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180 一月 警報

 しんしんと

 知らぬ間に重なる

 運命の足音





 新学期、今月末まで実施されるAレベル、ASレベルの試験のため、この期間中の生徒会執務室は閑散としている。

 だが、生徒総監の銀狐は大抵ここにいる。彼に逢いたい時は、彼の寮に行くよりも余程確実だ。

 僕は試験勉強の息抜きに合間をぬって、毎日のように顔を出していた。余り長居すると彼は怒るので、お茶を一杯飲む間だけ。




「ジョナスは何て?」

「特になにも」


 届いたばかりのメッセージに目を通してスマートフォンをポケットにしまうと、僕は彼の前にティーカップを置き、隣の席に腰掛けた。


「ただ、もう一度話し合おうって」

「社交辞令だろ? 喧嘩になるからやめておくよ」


 銀狐はにっと笑って、ティーカップを口元に運ぶ。



 心配性の鳥の巣頭は、しょっちゅう彼に電話やメールで僕の様子を訊ねているらしい。新年度そうそう、あんな事があったから仕方がないのかもしれないけれど。銀狐にはちょっと迷惑な話だ。

 それなのに僕にわざわざ「伝えて」、ってメッセージが来るのは、今、あいつは銀狐と意見が対立しているからだ。


 仲直りしたいなら、直接彼にそう言えばいいのに……。


 二人とも、変なところで意固地で不器用だ。



 ラグビー部の男の事件で、銀狐には何の落ち度もない。全ては僕自身の愚かさが引き起こした事だ。決して、鳥の巣頭だって彼を責めたりはしていない。それなのに、彼は、僕を守りきれなかった自分に腹を立てている。

 生徒総監としての矜持もあるのだろう。警察官(ボビー)と呼ばれ、校内の秩序を守る盾のような期待を背負わされている彼の目と鼻の先で行われた現実に、彼は未だに自分を許せないでいる。


 そんな彼が、何故鳥の巣頭と「喧嘩になる」、と肩を竦めるかというと、やはり僕絡みの事だ。僕の周囲に常にいる副寮長や、ボート部の子たちに対する意見の相違からだった。


 鳥の巣頭は年末にコンサート会場で会った副寮長の僕への態度から、僕の寮内での安全に不安を抱いている。残念ながら、これは銀狐の管轄外の問題だ。寮内の権限は、寮長である僕にあるのだから。


 それなのにこの過保護な二人は、寮内で出来得る対策を、僕には内緒でいろいろ考えているらしい。その方法で、意見が違えてしまっているのだ。


 何をやっているのだろうね、この二人……。これは僕の問題だよ?



 そして、もう一つ。ボート部の子たちだ。

 何があったのか知らないが、彼らは僕に興味を失くしたらしく、春学期が始まってから、四六時中、カレッジ寮の黒髪の可愛らしい顔をした新入学年生を連れ歩いている。


 その事を銀狐や鳥の巣頭は、憂慮している。また僕の時のような事件に発展したら、と気が気でないのだろう。そして、そんな事が起こっても不思議ではないこの学校の空気が僕を蝕む事を、鳥の巣頭は心配している。銀狐は銀狐で、彼の寮の問題でもあるその子の処遇に、頭を痛めているという訳だ。


 この件に僕は責任を感じていた。彼らに、下級生を喰いものにして構わない、そんな間違った意識を植え付けるのに僕が一役買ってしまったのは確かな事のように思えたから。だから、この流れを断ち切るのは僕の義務だと、そう思っている。


 それにしても、大学生になってまで、鳥の巣頭は僕の環境を心配している。僕の事にばかり頭を煩わせて、ちゃんと勉強に打ち込めているのだろうかと、逆に気に掛かって仕方がない。




