125 死んだ監督生のこと
いつの間にか繁る
蔦のように
過去が絡みつく
梟に逢ったことを僕は正直に鳥の巣頭に打ち明けた。その方が、こいつが安心すると思ったんだ。
でもこいつは一瞬嬉しそうな顔をしただけで、直ぐに沈み込んでしまった。
僕は困ってしまって首を傾げた。
「彼がいなければ、僕はジョイントを手に入れることは出来ないし、誰かの相手をするように言われることもないよ」
鳥の巣頭は、口の端でははっ、と皮肉げに嗤った。
「僕はマイルズ先輩のようには、きみを暴力から守れない。どうすれば、この学校できみを守ることが出来るんだろう? 先輩はどうやって、校内の奴らを抑えることが出来ていたんだろう?」
鳥の巣頭は、梟は校内の危ない奴らを統制するために僕を競売に掛けるような真似をして、お金を得ていたと受け取っている。そしてジョイントで僕を縛り、従わせていたと。
こいつは、梟がジョイントを売っていたことは知らないから。
鳥の巣頭には、もちろん僕を狂犬どもに喰わせて校内の統制を計るなんて真似は出来ない。卒業してもなお、絶大な影響力を誇っていた、梟という絶対的な統率者がいなくたったことで、また以前のような酷いことが起きると危惧しているんだ。
でも、鳥の巣頭、きみは根本的に勘違いをしているよ。
僕の部屋のベッドに並んで腰掛けたまま、鳥の巣頭は虚ろに視線を漂わせてる。
梟のバックには、マフィアがいたからだよ。
そんなことを言ったら、きみは怖がって僕を見捨ててしまうだろうか? それとも……。
……少し考えれば判りそうなものなのに。
ジョイントが非合法なものである以上、その辺の雑貨屋で売っている訳がないじゃないか。皆、自分が吸っているジョイントを扱う梟がどんな危ない橋を渡っているか解っていた。だからこそ彼を怒らせないし、逆らわなかったんじゃないか。
あの死んだ監督生以外……。
銀狐があの監督生のことを教えてくれた。
今になって、彼が必死になって真実を知ろうと躍起になっている理由も。
大鴉と同じカレッジ寮の同学年に、あの監督生の弟がいるのだそうだ。白い彼の信奉者ばかりのこの学校で、その弟くんへの風当たりは半端ないらしい。
金のために白い彼を売り、彼に嫌われて自殺した卑劣で愚かな男、それが死んだ監督生の学内での評判の全てだったから。
何故なら死んだ監督生は、暴力沙汰で転校した同期の子の事件を筆頭に、百足男が監督生代表だった頃から慢性化していた上級生の下級生への酷い仕打ちを一掃する過程で、親友だった白い彼と袂を分かつ為の工作をしていたからだ。
蛇の代から梟へ移り変わる時の生徒会役員の多くが、蛇の思惑からずれ、監督生に仕切られる形に成り代わったのは、この死んだ監督生の画策だった。
この人が、その当時から絶大な人気を誇っていた白い彼の、クリスマス・コンサートでのヴァイオリン演奏の動画を本人に断りなく動画サイトに掲げて莫大なお金を稼ぎ、それを資金源にして旧生徒会役員を買収して息の掛かった新役員を選出させた。勿論、全ての役員を入れ替えることは出来なかったけれど、ラグビー部やボート部に占拠されていた生徒会に風穴が空き、体勢が一変したのだ。
そして、この事件で自分の信用を地に落として、わざと白い彼を遠ざけた。白い彼は、自分の動画を勝手に公にされたことで、ストーカーまがいに追いかけられたり、学校外でもスター扱いされて勝手に写真を取られたりで、一時は校外を一人で歩けないほどの実害を被ったのだそうだ。
白い彼を遠ざける為のこの芝居が、彼の弟を苦しめることに繋がるなんて、幾ら賢い監督生でも想像もつかなかったのだろう。
そして銀狐もまた、白い彼から真実を聴くまで知らなかったのだ。
白い彼は、あの監督生が死ぬ直前に、彼の真の想いに気付いたのだという。そして、今になって銀狐に自分の無念な想いを託した。恐らくは、死んだ監督生の弟の為に。
銀狐は、あの監督生が追っていたのは「月下美人」と呼ばれていた僕だと言う。死んだ監督生は、本当に誰にもジョイントのことは話さなかったのだ。決して自分に巻き込まれることのないように。白い彼をわざと遠ざけ、エリオットを転校するように仕向けたのも、自分のしている事の危険性が解っていたからだ。
梟は、「暴力事件で転校した子」のことを、「急性中毒で危うく死にかけた」って言っていたもの。
それに、あの監督生が追いかけていたのは僕じゃない。ジョイントだ……。
梟は教えようとしたのに。これ以上近づくな、って。
僕はこの事実を鳥の巣頭に話す訳にはいかない。もちろん銀狐にも。死んだ監督生が白い彼を守ろうとしたように、僕もこの口を噤み続けなければならない。
馬鹿で、正義感の強いこいつが、変な真似をしないように……。
僕は眉間に皺を寄せ黙り込んでいる鳥の巣頭を、そっと抱き締めた。
「大丈夫だよ。ケネスがいるじゃないか。もし誰かに酷いことをされそうになったら、ケネスに言いつけてやるって叫んでやる。ケネスのお兄さんに、お前なんか捕まえてもらうって」
呆気に取られたような、こいつのぽかんとした顔に、僕は思わず吹き出した。
「どうしたの? 僕は、変なことを言ったかな?」
鳥の巣頭はぶんぶんと首を振って僕を抱き締めた。でも、その背中が何故だか小刻みに震えていた。
僕は訳が判らなくて、こいつはまた泣いているのかと、泣き出したいのを我慢しているのかと、不安で落ち着かず、どうしようもないままこいつをぎゅっと抱き締め返した。




