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112 投資サークル

 風が、変わる。




 ハーフタームは鳥の巣頭の家で過ごした。一日一日が短調に繰り返される。同じ今日をリピート再生しているみたいだ。何も変わらない日常。平凡な日々。

 学校ではそわそわと落ち着かない様子で元気のなかった鳥の巣頭も、家では持ち前の明るさを取り戻して、僕たちはこの休暇をのんびりと過ごすことが出来た。



 学校に戻り、また代わり映えのしない日々が始まる。生徒会執務室での役務もいつも通り。


「銀ボタンからサークル新設申請書が出ているぞ」

 僕は銀ボタン、という語に反応して、ちらりと視線を上げた。

「何の?」

 鳥の巣頭も手を止めて顔を上げる。


「投資サークルだって。ええと、自分が開発したバーチャル・シミュレーションソフトを使って、株式市場分析。サークル活動期間は三から四ヶ月で、会員募集が……」

「却下」

「経済学のウッド先生と上級数学のブラウン先生の推薦状付き。創設理由、金融工学の不確実性に関するレポート執筆の為」

 無視して続けられた言葉に、鳥の巣頭は眉をしかめて渋い顔をしている。


「先生方のお墨付きじゃ、ね?」

 銀狐がくすくす笑いながら腕を伸ばし、指をひらひらさせて書類を催促している。手渡された書類をさらりと確認し、隣の鳥の巣頭の執務机に置く。鳥の巣頭は内容を読みもせずにサインして銀狐に突き返した。どこか不貞腐れているような鳥の巣頭を、銀狐は揶揄うような瞳で笑っている。

「これも。コンピューター室の使用許可書にサインを忘れているよ」

 返された書類から一枚を抜き出し鳥の巣頭の前でひらひらと振る。はぁ、とその陰で大きなため息が聞こえた。


「ちょっと、詳細を見せて下さいよ」

 二人の様子をチラ見しながら話に割り込むタイミングを計っていた数名の役員が、もう銀狐の周りに集まっている。


「きみら、そんなものに興味あるの?」

 鳥の巣頭がどこか呆れた調子で訊ねている。

「ここだけの話だけどね、」

 その中の一人が、鳥の巣頭に顔を寄せ声を潜めた。と言っても、内緒話というよりも、皆に聞かせたくてウズウズしているようだ。

 僕はカードを書きながら、耳をそばだてた。


「こいつが作ったソフトね、元々はソールスベリー先輩の会社で開発した資産運用の為の投資売買助言ソフトだって噂なんですよ。銀ボタンは、数学じゃケンブリッジからお呼びが掛かるくらいの天才だからね。そのソフトの精度を更に上げて、一般市販する前の試作運用のシミュレーションで、誤差を測るための人数集めなんだって」

「そんな、幾ら先輩の会社だからって、一般企業の練習台にうちの学校を使うっていう事?」

 声を荒立てた鳥の巣頭に、その役員は慌てて長い人差し指を一本立てて、諭すように振った。


「凄いパフォーマンスなんだ」

「意味が判らない」

 鳥の巣頭は唇を尖らせる。

「つまりさ、プロの使っている市場分析ソフトを、僕たちも目の当たりで見れるって事だよ」

「僕はゆくゆくは、銀行の投資部門志望だからね、このサークルには是非とも参加したいんだ」

「解らないかなぁ! こいつの金融の知識は、拝聴するだけの価値があるんだよ」


 皆、口々に大鴉を誉めそやしている。また、僕の知らなかった大鴉の一面だ。それなのに、鳥の巣頭は不愉快そうに眉根を寄せている。

「天才だかなんだか知らないけれど、問題を起こすようなら即解散させるからね」

 と、顎を突き出して言い放つと、執務机をコンコンと叩いて、集まっていた連中にそれぞれの机に戻るように示した。



 正直、僕には彼らの話がちんぷんかんぷんだ。だけど、大鴉がサークルを始めること。それが彼らみたいな新しいもの好きな連中に、かなりの期待を持たれている事だけは解った。


 ほどなく、鳥の巣頭は銀狐を誘って席を立った。執務室のドアが閉まるなり、


「あ~あ、ありゃ、総監は相当のお冠だねぇ」

「総監、銀ボタンのこと嫌っているからねぇ」

「尾を引いているなぁ」


 さっきの連中がため息をつく。僕が不思議そうに首を傾げていると、

「モーガン、お茶を飲むかい?」

 と、声を掛けて来て、近くの四学年生にお茶を淹れるように言いつけると、僕の処にまで椅子を引っ張って来て、

「なぁ、気になるんだろ?」

 と、僕の顔を覗き込むようにして囁いた。


「総監、前年度はあの銀ボタンのせいで危うく生徒会を辞めさせられる処だったからさ」

「え?」

 息を呑んだ僕の顔を見て、こいつは声を殺して肩で笑った。

「ほら、覚えているだろ、前年度の辞任劇。銀ボタンがらみのさ。本当は、あいつも引責辞任する筈だったんだ。あいつは結構直接的に関わっていたからな。それなのに、あいつだけがまだ四学年だから嫌だって、頑として首を縦に振らなかったんだ。汚名は払拭してみせるからって。そんなこんなでゴタゴタ揉めていた時に入院中だった副総監がさ、自分の代理にあいつを指名してやって、皆を納得させたんだ」


 鳥の巣頭からそんな話は聴いていない……。


「銀ボタンとあいつには因縁があるんだよ。だからさ、」


 彼の話はここからが本題らしかった。熱心な瞳で大鴉の発足するサークルの重要性を僕に解き、スムーズな運営が行われるように、せめて邪魔させないように鳥の巣頭を説得して欲しいと、僕に頼み込んで来た。


「僕如きが総監に意見を言うなんて、そんなおこがましい事は……。でも、その投資サークルは僕も興味があります」

 僕は困ってしまって、小首を傾げて作り笑いを浮かべた。

「へぇ! じゃ、きみもサークルに入るかい? 正式に承認が下りて詳細が決まったら声を掛けてあげるよ」

「僕にもお願いします」

 お茶を持って来てくれた同期の役員が愛想笑いを浮かべて言った。


 いつの間にか僕の席の周りに人の輪が出来ていて、大鴉のサークルの話に花が咲いていた。







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