 とはいうものの、一月は試験のために、彼らに逢うことが殆どない。生徒会には銀狐以外、先に選択科目試験が終わった者がたまに顔を出すくらいだ。

 彼らをわざわざ呼び出して注意を促す、というのも変に誤解されそうで怖い。



 迷った末、副寮長に相談した。


 当面の悩みを話した途端、彼は声を立てて笑った。

「あの子はね、僕らの仲間なんですよ。これのね」

 副寮長は、親指と人差し指で摘まむような、ジョイントを挟む素振りをして見せた。

「カレッジ寮を陥落させる為の足掛かりですよ」


 僕は信じられずに、大きく目を見開いていた。


「でもあの子、僕たちとはそんな関係じゃないのでご心配なく」


 副寮長は、当然のように僕の肩を抱いている。


 どうして寮長室というのは、こんな造りになっているんだろう? 密室。ソファー。衝立の陰にはベッド……。相談中は立ち入り禁止。


 ああ、寮長が下級生を連れ込むのに、都合のいい規則な訳か……。


 僕は天井を向いてため息を漏らした。もう少しの我慢だ。もう少し情報を引き出してから……。


「先輩、」

 彼は僕の指を包むように握り、手の甲に唇を押し当てた。僕はすぐにその手を引き抜いた。

「心配要らないって、どういうこと?」

「やきもちですか? 可愛いなぁ」


 ……言ってろ。


 副寮長は唇の先でくすくす笑っている。まるで狩りを楽しんでいるかのようだ。


「あの子ね、滅法強いんですよ。何だったかな、護身術のようなのを習っているらしくて。ソールスベリー先輩の再来って言われているんです」


 久しぶりに聞いた白い彼の名前に、僕は思わず頬が緩んだ。

「のされたの?」

 副寮長は下唇を突き出してへの字に歪め、肩をすくめる。

「彼らがね。僕は違いますよ。寮長一筋ですから。あんな子どもより寮長の方がずっと美人だ」

 再び顔を寄せてきた彼の胸をぐいと押し遣った。

「そんな事があったのに、その子、どうして仲間になったの?」


「あの子、フェイラーにぞっこんでね。銀ボタンが邪魔なんですよ。恋敵ですからね。それで僕らに協力してくれるって。それに今からジョイントを使ってライバルを蹴落としておけば、末は監督生代表も夢じゃないから、って」


 副寮長はくすくすと呆れたように笑っている。


 思いがけない伏兵の登場に、僕は作り笑いすら出来なかった。


 銀ボタンが邪魔? 協力? この子たち、大鴉に何を仕掛けるつもりなんだ?


「怖いですねぇ、奨学生カラスの子の考える事って。入学したてから、とんだ薔薇色の人生設計だ!」


 余りにもとんでもない話に僕は混乱し、眩暈さえ覚えていた。もうこのまま意識を失ってしまいたいくらいだ。……けれど、そうもいかない。

 肩からうなじに手の位置を変え、僕の頭を固定させようとする彼の目をそっと見上げ、僕はポケットに手を滑り込ませた。スマートフォンを起動させ、言われていた通りに画面をタップする。


 ジリリリリッッ!


 廊下の火災報知器が鳴り響く。


 飛び跳ねるように立ち上がった副寮長と一緒に廊下に駆け出した。次々と各部屋のドアが開き寮生が飛び出して来ている。

「きみは上の階を!」

「了解、寮長!」

 駆け出して行く彼を見送り、ほっと、安堵の吐息を吐いた。


 煙も、火元も確認されず、誤作動だと直ぐに解り、騒いでいた寮生たちも解散。副寮長には、寮監に報告に行ってもらった。



 僕は自室に戻り鍵を掛け、ため息を漏らした。それから、とうとう我慢しきれなくなって吹き出してしまった。


 銀狐、きみ、この方法はカレッジ寮に伝わる伝統的ないじめ、嫌がらせ撃退法だと言っていたけれど、ちょっと人騒がせ過ぎるよ! それに、どう考えても何度も使える手じゃないよ……。


 腹の底から笑いが込み上げていた。僕はソファーに倒れ込み、クッションに顔を埋めて声を殺し、思い切り笑った。


 だって、あの真面目な彼が、こんな子どもの悪戯のような「安全対策」をし込んでいたなんて、僕を笑わせたかったとしか、思えないじゃないか!


 鳥の巣頭が怒るはずだよ!






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