表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/206

134 創立祭5

 飛び交う数字・記号・符号

 僕には読めない

 きみの言語





 だが銀狐は溜息を一つつくと、梟と大鴉から話題を逸らした。僕にも関係があるから? 僕が梟に大鴉の金融レポートを見せたことが何か問題だったのだろうか? どう切り出したものか迷っているような彼を直視することが出来ず、ちらちらと伺いながら彼が話始めるのを待つしかなかった。


「きみ、知っているかな? 父の勤める重大不正捜査局(SFO)はね、主に経済犯罪を専門に取り扱う捜査機関なんだ」

 銀狐の静かな口調に、僕はおもむろに頷いた。


 普通の犯罪は地域ごと管轄の警察が取り締まるが、複雑な専門知識が必要な金融犯罪は、重大不正捜査局(SFO)か、ロンドン市警察内の英国詐欺情報局(NFIB)が担当する。

 以前、大鴉がロンドン市警に逮捕される噂が流れた時に、どうしてスコットランド・ヤードじゃなくて市警なんだろう、と気になって調べたんだ。


「ここ最近、と言っても、銀ボタンくんの投資サークルが発足されてからなんだけれどね、エリオット校生の父兄やОBを狙った大規模な金融詐欺が横行しているんだ。被害総額は百万ポンドに満たないから、本来SFOの管轄じゃないんだけど、そこはほら、僕がいるからね。在校生の父兄という事で校長先生直々の依頼なんだよ」


 やっぱり、金融詐欺……。大鴉が? そんなのって……。


 僕は泣き出してしまいそうな自分の心を抑えるために、きゅっと唇を噛んだ。


「全く、銀ボタンくんの秀逸なレポートを利用して、彼の名前を騙った証券詐欺だなんて。胸糞悪いよ!」


 いつもの銀狐にあるまじき汚い言葉使いに、僕は驚いてぽかんと彼を見つめた。銀狐はそんな僕をちらと見ると、ちょっと後悔したのか恥ずかしそうな素振りで視線を逸らせる。


「名前を騙ったって?」

 これだけではどう判断していいのか判らず、僕は鸚鵡返しに呟いた。


「ボイラールーム詐欺に似た手法でね、銀ボタンくんの投資サークルの会員ではないのに、友人や知り合いから彼の金融レポートを回して貰って読んでいたエリオット関係者に突然電話が掛かって、倒産寸前の会社の株を、銀ボタンくんのレポートには載せていない特別推奨銘柄だと言って売りつけたんだよ」


 銀狐は本当に悔しそうに顔をしかめている。僕はそれを聞いてほっとしながらも、

「本当に彼はその、犯罪には関係ないの?」

 と、念を押して訊ねた。

 あの薬物中毒のチューターの顔が浮かんだからだ。ああいう普通じゃない奴が、大鴉を利用するために彼に近づいているのかもしれなかったから。


「あの子ね、英国株は一切扱わないんだ。投資レポートも、アメリカ株、日本株、それに商品先物についてだけなんだよ」


 僕は彼のサークルに登録して、レポートを携帯で受け取ってはいたけれど、中身はほとんど目を通していない。幾ら大鴉の書いたものと言っても、僕には難解過ぎたもの。訳の解らない経済用語に涙が出そうだった。

 銀狐はそんな僕の思いを知ってか知らずか、表情を緩めてにっと微笑んだ。


「彼は無関係だよ。だから余計に腹が立つんだ」


 それは僕も同じ。


 銀狐が彼の悪い噂を全く信じていなくて、そして彼のために憤慨していることが嬉しかった。鳥の巣頭ですら同情するほど、今の大鴉の状況は悲惨だったから。

 いくらカレッジ寮が彼を庇ったところで、周囲の冷たい視線はそれ以前と大差はなかった。

 天使くんが本国から戻って来て、この酷い噂も少しは収まるかと思いきや、天使くんは大鴉に騙された被害者扱いで、大鴉はますます悪者のように言われている。


 僕は銀狐の言葉にほっと安堵しながらも、振出しに戻って、何故彼が梟の名を出したのかが気になって堪らず、僕の方から蒸し返した。


「それで彼のレポートと、マイルズ先輩がどういう関係があるの?」

「きみ、先輩にレポートの件、話したの?」


 銀狐は、もう一度同じ質問を繰り返した。

 僕は正直に頷いた。大鴉が犯罪に無関係なのなら、別に言っても構わないかなって思ったんだ。


「やっぱり、そっちのルートなのかな……。この証券詐欺の被害者ね、やたらボート部の出身に集中しているんだ。それも現役にはいなくて、ОBばかり。そしてそのОB繋がりの現役生の父兄。マイルズ先輩が関わっているかどうかは判らないけれど、ボート部の名簿から狙われているんじゃないかと思ってね」


 まさか梟が……!


 大鴉が引き起こしたと言われるより、梟の方がよほど信憑性がある。今度こそ本当に音を立てて血の気が引いていた。歯の根が合わずカタカタと音を立てる。僕は慌てて動揺する自分を押さえつけようと両手で頬を覆っていた。


 そんな僕を見て、銀狐は同情するように僕の腕にそっと手を添えた。


「マイルズ先輩が直接この詐欺事件に関わっている、って言っているんじゃないよ。銀ボタンくんの投資レポートは異常な速さで学校外にまで拡散されていたからね。悪用する奴が出て来ても不思議じゃない。先輩のことを聞いたのは、ボート部からの類推に過ぎないよ」


 嘘だ!

 銀狐は梟を疑っているに決まっている。


 僕は唇をへの字に曲げて、彼を睨めつけた。


「それに、マイルズ先輩はきみの話じゃもう国内にはいないんだろ? きみが最後に彼に逢った時にはオックスフォード大学も中退してしまっていたしね。詐欺事件はその後も継続して報告されていたし、組織犯罪なんだ。幾ら悪党でも学生に過ぎない彼に出来るような事じゃないよ」


 銀狐は、梟を疑っていないと言っているのに、僕は何だか梟のことを馬鹿にされたような気がして腹が立った。梟は賢いんだ。そんなすぐにバレるような詐欺になんて手を出す訳がないじゃないか!


 僕は梟を疑う気持ちと、そんな馬鹿な真似をする訳がないという思い、そしてどちらにせよもう彼はここにはいないのだから、という相反するごちゃごちゃの思いで沸騰しそうで、あのチューターのことを銀狐に話すのも、マクドウェルのことも、僕が本当に考えなければいけないことを全て忘れてしまっていた。




 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