31 懺悔
僕は手を組み天を仰ぐ
どうか僕を救って下さい
どうか僕にジョイントを下さい
「まったくラグビーは紳士のスポーツだなんて、誰が言ったんだろうな」
医療棟のベッドで目覚めた僕の一番に視界に入ってきた梟が、くすくすと笑いながら言った。
「紳士がやる野蛮なスポーツですよ、寮長」
鳥の巣頭だ。梟と随分仲良さそうな声音だ。視線を横に移すと、両頬にシップを貼った不格好なあいつが、丸い顔をますます丸くしている。おたふく風邪か、虫歯で頬を腫らした、赤い風船みたいだ。
「あ、マシュー、気が付いたんだね」
あんなふうに殴られた割に、明るい声で呼びかけられた。唇が切れて瘡蓋になっている。
「校医に、お前は少し栄養失調気味だと言われた。もっとしっかり食べろよ」
梟は僕の頭をくしゃりと撫でて腰を浮かせた。
「もう、行くの?」
「あの坊ちゃんと話してくる」
梟はにっと笑って肩を竦めた。
「お前も災難だったな」
椅子に座ったまま梟を見上げた、鳥の巣頭のもしゃもしゃの髪をぽんっと撫でる。鳥の巣頭は笑って首を横に振った。
ドアがきちんと閉められ、その姿が部屋から完全に立ち去るまで、梟の背を見送っていたこいつの能天気な顔をぼんやりと見つめる僕に気が付いて、鳥の巣頭はそれまで梟のいた椅子に座り変え、僕から見えやすい位置に移動してきた。点滴に繋がれた僕の手を、そっと握る。
「ごめんよ、マシュー」
なんでお前が謝るんだ。
「僕は彼に殴られて、やっと気付いたんだ」
鳥の巣頭の手に力が入る。
「僕が今まできみにしていたことは、兄さんたちと同じだった、ってこと」
声が震えている。
「僕はきみを愛しているのに、していることは愛じゃなかった。きみの弱みに付け込んでいただけだった。きみの苦しみなんて、ちっとも見えていなかったんだ。……ごめんよ、マシュー」
ぼろぼろと涙を溢れ出させ、掠れた声が言葉を紡ぐ。
「愛している、って言いながら、僕はただ、きみが欲しかっただけなんだ……。マシュー、ごめんよ」
何を言っているんだ、こいつは……。
何も答えない僕に、こいつはベッドの前に跪いて肘を付け、祈るように両手を組んで顔を伏せた。
「僕を許すと言って、マシュー」
こいつ、頭がおかしいんじゃないのか……。
面倒臭い……。僕は顔を背けた。それなのに、涙が溢れていた。何故だか全然解らなかった。
梟が戻って来た。子爵さまと一緒に。鳥の巣頭は拳で涙を拭って立ち上がると、顔を伏せたまま梟と一緒に部屋を出て行った。
僕は子爵さまが視界に入らないように、点滴のパックを見ていた。金属の棒にぶら下がるぶよぶよした透明の袋。まるで死刑台だ。ぶら下がるのは、絞り出された僕の体液。管を伝って戻される。
子爵さまは、僕に用なんてないのに逢いに来る。梟にお金を渡しに来る。僕に施しをする為に。
これぞノブレス・オブリージュだ。
僕は哀れな乞食。
子爵さまのお慈悲に縋ってジョイントを貰う……。
「すまなかったね、きみを怖がらせてしまった」
子爵さまの、ちょっと気不味そうな、戸惑いがちな声がする。
「きみ、こっちを向いて。失礼だろう」
苛立たしげな厳しい声に、びくりと緊張が走る。僕はおずおずと子爵さまを見た。あの宝石のような深い光彩の瞳を。有無を言わさぬ支配者の瞳を。
「そんなふうに、怯えないで」
困ったように苦笑する子爵さま。
「彼にも申し訳ないことをしてしまった。でも、あの状況では誤解しても仕方がないだろう? きみは凄く怯えて、嫌がっているように見えたし……」
眉を寄せ、後悔しているのか、それともまだ怒っているのか判らない複雑な表情を浮かべ、子爵さまは押し黙った。
「……でも、すぐに僕の誤解だった、って解ったよ。だって彼、あれだけ僕に殴られてふらふらだったのに、きみが倒れたのに気が付くと、僕のことなんか眼中にない様子できみに走り寄っていたもの。自分のことよりも、きみを医療棟に連れて行ってあげてって」
「あの、僕、余り覚えていないんです……」
霧が掛かったみたいに、頭がぼーとしていた。ジョイントを吸った後みたいだ。
スノードロップが……、咲いていた……。
それしか記憶がない。
気が付くと、子爵さまが鳥の巣頭を殴っていた。
「そう……。可哀想に」
子爵さまは考え込むように目を細める。
何処か憂いを含んだその表情がいつもの闊達な子爵さまらしくなくて、僕は何故だか恥ずかしくなった。本当に何故だか判らなかったけれど。
「心配しないで。約束は守るから。僕がきみを守ってあげるよ」
子爵さまはにっこりと笑った。陽だまりのように。
僕は恐る恐る睫毛を伏せた。その眩しさが怖かった。僕が身を浸す心地良い闇が、その光に侵される。侵食される。
白い彼が、悲鳴を上げる。
憐れまれるくらいなら、死んだ方がマシだと。消えた方がマシだと。
僕は、ジョイントを貰えるの?
後で梟に聞かなくっちゃ。
今日の分はやり直し?
僕は僕に注がれる子爵さまの視線を感じ、じっと息を潜めていた。




