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34 七月 失望と期待と

 闇の中に身を浸したこと、ある?

 目を瞑っていても、開けていても

 同じなんだよ





「だからね、僕が新三学年の学年代表なんだ」

 寝耳の水のその言葉に、僕は自分の耳がおかしくなってしまったんじゃないかと、本気で疑ったよ。

 梟が、そんな事、する訳がない。僕を寮長にしてくれる、って言ってくれたもの。その為の布石を打っておくのだって。自分がいなくなっても心配するな、って。


「きみの為なんだよ、マシュー」


 鳥の巣頭は、顔を伏せたまま僕を見ようともしない。誰と話しているんだ、お前は。僕の靴と会話しているのかい? 僕はギリギリと歯軋りしながら鳥の巣頭を睨めつけていた。


「マシュー、きみの為なんだ。だから僕は謝らないよ」


 鳥の巣頭が顔を上げる。


「寮長に訊いて来る」

 口から零れ出た呟きに、鳥の巣頭は「好きにするといいよ」と言葉少なに目を逸らした。でも、僕はその場に立ち竦んだまま。こいつの言う事が本当だって、解っていたから。


 成績はボロボロ。

 学年代表の仕事は殆どこいつがこなしている。僕は名前だけだって、そんな事も解らない程、僕は馬鹿じゃない。


 顔を背けたまま動かない僕の肩に、鳥の巣頭の手が掛かる。慰めるように、そっと。


 だから、こいつは嫌いなんだ!


 僕は身体を揺すってこの手を払い除けると、勢いよく部屋を飛び出した。虚勢を張って。





 寮長室には行かなかった。行っても無駄だって判っているもの。梟は一度決めた事を覆したりしない。

 だから僕は地下室に向かった。ラグビーの練習が終わるまではまだ時間があったけれど。


 子爵さまは、もう日にちを決めずにふらりと僕に逢いに来る。大抵は、ラグビーの練習の後。いつでも逢えるようにしろと言われて、梟は僕にここの鍵をくれた。第二次世界大戦の時に作られた空爆シェルターだから、寮の敷地内といっても、覆い隠すように木立に囲まれていて判り辛いし、寮よりもずっと近い高い石塀に、裏道に抜ける裏木戸がある。子爵さまはそこから通ってらっしゃるんだ。ご苦労様。


 ラグビーの後だから、紺とスクールカラーの翡翠色のストライプのユニフォームのままの時もあるし、ちゃんとシャワーを浴びて着替えてから来られる時もある。どっちだって、やることは一緒だけど。ユニフォームの時の方がさっさと済んでいいかな。子爵さまは、自分が汚れているのをとても気になさるから。


 薄くて軽い空気のようなジョイントを吸ってぼんやりして、大急ぎでやって、慌てて帰る。子爵さまも学年代表だから、早々油を売ってはいられないんだ。


 そんなに無理していらっしゃらなくてもいいんだよ、子爵さま。





 僕は時間が空くとここに来る事が多くなった。たまに、鳥の巣頭もついてくる。一緒に宿題をやったりする。やらされる、鳥の巣頭に。丸写しで構わないから自分で書けと言われる。筆跡が違うと流石にマズイって。僕が自分でレポートを書いたことなんてあったかな? 自分で書いた方がよほど筆跡が違うって思われるんじゃないのかな? まぁ、頭が固くて融通の利かないこいつに、こんな事を言っても無駄だろうけれど……。


 何で今更、こいつがこんな事を言い始めたのかは解らない。

 面倒だから、いつも、はい、はい、と言っておく。どうだっていいもの、あんな奴。



 あと幾日かで卒業セレモニーだ。

 ずっとまともに梟と話していない……。

 梟も、蛇と同じ。いなくなって、僕を忘れる。



 ジョイントはないから、煙草を(くゆらせていた。蝋燭はローテーブルに一本だけ。これで充分。暗闇にゆらゆらと揺蕩う焔は、一つだけの方が気持ちが落ち着く。



 コツコツと、靴音がしんと静まった部屋に届いた。

 子爵さま、今日は早いのだなと居住まいを正して待っていると、暗い室内に入って来たのは、意外にも梟だった。


 梟はにっと笑って僕の横に座り、あの鈍く光る銀のライターで煙草に火を点けた。


「聞いたか?」


 僕は黙って頷いた。


「良かったな。お前の面倒はお坊ちゃんがみて下さる。もう学年代表なんて、面倒なだけの雑用係りをする必要はないってことさ」


 意味が解らず、小首を傾げた。


「あのお坊ちゃんは生徒会入りが決まっているんだ。だから、お前は来年度一年間はきちんと勉強して、GCSE試験に備えるんだ。学年代表なんかやっていると、試験勉強どころじゃないからな。後は、上手くあのお坊ちゃんの機嫌を損ねさえしなければいい。上級生に上がる時には、生徒会の推薦の上に、票の取り纏めまでして下さるよ」


 思いがけない梟の言い分に呆気にとられ、僕は多分、よほど変な顔をしていたのだろう。梟は肩を震わせて笑った。


「夏期休暇、オックスフォードへ来るか? 俺も早めに向こうへ引っ越すんだ。それとも、もうお坊ちゃんがいらっしゃるから、俺とは縁を切りたいか?」


「行くよ!」


 僕は思わず大きな声を上げていた。


「またパーティーをするのでしょう? あそこでなら、上等のジョイントを吸ってもいいのでしょう?」


 梟は煙草を銜えたまま、にっと笑った。


「休暇中は吸わせてやるよ。でも、新学期が始まったら止めろよ。試験勉強に差し支える」

「約束する」



 僕の笑顔を見て、梟は煙水晶の瞳を優しく細めた。そして、いつものように頭をくしゃりと撫でてくれた。






 

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