109 ゴシップ記事
水面に映る月を
両手で掬う
ゆらゆらと揺れる面影
今年のクリスマス休暇は、鳥の巣頭がうちに来た。アヌビスが久しぶりに帰省しているからだ。表向きはAレベル冬期試験を目前に控え、兄の友人たちが出入りする自宅では勉強し辛い、との理由だ。本音は、僕の監視の為なのだろうけれど。
クリスマスはそれぞれ自宅で過ごし、鳥の巣頭は翌日の二十六日の昼過ぎに僕の家を訪れた。両親に挨拶を済ませ、充てがわれた客室に移動して僕と二人っきりになった途端、こいつは生き生きと頬を紅潮させ、ポケットから携帯を取り出した。
「もう見たかい? 凄い事になっているよね!」
相変わらずのゴシップ好きめ!
僕は眉をしかめ、軽蔑を込めてこいつを一瞥してから、手渡された携帯画面に視線を落とした。そして思わず、息を詰めた。
そこには、私服の大鴉の写真が幾つも写っていたからだ。SNSのサイトらしい。
画面をスクロールする指が、かじかんだように上手く動かない。
画面の中で、天使くんと手を繋いでふざけあうように笑い合っている大鴉は、僕の知っている大鴉じゃない、別の人みたいだ。
じっと僕を見つめる鳥の巣頭の視線を感じながら、僕は震えだしてしまいそうな唇を引き結び、奥歯をぐっと噛み締めた。
「クリスマス・デートって……。別にこの二人が一緒にいたって不思議じゃないだろ、同じカレッジ寮だし。確か、お兄さん同士が親友だって……」
以前誰かから聴いた話を、自分自身に言い聞かすように繰り返す。
「それはそうなんだけどね」
鳥の巣頭は僕の横から画面を覗き込むと、画面を切り替える。
「この女の子、ソールスベリー先輩の妹なんだ。どっちが彼の本命なのかな、って」
「妹……?」
僕は怪訝な思いで鳥の巣頭に顔を向けた。だって、大鴉と一緒にその画面に写っていた子は、褐色の肌に、黒髪だったから。
「先輩の腹違いの妹なんだって」
ポスターのモデルで一躍有名になった天使くんはともかく、何故大鴉がこうも騒がれているかって理由を、鳥の巣頭は掻い摘んで教えてくれた。
白い彼の会社の新製品発表の日、一時的にこの義理の妹が行方不明になったらしい。この義妹は幼い頃誘拐された事があったらしく、事件に巻き込まれた可能性から、白い彼は、新製品の記者会見を放棄して彼女を探しに出た。
幸いにも事件でもなんでもなく、義妹は博物館で大鴉と一緒にいる処を発見されたのだけれど、その時、大勢の人に囲まれたりした事で、持病のパニック障害を引き起こしてひと騒動あったのだそうだ。
その様子が、まずSNSで拡散され、しばらくして、白い彼の釈明謝罪映像が流された、という事だ。
この時の白い彼の対応が世間の同情を買って注目が集まっている時に、当事者の一人である大鴉は、また別の相手とデートして遊び廻っていたと、酷いひんしゅくを買っているのだそうだ。
「あのポスターの天使が先輩の弟だって、公表していないんだよね」
僕は、酷いとばっちりを受けて悪し様に言われている大鴉に同情せずにはいられなかった。
「エリオットの制服を着ているけれど、性別も不詳で売り出しているみたいだ」
生徒会としては、天使くんに関しては一切口外無用の方針を徹底させている。エリオットは個人のプライバシー問題にはとても煩いのだ。政財界や、両家の子弟が多く通う学校なのだから当然だ。
でも、
「どちらも先輩の弟に、妹なのだから、彼が一緒にいたって別に不思議でもなんでもないじゃないか」
僕は、再び、画面に流れる記事に目を走らせながら呟いた。
そこには、白い彼の代理として記者会見を行った大鴉の兄の記事も載っていた。やはり、去年のコンサートで白い彼と一緒にいた人だった。大鴉とは余り似ていない。
「学校が始まったら、これ、問題になるようなことなの?」
僕はようやく平静を取り戻し、くすりと笑って携帯を鳥の巣頭に返した。
鳥の巣頭は意外そうに、大きく目を瞠って僕を見つめる。
「ん?」
微笑んで、ちょっと小首を傾げると、鳥の巣頭は苦笑いしながら首を横に振った。
「大した事じゃないよ。ただ、」
「ただ?」
「きみがショックを受けるかな、って心配だっただけ」
「どうして?」
目線を逃げるように漂わせたこいつを、僕は笑みを顔に張り付かせて覗き込む。
「だって……。いや、いいんだ。そうだ、さっき、きみのお母さまが、荷物の整理がついたらお茶にしましょうって。先にいただきに行こうか。僕、喉が渇いちゃって……」
はぐらかすようにドアに向かうこいつの背中に、「先に行って。すぐに行くから」と声を掛けた。鳥の巣頭はちょっと眉をあげて、「解った」と部屋を出て行った。
僕はポケットから、自分の携帯を取り出した。生徒会に入ってからやっと持たせてもらえるようになったものだ。
さっきの大鴉の記事を検索する。
大鴉の写真……。天使くんとも誰とも写ってないやつがいい。いや、取り敢えず全部保存しておいて、後で素知らぬふりをして、鳥の巣頭に画像編集のやり方を訊こう。
優しい眼差しを天使くんに向ける大鴉。
その写真に、胸はずきずきと痛んだけれど、それ以上に、こうして彼に知られる事なく彼を見つめていられる喜びに、僕は緩みきった頬を引き締める事が出来なくなっていた。




