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24 二月 窯変

 ウロボロスの捻れた環

 何処に繋がっているのか判らない

 きみと僕、僕ときみがくるりと廻る





 寮長室の長ソファーに丸くなって、僕は煙草を吸っていた。

 梟は横で難しい顔をして電卓を叩いている。


 何度もため息をついている。梟の肩に凭れると、「邪魔だ」って押し戻された。


「ハーフタームの前に、ジョイントを貰える?」

 僕は梟の顔を覗き込んだ。

 梟は眉をしかめたまま。


「ラグビー部は試合だ。あのお坊ちゃん、他の客は取らすなって言うし、どうするかな……」

 梟はふっと表情を緩めて僕の頭をくしゃっと撫でた。

「人数が多いと、辛いか?」

「……乱暴されないなら、平気だよ」

 僕はよく考えてから答えた。多分、これで合っている。

「それに、上等のジョイントをくれるなら」

 梟は目を細めて笑って、また僕の頭をくしゃりと撫でてくれた。大きな、固い手で。


「金が足りないんだ。もっとジョイントを売らないと」

「ジョイントを売る?」

 僕は大きく目を見開いて梟を見つめた。


 ジョイントを買えばいいんだ!


 アヌビスなんかの、あんな奴らの相手なんかしなくても、ジョイントは買えるんだ!


「お前には売らないよ」


 僕の心を見透かしたように、梟は笑った。


「俺はあれを吸わないだろ? 何でか解るか?」


 僕は頭を振った。あんなに気持ちのいいものこの世にないのに、どうして梟は吸わないのか解らなかった。蛇だって、時々だけれど吸っていたのに。


「俺にはやらなきゃいけない事が山ほどあるんだ。親父が死んじまったしな。だからまず金を稼がなきゃ、ここの学費を払えなくなる」

 梟は、自嘲的に唇を歪めて笑った。


「お前、俺の噂を聞いたことがあるか?」


 僕は首を横に振った。


「俺は庶子なんだよ。だから、親父が死んだ途端に援助を一切打ち切られた。まぁ、彼がかなり助けてくれたんだけどな。借りがあるんだ。いろいろとな」

「……僕がジョイントを買うのは駄目なの?」

「生徒会に入りたいんだろ? お前は今でも吸いすぎだよ。背だって余り伸びていないだろ。外見も役員選出の大事な要因なんだよ。そんな顔色が悪くちゃ駄目だ。成績も落とすなよ。俺はお前を、ここの寮長にしてやるつもりなんだからな」


 梟は優しく微笑んで、また細かな癖字のびっしりと書き込まれた手帳に視線を戻した。


 僕には売ってくれない……。


 がっかりだ。僕は二本目の煙草に火を点けた。梟の長い指が伸びてきて、それは取られてしまった。もう一本銜える。梟のライターで火を点ける。綺麗に磨かれた銀の十字架が僕を見つめ返す。


 ふと、鳥の巣頭の顔が浮かんだ。





 水曜日は乗馬の日。僕は勇んで丘の上の馬場へ向かう。少し早めに。子爵さまに逢えるように。


 子爵さまは、僕を見つけるとちょっと微笑んでくれる。

 「やぁ、元気?」と声を掛けてくれる。


 たったそれだけのことなのに、僕はどきどきして満たされる。





 ハーフタームは鳥の巣頭の家へ行った。

 休み前に吸えなかったから、僕はイライラして落ち着かなくて、鳥の巣頭に頼み込んだのだ。


 僕の家じゃのんびりできない。ロンドンの住宅地にある僕の家よりも、広々とした田舎にあるきみの家の方が、気持ちが落ち着くからって。それにきみの家は広いから、声を気にしなくてもいいだろう、って。



 いつもの僕の部屋に入るなり、鳥の巣頭は凄く意地悪く嗤った。


「兄さんはいないよ。大学のラグビー部の遠征に行っているんだ」


 それから、僕をぎゅっと抱き締めた。


「きみは僕に、きみの痛みを共有して欲しい、て言ったじゃないか」


 そのままベッドに倒れ込んだ。僕はこいつを押し返そうとしたけれど、びくとも動かなかった。


「僕はきみを誰かと共有するのは嫌なんだ。きみの痛みは僕のもの。そうきみが望んだんだよ」




 いつの間にこいつの背は、僕をずっと超えていたのだろう?

 こいつの腕は、こんなに太くなっていたのだろう?


 僕の上にいるこいつは誰なんだ? 



 僕の手首に赤い指跡がつく。

 天井の蛇が僕を嗤う。赤い舌をチロチロと出して。


 僕の身体に紅い花が咲く。また、蛇に怒られる。


 白い彼は僕を助けてくれない。

 微睡む僕は深淵の底深く。



 ウロボロスは何処にいるの?

 僕をその体内に匿って。



 子爵さま……。




 僕の涙を、鳥の巣頭は唇で拭った。


「きみの傷ごと、きみを愛しているよ、マシュー」









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