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97 差し入れ

 秋晴れの空が

 キシキシと音を立てるのが

 聴こえるかい?

 あれは、空が墜ちる前触れなんだ





「僕は一度だって、きみが他の誰かに似ているなんて思ったことはないよ」

 寮に戻り、僕の部屋に寄って一服していた時、鳥の巣頭はしみじみと言った。

「初めて逢った時から、きみは僕がこれまで出会った中で一番綺麗で、可愛らしい子だった。他の誰とも比べられない程」

「初めてって、この寮の部屋に案内された時かな?」

 鳥の巣頭がえらく大真面目な顔をしてそんな事を言い出したので、僕も入寮の日の事を懐かしく思い出していた。けれど、鳥の巣頭は首を横に振る。

「きみは覚えていないだろうけど、入学試験の日に遇ってるんだ、僕たちは」

 ちょっと照れたように、こいつは首をすくめる。

「僕はきみのことがずっと忘れられなくて、この寮で同室だって紹介された時は本当に嬉しくて、舞い上がったよ。これは運命だって思ったんだ」


 僕はなんだか気恥ずかしくて、声を立てて笑った。

「大袈裟だな」

「本当だよ」

 鳥の巣頭は憮然として唇を尖らせる。


「僕は運命なんて信じないよ」


 僕の放ったその言葉は、僕の上にも、こいつの上にも冷たく鳴り響いた。

 運命なんてもの、信じる訳がない。

 僕にこの寮で再会したのは運命だって? 違うだろ?

 それは、僕が奨学生の試験に落ちたからだ。それじゃあ鳥の巣頭の運命は、僕の不運の上に成り立っているってことか? 

 そんなことにも気が付かないおが屑頭……。


 僕の冷たい言葉に凍りつき、こいつの茶色い瞳が泥のように暗く沈み込む。身体を強張らせ、打ちひしがれる。



「僕は、運命なんかじゃなく、きみはきみの意思で僕の前にいる、って言って貰える方が嬉しいんだよ」

 僕はこいつが可哀想になって、言い足した。

 伏せられていた睫毛が持ち上がる。口角が上がる。こいつは、笑うと笑窪(えくぼ)が出来るんだ。

「もちろんだよ、マシュー」

 にっこりと頬笑みを取り戻したこいつに、僕もほっとして笑みを返した。



 僕は運命なんて信じない……。


 その時僕は、はっきりとそう言い切った。

 僕を押し流す運命という大きな力を、否が応にも感じずにはいられなくなる。そんな日が来ることを、僕はまだ、知らなかったんだ。






「前年度に比べて、執務室に差し入れが増えているような気がするんだけど。どうしてかな?」

「おや、きみに解らないとはね」

 ハーフタームを前にした夕方の執務室で、鳥の巣頭が大きく伸びをしながら首を捻った。傍らの銀狐は、訳知り顔でくすくすと笑っている。僕は相変わらずカードの清書で忙しかったし、室内には他の役員も数人いたので会話には加わらなかった。


「マシュー、お茶は?」

 役員の一人がお茶のセットを置いてあるコーナーから声を掛けてくれた。

「あ、はい」

 僕は慌てて立ち上がった。お茶を淹れるのは僕たち四学年生の仕事だ。

「ああ、いい、いい。続きを先にやれよ。ついでで淹れるだけだからさ」

 威勢のいい声が返ってくる。僕はどうしていいのか判らなくて鳥の巣頭を盗み見た。


「おい、執務室内では、」

「名前呼び禁止! 失礼しました、総監」

 ちっとも反省している様子のない明るい声がすかさず返る。学校では、原則苗字で呼び合う。名前で呼び合うのは、親しい者同士のプライベートの時だけだ。


 ドン、ドン、と、ノックの音がする。


「おーい、総監!」

 ドアから突き出た顔が執務机の鳥の巣頭を見つけると、手にしていた紙袋をガサガサと揺すった。

「家から送って来たんだ。良かったらみんなで食ってくれ」


 またか! という顔で、鳥の巣頭が銀狐と顔を見合わせている。だが、役員のみんなが口々にお礼を言っているので、僕も一緒にお礼を言った。その人は嬉しそうに笑い返してくれた。

 そして、当たり前のようにお茶を淹れている役員の横に行くと、「俺の分もな」と、準備の手伝いなんか始めている。見たことのある人だから、どこかの部活のキャプテンか、副だろう。

 こんな処で油を売っていていいのかな、と眺めていると、「ご苦労さん」と、僕にもお茶と、差し入れのチョコレートを持って来てくれた。

 ハロッズの缶に入った一口チョコに、僕の瞳はキラキラと輝いた。だって、本当に久しぶりだったんだもの!

 でも、色んな味がある中から一番に選ばせて貰っていいものか、僕は鳥の巣頭に目をやった。


「いいから好きなのを取れよ」

 頭上から大きな声が降ってきた。

「はい! ありがとうございます」

 急いで一つ摘み上げ、上目遣いにそっと彼を見上げお礼を言った。別に、その彼はぐずぐずとしていた僕の様子を怒る訳でもなくにこにこと笑っていたので、ほっとして微笑み返した。


 お茶がみんなに行き渡った頃、チョコレートを摘み上げて口に運んだ。蕩ける甘さに頬が自然とほころぶ。

 だけどすぐに、しーんと静まり返っている室内に慌てた。みんなの視線が僕に集中している。


「美味しいかい、モーガン」

 銀狐のいつもの揶揄うような声に、安堵して頷いた。

「ええ、とっても!」

 笑い声が起こり、何事もなかったように雑談や、先程までの役務の続きが再開される。


 狐に摘まれた気分で首を捻りながら、温かいお茶をすすり、書き掛けのカードに視線を落とした。







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