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171 会合

 溶けて混じれば

 染まるのは一瞬



 僕の牽制の意味を理解してくれたのか、副寮長とボート部の二人は、掌を返したように仲良くなってくれた。元々同じボート部だし、寮は違うけれど気心のしれた仲だったのだろう。少し鬱陶しい面はあるけれど、気立てが良くてきぱきと動いてくれる彼らに、僕はかなり助けられている。互いのわだかまりを解消してくれて良かったと思う。


 だけど、ボート部の二人が、副寮長までジョイントに引き込んだと聴いた時には、さすがに腹立たしかった。「来年度の為ですから」と、彼らは澄まして答え、僕が納得しかねる素振りを見せると、「販売網のかなめはガラハッド寮で、代々のOBから連綿と受け継がれているのですから」と、したり顔で言われた。

 それはうちの寮が、と言うよりも、うちの寮にボート部の子が多いからだろう、と思ったけれど、そこは、卵が先か、鶏が先かの様なものなので、僕もそれ以上言い返すことは止めにした。

 それよりも、ジョイントにすっかり嵌っている副寮長が酷い中毒に陥らないように、気を付けてやらなければ……。



 僕は運動部の奴らが好きじゃない。だからといって彼らが僕の様に、酷い中毒症状に苛まれてしまえばいいとは思わない。

 彼らは、僕には思いもつかない彼ら独自の理屈でジョイントを利用し管理して、公に漏れることも、個人の人格を破壊するほど溺れることもなく、上手く付き合っているように、僕には見受けられていた。

 それは、僕自身を破壊したジョイントを彼らに売っている、今の僕の都合の良い言い訳かもしれないが……。


 だが、このボート部の二人の様に、友人やちょっと親しくなった相手を次々と引き込んでいく、となると勝手が違う。いくら生徒会とか、寮、部活の役付きという条件を満たしているとは言っても……。売上げが増えても周囲にバレる危険性は増すし、誰がどこで吸っているか把握出来ていないのは怖い。


 僕の危惧を、彼らは「先輩のためです。へまはしませんよ」と自信満々の顔で一笑に付す。


 そんな彼らは、僕にはとても危うく見えた。




 でも正直なところ、副寮長が仲間に入ったことで助かったのも事実だった。

 だって、狼のフラットに後継者として連れて行った彼は、物怖じしない様子ではきはきと彼の相手をしてくれ、僕は人形のようにじっとその時間を遣り過ごせば良かったもの。


 彼は狼に気に入られた。


 ボート部の二人が彼を仲間に引き入れたのは、狼がこの二人を使い走りとしか見なかったからだと、後から知った。


 ガラハッド寮にこだわっていたのは、狼だったのだ。


 委縮しきって、上手く受け答えすることもままならない僕とは違い、副寮長は聞き上手だ。彼相手に、狼はいろんなことを喋った。彼もまた、うちの寮の出であったとか。ボート部だったとか……。


 犯罪までが伝統化されるのか、この学校は……。


 薄らと作り笑いを浮かべながら、話に聞き入り相槌を打つ。

 ジョイントはおろか煙草さえ吸わなかった副寮長が、ジョイントのない時の口寂しさを誤魔化す為に、この僅かな間にすっかりヘビースモーカーになっていた。慣れた手付きで、狼の御相伴にあずかっている。


 狼は、売人がジョイントを吸うのを嫌がる。

 僕が彼に気に入られたのは、僕がジョイントを断ち切ることが出来たからだという。何年も吸い続けていたのだから、あの独特の匂いを隠すこと、いろんな危険な症状が出た時の対処法を知り尽くしている、そういう面も評価されたらしい。



「きみみたいに、きっぱりと止める事が出来た子は珍しい」

 狼は、いつものあのにやにや笑いを浮かべて僕を見た。

「大した意志の力だ」

 僕は曖昧な笑みを浮かべて顔を引き攣らす。

「それに、あの子のお陰かな? あの錆色の巻き毛の子。それとも銀髪の子の方かい? 全く、愛の力は偉大だな! それにしたって、きみみたいな綺麗な子なら、引く手数多(あまた)なのも良く解るよ」


 狼は愉快そうに声を立てて笑い、一見人懐こく、優し気に見える目尻の下がった目を細めて、値踏みするように僕を眺めた。今までにない、ねっとりと絡み付くような視線で。


 引き攣った笑みが、そのまま僕の上で凍り付く。ぺきぺきと音を立て、血までが凍って全身を巡ることを止めてしまった。僕は我が身が醸し出す冷気に凍え、震えることさえ出来ずに、彼から人ひとり分間を取った横隣に座ったまま拳を握り締めていた。気絶したりしないように、掌に爪を立てて。


 それきり狼は、鳥の巣頭や銀狐のことには触れなかった。そればかりか、大鴉にも、ラグビー部のあの男の件にも触れなかった。

 前回、あんなにしつこく尋ねたくせに……。

 この彼の沈黙が不気味だった。


 もう僕に尋ねる必要はない。そういう事ではないだろうか?

 必要な情報は、もう既に彼の手の内に握られている。

 そんな気がした。


 




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