が、一体何を言っているのだか皆目見当がつかなかった。

 僕に売ってくれると言うのなら、喜んで買うけれど……。


「次年度の生徒会はあいつが仕切るんだろう、お前の連れがさ?」


 暗に鳥の巣頭の事を出され、僕の眉間には無意識に皺が寄っていた。途端に梟に笑われた。梟の長いしなやかな指先が、皺を伸ばす様に眉間に触れる。


「おまけに、寮長もだろう?」


 僕はいやいや頷いた。


「生徒総監になることが決まっている、て、言っていたよ」




 梟は、何を考えているか判らない、あの不思議な煙水晶の瞳でじっと僕を見つめて言った。


「リストをやる。ジョイントの顧客リストだ。今の寮長に、お前が後継だと言っておいてやる。そうすれば、後はあいつが上手く引き継ぎを教えてくれる」

「寮長……。あの、田舎鼠……」


 嫌悪感が素直に顔に出てしまった僕を見て、梟が吹き出した。


「田舎鼠……。ぴったりの名前だな」

「嫌いなんだ、あいつ。下品で、しつこくて……」

「まぁ、気持ちは判らないでもないよ」


 梟はクスクスと笑いながら頷いた。


 つまり、こういう事だ。堅物の鳥の巣頭を通じては、校内でのジョイントの販売は上手くいかない、と踏んだ梟は、代々寮長が受け継ぐジョイントの販売網を僕に託したい、という。

 蛇のいた頃から考えていたのだそうだ。本来なら鳥の巣頭ではなく、僕が今年度の副寮長になっているはずだったのだから。あるいは、副寮長を鳥の巣頭に譲った処で僕が生徒会役員になっていれば、それはそれで問題なかったのに。


 それなのに、あんな処にぶち込まれたりしたから……。


 まるで僕の考えている事が判るかのように、梟の目がすっと細められる。


「お前、随分顔色が良くなったな。ジョイントはやめたのか?」


 僕の苦笑いに、梟は呆れたように眉根を持ち上げた。


「まだ欲しいのか?」

「薄いので我慢するよ」


 本当は、あんなもの煙草と大して変わりはない。それでもないよりはマシだ。欲しい。今すぐにでも。


 僕の目の色の変化に、梟の瞳がほんの一瞬、揺らいだ気がした。





 梟と別れて宿舎に戻ると、鳥の巣頭が僕の部屋の前で待っていた。溜息が漏れた。


「どこに行っていたの?」

「朝食」

「待っていてくれれば、一緒に行ったのに」


 煩い、鳥の巣頭!

 折角の休日を、僕はまたこいつの小言を聞きながら過ごさなくちゃならないのか? もう、うんざりだ……。


 なんとか、こいつを追い払う方法はないかと思考を巡らせる。

 気分が悪い。

 駄目だ、眠くもないのにベッドに追いやられた上に、こいつは、つきっきりになるに決まっている。

 約束がある。

 誰と? それこそ根掘り葉掘り聞かれて面倒くさい。大体、試験対策スクールで呑気に友達付き合いしようなんて奴は、この宿舎にはいない。

 勉強するから……。

 見てあげる、って言われるだけだ。



 出窓に腰掛けて、鳥の巣頭に足を突きつけた。ムカつきながら。


「足が痛い。靴が合わないのかな。見てくれる?」


 鳥の巣頭は怪訝な顔をして僕を見たけれど、直ぐに両膝をついて僕の靴の紐をほどいた。靴を、それから靴下を脱がして、むき出しになった足の甲を掌にのせたまま、僕を見上げる。


「どうもなっていないよ、マシュー」

「痛いんだ」


 僕は窓枠に寄りかかったまま、こいつのくしゃくしゃの、錆色の髪を眺めていた。


「キスして」


 鳥の巣頭は、顔をもたげて僕を見上げた。戸惑いに、空気が揺らぐ。だけどこいつは、そのまま直ぐに面を伏せて、手の中の、僕の足の甲に唇を落とした。



「ねぇ、きみ、どうして以前は僕にジョイントをくれていたの? 身体に悪いって解っていたのに」


 そう、こいつが急に変わったのも、ここオックスフォードだった。こいつの錆色の旋毛を見ていると、ふと、その事を思い出した。今朝の梟との会話が、頭の中で何度も繰り返されていたからだろうか? あの頃は、こいつだってジョイントを頻繁にくれていたのに……。


「あの時、寮長に何を言われたの?」


 鳥の巣頭は、いつもの不安げな、きょどきょどした瞳で僕を見つめて答えた。


「……兄のことを。ジョイントを吸っている間だけ、きみは記憶の檻から逃れて、束の間の安息を得ることが出来るんだって。きみに、正気を保てないほどの苦痛を与えたのは、僕の兄で……。今、ジョイントを取り上げてしまったら、きみは気が狂うか、自殺してしまうかもしれないって。……僕は、兄の代わりに償うって、きみに約束したよね」



 その刹那、ダンッと、ワックスで艶光りしている焦げ茶色の床板に、鳥の巣頭を突き転がしていた。湧き上がって来る怒りで、わなわなと唇が震えていた。



「憐憫? 冗談じゃないよ!」


 起き上がったこいつの唇から、一筋の血が流れている。


「出て行け」


 僕の言葉に、こいつの顔が歪む。


「マシュー、」

「出て行けよ!」


 鳥の巣頭は目を伏せたまま、拳で唇を拭い、立ち上がり部屋を出た。


 僕はベッドに潜り込んでシーツを頭から被ると、苛立ちと、身体の奥底に渦巻いている腹立たしさに、まるで熱病にでも掛かったように身を震わせながら、歯を食い縛って、耐えていた。







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