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51 誤算

 鏡よ鏡、世界で一番哀れなのはだあれ?

 それはあなた、と鏡は答える

 それはきみだよ、と僕は嗤う





 梟に逢いたい。


 全くもって誤算続きだ。

 今の寮長、スコットランド訛りの太った鼠のような田舎者のこいつのことは、学年代表だった頃から知っているのに、まさかこんなに頭の硬い奴だとは思わなかった。


 こいつ、僕にジョイントを売ってくれないんだ!

 要求だけはきっちりしてきたくせに! その場で吸うだけだなんて!


 ジョイントは、生徒会、監督生、寮長、各部役職にしか売らない。そういうルールなのだそうだ。何故かって? 役職にある連中は、持ち物検査がないからさ。だって、検査を行う立場だからね。一般生徒から没収した、酒や煙草を手元に持っているなんて日常茶飯事だもの。

 子爵さまがいつでも平気でジョイントを持ち歩いていたのも、そんな理由からだ。


「生徒会入りが決まったら、きみにも売ってあげるよ」


 そう言って、田舎鼠は、ひひっといやらしく笑った。


 おまけに、我慢して相手をしてやったのに、報酬は薄いジョイントが一本だけ! けちくさいのにも程があるってものだろ!





 こんなんじゃ、僕の不機嫌は収まらない。


 クリスマス休暇は、鳥の巣頭の家で過ごす。クリスマス当日は身内で、新年は、鳥の巣頭のボート部の友人たちを招いてパーティーを開くと言っていた。


 初めてあいつの家に行った時に迎えたクリスマスはベッドの中で、新年も、パーティーに出られるような状態ではなかった。


 僕はパーティーなんか面倒臭い。でも、ボート部の奴らと知り合って、梟の連絡先を知っている奴を探さなければ……。



 オックスフォードのあの事件のせいで、梟に連絡が取れなくなった。アヌビスでさえ知らない。梟は、住所や電話番号は一切明かさないということだった。どうやってジョイントを買っているのかというと、梟の方からたまに連絡してくるのだそうだ。

「僕が逢いたがっていると伝えて」と、アヌビスに頼んだけれど、あいつは、ふん、と鼻を鳴らして「欲しけりゃ俺に言え」と、せせら笑った。


 勿論、田舎鼠も知らなかった。ジョイントは、別の奴から仕入れている、って。「でも、幾らきみにでも、これを明かす訳にはいかないね。命が惜しいからね」と、田舎鼠は自慢げに鼻をヒクつかせた。何処から何処までも下品な奴だ。一体何が自慢なのか、僕には全く解らなかったけれどね。






 子爵さまは相変わらず天使くんを追い掛けているようだ。それでも、たまに苛立たしげに僕の処へも来る。いつも突然で僕の都合はお構いなし。いきなり寮に電話があって、今から行く、だもの。


 僕は急いでシャワーを浴びて地下室へ走る。鳥の巣頭と一緒にいた時なんか、本当、最悪。でも、こいつに文句が言える訳がない。梟の頃からの約束だからね。子爵さまが、乱暴なラグビー部や生徒会の面々を抑えてくれていることくらい、鳥の巣頭にだって解っている。





 子爵さまは今日も不機嫌だ。あの天使くんを思うように出来なくてイライラしている。


 あれから何度か天使くんを捕まえることも出来たらしい。でも、あの天使くん、ああ見えて強情で、相手が子爵さまでも言うことを聞かないらしかった。


 僕は子爵さまのお坊ちゃんぶりに、吐息を漏らした。


「何の為に写真を撮ったんです? あの写真で脅せばいいじゃないですか」

「でも、それじゃあ、余りにも……」


 愛して欲しいとでも思っているの、お坊ちゃん?


 僕の冷めた瞳に、子爵さまは拗ねたように顔を逸らして。


 好きにすればいいよ。

 どんな手段を取ろうと、あの子があなたを愛することはない。

 僕がアヌビスを愛することがないようにね。


 

 僕は哀れな子爵さまの唇を啄んだ。首筋を撫で上げ、背中に腕を廻す。


 大好きな先輩にも、その先輩に瓜二つの弟くんにも相手にされない子爵さま。何でも手に入って当然だと信じて疑わないお馬鹿さん……。



 ジョイントの白い煙は虚しく揺蕩う。


 この煙はもう、あなたに甘い夢を見せてくれない。あなたの瞳に刻まれているのは、もう先輩の笑顔じゃない。歪んで泣き叫ぶあの子の顔だ。あなたを決して映すことのないあの子の瞳だ。


 深淵を覗き込んだ時、水面に映る顔はあの子の顔だと思っていたのに、まさかあなたの顔だったなんて、僕は思いもしなかったよ。




 あなたを見て微笑むことなんて決してないあの子の代わりに、僕があなたを嗤ってあげる。







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