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132 創立祭3

 漂う残り香

 差し込む光線

 交差する

 闇




 マクドウェルと別れ、クリケット場に戻った時にはもう試合は終わっていて、人影はまばらだった。

 フェローズの森に向かう道から左に反れ、緩やかな斜面の丘を上った。雨は既に止んでいる。この分だと昼食会は予定通り。見晴らしのいい高台で寮ごとに用意された幾つもテントの下、立食パーティーが始まっているはずだ。


 鳥の巣頭が心配して僕を探しているかも知れない。

 そう思って道を急いでいて、見上げた先に大鴉がいることに気付くのが遅れた。


 すれ違う寸前に彼に気付いて驚いて目を逸らし、視界の端に入った彼の隣を歩いていたあのチューターに、今度は声を上げそうになり、僕は慌てて下を向いた。

 傍から見れば随分と挙動不審な素振りをしているように見えたのではないだろうか。


 大鴉がいつものように僕なんかに眼もくれず、真っ直ぐに足早に去ってくれたことがせめてもの救いだった。


 行き過ぎてしばらくしてから、無意識に口元を抑えそっと彼らを振り返って見た。


 雨は上がったとは言えそら寒い中を、大鴉はジャケットも羽織らず半袖の白のクリケットユニフォーム姿だ。試合の後着替えたのだろう。服は濡れていなかった。だが髪の毛はしっとりと湿っていて、無造作に掻き上げられている。

 その横をあのチューターは教員用の黒いローブを翻して歩いている。


 そのどこか覚束無い、そのくせ神経質な足取りに僕はますます確信を深めた。


 あの男……。間違いない。薬物中毒だ……。


 すれ違った時、ジョイントの香りはしなかった。コロンで誤魔化している訳ではない。多分、もっと別の……。


 以前カフェテラスで見かけた時には、あんな顔色ではなかった。

 虚ろなガラス玉のような瞳が、血色の悪い面に開いた穴にぷかぷかと浮かんでいるようにで。眼のふちは落ちくぼみ、真っ黒なクマになっている。そう言えば、今は眼鏡を掛けていなかった。肌寒さを感じるほどの気温なのに、額にはうっすらと玉の汗が浮かんでいた。少し身体を動かすのも辛いのではないだろうか?


 かつての僕のように……!


 あんな男が、僕の大鴉の傍にいるなんて! 大鴉に並んで歩いているなんて!


 僕と同じ腐った匂いがだだ漏れの、あんな、汚らしい男が!






 僕は不愉快さに、とても険悪な顔をしていたのに違いない。

 寮のテントの手前で心配そうにうろうろとしていた鳥の巣頭が、僕を見つけて駆け寄ってくるなり、開口一番に「気分が悪いの?」と訊いたから。


 僕は無理に笑顔を作って首を横に振った。

「雨が上がって良かったね。酷く降ってきたから雨宿りしていたんだ」


 鳥の巣頭は、あの時、どこにいたっけ?

 灰色の雨が(けぶ)るように降っていて。

 鳥の巣頭は別のテントにいたんだっけ?


「お腹すいちゃったよ」



 テントの下の長テーブルには白のクロスが掛けられ、設置された幾つものビュッフェ用チェーファーには色取り取りの料理が山盛りに用意されている。

 遅れて来たとは言え、料理はまだまだ残っている。


「あ、待って。きみの分、こっちに取り分けてあるんだ」

 テントに向かおうとした僕を制して、鳥の巣頭はやっと悪戯っ子のように笑い、木陰に僕の腕を引っ張って行った。

 そこではアウトドア用の簡易テーブルについた銀狐が、手を振って待っていた。




「父も、母ももう食事は済ませて社交に勤しんでいるからね。ゆっくりするといいよ」

 銀狐も鳥の巣頭と顔を見合わせ、くすくす笑っている。


 鳥の巣頭は給仕がサーブするように、慇懃にプレートを僕の前に置いた。気取った仕草で掛けてある紙ナプキンを外す。


 ローストビーフやサラダが綺麗に盛り付けられてはいるが、特に例年のビュッフェと変わりがあるようには思えない。

 僕はにこにこと笑って見ている二人を訝しく思いながら、料理を一口、口に入れた。


「美味しい……!」


 いつもの寮の食事とは比べ物にならないその味わい深さに、僕はびっくりして歓声を上げた。


「これ、カレッジ寮のビュッフェなんだ。ベンに分けて貰ったんだよ」


 銀狐が、小声で囁きながら向こうのテントを視線で示唆した。


「カレッジ寮の食事は、三ツ星レストランのシェフが作っているからね」

「もう、びっくりだよ。同じような料理でも、味は全然違うんだもの!」


 鳥の巣頭も大きな目を更に丸めて楽しそうに笑って言った。


 僕は微笑んで、二人が僕のために用意してくれたこの特別な昼食を、ゆっくりと丁寧に、味わって食べた。




 マクドウェルとは駐車場で別れた。彼はこの昼食会場には立ち寄らない。彼はここにはいない。

 それなのに、僕は彼にずっと見張られているような視線を背後に感じる。

 いつまでも、この肩の上に、彼の大きな掌がのせられているような感触が残っている。




 耳の奥で、


 ――愛情深い恋人に、誠実な友人。きみは恵まれた学園生活を楽しんでいるじゃないか。


 彼の、柔らかな、低い声が、


 ――今更、その大切な日々を手放したくはないだろう?


 残響のように震え、乱れながら、くっきりとした跡を刻みつけていた。





 

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