15 生徒会選挙
廻り始めた運命の輪は止まらない
悲鳴のように
ギシリ、ギシリと身を軋ませる
一大イベントの創立祭が終わると、直ぐに学年末試験がやって来る。僕は必死で勉強中。
せめて入学時の順位には戻さなければ、学年代表を下ろすよ、と、そう、寮長に言われたから。だけど続けてこうも言われた。
いい成績を取れたら、ご褒美をあげるよ、と。
僕はとてもすっきりしていた。
僕はウロボロスの体内で、静かに微睡む僕を見つけた。踏みにじられ、蹂躙され、噛み砕かれたのは僕じゃなかった。僕はずっとここにいたんだ。何も知らずに。
彼らが欲しかったのは僕じゃなかった。可哀想な白い彼。白い輝きを放つ、あの白い彼だ。
僕の中の白い彼は、何処かに霧散してしまった。もう、僕にも見つけられない。多分、この蛇の腹の中に漂っているのだろう。
蛇にジョイントを貰ったら、また、きみを探してあげるよ。
「マシュー、余り根を詰めるのも良くないよ。また熱を出してしまうよ」
心配そうに鳥の巣頭が言う。
お節介な鳥の巣頭。母親にそっくりだ。外見はちっとも似ていないのに。
「平気だよ。ずっと体調が悪くて勉強出来ていなかったもの。もっと頑張らなきゃいけないくらいだ」
だから、邪魔するんじゃないよ。
「でも……。何だか、きみを見ていると怖いんだ。消えていなくなってしまいそうで」
消えていなくなったのは僕じゃない。あれは白い彼。僕じゃない。
「馬鹿だな」
僕は声を立てて笑った。
役に立たないなら、邪魔するな。
「寮長の処へ行って来る。勉強を見てくれる約束なんだ」
鳥の巣頭が泣きそうな眼で僕を見る。僕は急いで教科書を纏める。
「点呼までには戻って来るから」
立ち上がって鳥の巣頭の髪にキスしてやった。
「ありがとう。きみは本当に優しいよね。でも、心配いらないよ。副寮長も一緒だからね」
寮長は僕の髪の毛を弄るのが好きだ。長い指に僕の髪を絡ませる。巻き付けてついと引っ張る。僕にはそれが心地よい。
僕は寮長に凭れて教科書を開く。
寮長は僕の肩に腕を廻して首をくすぐる。くすぐったいけれど、僕はそれで安心する。猫みたいにじゃれつきたくなる。
でも今日は違った。
「全く番狂わせもいい処だよ。こうも票を奪われるなんて」
いつも余裕の寮長が、今日は不機嫌に眉を寄せている。
「ラザフォード? もう卒業だっていうのに、最後までやってくれたな」
「いや、直接動いていたのは別の奴だ。ああ、残念だよ。きみに生徒総監の椅子を譲っていけないなんて」
「別に構わないよ、俺は」
副寮長は煙を燻らせながらにっと笑い、
「それより、問題は売上だよ。ブライアンがお冠だ。大口顧客を捕まえないとな……」
そう言いながら、僕を見つめて目を細めた。
だけど、すぐに寮長に視線を戻して真剣な口調で話を戻す。
「生徒会の議席どれくらい流れた?」
「半数強」
寮長は考え込むように組んだ脚の上に頬杖をついている。
「おまけにソールスベリーが銀ボタンだ。最上級生を差し置いて」
不愉快そうに付け加えた。
銀ボタンは、この学校の最優秀生徒に贈られる称号だ。
副寮長が目を見開いて驚いている。僕も正直驚いて、教科書から顔を上げて二人の会話に耳を欹てていた。
「監督生入りか?」
「それが断ったらしい。単独の銀ボタンだよ」
信じられない! 監督生への就任を断る人がいるなんて!
驚きすぎて寮長を見上げ、ぽかんと固まってしまった僕を見て、寮長は苦笑して頭を撫でてくれた。
僕がなりたくて仕方が無かった奨学生の中から、更に優秀な二十名だけが選ばれる監督生……。そのトップに立つのが銀ボタン。
「学業に専念するって? 彼らしいな」
副寮長も、肩を揺すって可笑しそうに笑っている。
銀ボタンは監督生の権利を有し、義務を持たない。それは普通、監督生の中から銀ボタンが選ばれるからなのに……。
白い彼……。ソールスベリーという人はとかく変わった人だった。
寮対抗クリケットで学年優勝を果たし、最優秀選手として表彰されながら、クリケット部には所属していない。コンサートでヴァイオリンのソロを任される腕前なのに、音楽の課外授業も受けていない。更に言えば、学年代表ですらないのだ。
およそ考えられる全ての権威を一蹴する、孤高の大天使。彼がそう呼ばれる所以だ。
どうやら次年度の生徒会選挙結果と、監督生の選抜内容が寮長の腹立ちの種らしい。
生徒総監を兼任する寮長は一足先に結果を知って、腹の虫が治まらないということだ。
ほぼ決定していたはずの新生徒会人事が、大番狂わせの結果で終わった。生徒会と仲の悪い監督生側が投票操作をして、生徒会内部の口入れを行ってきた、ということだった。それも、こちら側の役員が金で寝返ったというのだから、笑い話だ。
蛇がしてやられるなんて……。
僕は面に出さないよう平静を保ちながら、腹の中で嗤っていた。いや、違う。嗤っていたのは白い彼だ。僕じゃない。それは、僕じゃない。
折角の、鳥の巣頭の兄貴を追い落として作り上げた寮長の王国が、来年度には崩れてしまうのだもの。
僕の髪の毛に差し込まれた寮長の指先から、怒りがひしひしと伝わってくる。僕は、不安になって寮長を見上げた。寮長は、僕に見向きもしない。
「次の監督生代表は?」
「ラザフォードの犬だよ」
「キングスリー?」
寮長は首を横に振った。
「カミングス」
「面倒だな」
副寮長もため息をついている。
ついていけない話は、もうどうでもよくなって、手にしていた教科書に集中しようと、視線を戻した。
来年度、蛇はもういない。でも、梟がいてくれる。梟は優しいけれど、ジョイントを吸わない。僕はどうすればいいのだろう?
アヌビスも卒業して、いなくなる。夏にまた、遊びにいこうかな……。
「ジョイントが手に入らなくなるんじゃないかって、不安なんだろ?」
突然、僕の心を見透かしたように、梟が煙水晶の瞳を僕に向けた。




