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126 悪い噂

 垂れ篭める暗雲

 目をこらしても

 見えない明日





 久しぶりに大鴉を見かけた。暫く遇わなかったのに。

 僕は執務室の窓を開け放っていて、横には銀狐がいて、鳥の巣頭は執務机に着いていた。

 銀狐は口をへの字にして、厳しい、話し掛け辛い表情で彼を見下ろしている。


 中庭をいつものように黒いローブを翻して歩く大鴉の背中を目で追いながら、僕は、あれ? っと首を捻った。


「ああ、そうか。いつもの取り巻き連中がいないんだね」


 やっと腑に落ちて頷くと、銀狐がちらりと僕を見た。でも何も言わずにすっと自分の机に戻って行った。



 その時の銀狐らしくないぎこちない反応の理由を、僕は数日してから知ることになる。




 試験勉強の合間をぬって、鳥の巣頭と学舎内のカフェテリアでお茶を飲んでいた時だ。

 たまたま、隣のテーブルで大鴉の噂話をしていたんだ。大鴉の投資サークルの話を。僕はどうも金融の話は苦手でよく理解出来なかったのだけれど、彼らが大鴉の悪口を言っていることだけは解った。僕たちの姿に気付いてからは更に声を高めて喋っていたので、生徒総監の鳥の巣頭に聞かせたかったのかもしれない。


 だけどそんな彼らの思惑に気付いていないのか、彼らが話している間中、鳥の巣頭は不機嫌そうに何度もカップを上げたり下ろしたり、お茶を飲んでいるのかいないのか判らないような挙動不審な動きをしていた。僕が彼らのことをちらちらと盗み見しながら、耳をそばだてていたことが気に食わなかったのかな?


 僕はそんなこいつが何だか可愛くて、顔を寄せて小声で囁いた。


 だって今までみたいな、歯を剥き出しにして相手を牽制し威嚇する犬みたいなこいつより、ずっと僕のことを考えてくれているように思えたもの。


「相変わらず彼は話題の人だね。サークルはもう解散している訳だし、生徒会の管轄外なんだろ?」

 怪訝そうに眉をしかめたこいつに続けて訊ねた。

「銀ボタンの子が、また問題を起こすんじゃないかって心配しているんだろ?」

 鳥の巣頭は、あっと小さく声を上げて頷いた。

「あ、うん。そう、そうなんだよ」


 上擦った声音で応えたこいつに、周りの視線が集中する。


「あの子、困った噂が流れているんだ。それも今までと比べ物にならない、校内だけでは収まらないような、酷い噂なんだよ」


 今度は、僕たちを囲むテーブルが耳をそばだてている。

 僕はこんなところで大鴉の話題を出してしまった、自分の軽率さに(ほぞ)を噛んだ。試験期間中で、いつもは混雑しているカフェテリアも、空いたテーブルの方が多いことがせめてもの救いだ。


 僕は話題を変えようと、試験の話をしようとした。ところが鳥の巣頭は堰の切れた川のように怒涛の如く喋りだして止まらなくなっていた。


「きみ、あの子のサークルに入っていたんだろ? 彼の書いたレポートを覚えているかな、原油に関する……」

「余り真面目に読んでいなかったから解らないよ」


 僕はうんざりしながら言葉を濁した。


「インサイダーらしいんだよ」


 インサイダー? 聞きなれない経済用語に首を傾げた。


「あの子、ずっと休学してアメリカに帰っているカレッジ寮のフェイラーと親しかっただろ? フェイラーの実家は石油関連の財閥だからね。彼から情報を聴いて、あのレポートを書いたんじゃないかって」


 だから? それが何か問題なの?


 いきなり出て来た天使くんの名前に、僕はますます意味を理解出来ずに怪訝な顔をしていたんだと思う。鳥の巣頭は、一瞬考えるようにくるくると目を動かし、


「つまりね、フェイラーの会社の内部情報を知っていて、その会社の株を売るように推奨して、フェイラー株と原油を暴落させたってこと。自分がそんな重要機密を漏らしてしまったから、フェイラーはアメリカへ帰国したまま戻って来ないんじゃないか、って言われているんだ。その会社に勤めている経営者や社員、その親族が、社外の人が知りえない情報を元に株式の取引をすることを、インサイダー取引って言うんだ。これは、違法行為だよ」


 さすがの鳥の巣頭も、「違法行為」の部分は声を低めて言った。


 ……濡れ衣だ、そんなもの。


 いくら財閥の令息だって、親元から離れて寄宿学校で過ごしているのに、会社の株を暴落させるほどの重要機密を知っている訳がないじゃないか。そんなもの、優秀な大鴉へのただのやっかみだ。


 僕はこんな馬鹿馬鹿しい話を真面目な顔をして話すこいつに苛立ち、顔をしかめた。


「それにもう一つ。今は試験期間中で生徒会も停止中だから保留にしてあるけれど、証券詐欺の苦情まで出てきているんだ。ここまでくるともう、僕らの管轄じゃない。試験が終わり次第、彼については審議に掛けることになると思うよ」


 真剣な鳥の巣頭の瞳には、苦悶の色が見て取れた。それが大鴉に対するものなのか、そんな大事件を取り扱わなければならなくなった生徒総監としての自分自身に対する自己憐憫なのか、僕には判らない。



 僕はじっと押し黙ったまま、そっとさっきの大鴉の悪口を言っていた連中を盗み見た。彼らは、にんまりと満足そうに微笑んでいた。

 僕に理解出来なかっただけで、彼らが話していたのは、今、鳥の巣頭が話したことと同じか、それに類することだったのだろう。


 僕は下を向き、木製のテーブルに視線を落としたまま、鳥の巣頭に訊ねた。


「あの銀ボタンの子、どうなるの?」

「噂が真実なら、放校は間違いないだろうね」



 鳥の巣頭は、申し訳なさそうに、僕に告げた。







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