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黒いリムジン(猫入り)

 後部座席にはニャー次郎が丸く座っていた。黒服の男が由理子とマンテルが腰をかけたのを確認すると静かに車を発進させる。かつてマンテルが、ペットゲージに放り込まれて動物病院に連れて行かれたときに乗せられた、飼い主の車とは雲泥の差があった。走行中でもまったく揺れがない。

「では、役者が揃ったようじゃのう。儂とマンテルに例の調査結果を教えてくれニャいか?」

「了解いたしました」

 マンテルは自分ごときがこの場に招かれた理由を即座に把握する。あの忌忌しい、こたつの件だ。

 由理子はアタッシュケースからタブレットを取り出し、軽く咳払いをした。

「現在の被害状況ですが、各方面隊基地と本省で集めたデータによりますと、全猫の五〜六割がこたつで休めていないようです。被害の程度はさまざまでありますが、悪質なものになると、その都度、暴行を受けているようです」

 ニャー次郎は顔をしかめた。

 マンテルも、自分よりひどい境遇にある同胞の存在に衝撃を受ける。

「特に、小学生から大学生、いわゆる学生との同居の場合において、被害は八割を上回っています。二十〜三十代の一人暮らしで四割。二人暮らしの夫婦、及びそれに近する居住形態で一割以下。この数字は都市部だけでなく、地方でも多発しているようです」

「つまり儂やマンテルの近所だけでなく、日本全国で起こっているという訳だニャー。にゃあむ、これほどまでとはな。儂の認識不足ニャ。それで、その原因を突き止めているのかな?」


「はい、もちろんです」

 由理子はタブレットをスワイプさせる。

「司令官も、おそらくマンテルも、ご存知ないと思われますが、二週間ほど前に、S社、N社、M社から最新式のゲーム機が立て続けに発売されました。それに合わせて、数多くのローンチタイトルやキラーソフトなども連日発売され、どれも品薄状態となっています」

 マンテルはそっとニャー次郎の顔を窺うと、怪訝そうに鼻をひくつかせている。

「天乃森君、さっぱり意味がわからんニャー。年寄りでもわかるように説明してくれニャいか?」

 答えをはぐらかされたかのように感じたのか、ニャー次郎はヒゲをぴくぴくとさせている。マンテルも遠慮がちにぴくぴくさせた。

「これらは、テレビに接続して遊ぶ、玩具です。所謂テレビゲームというものです」

「テレビゲーム、でアリマスか?」

 マンテルの耳がぴんと立った。

「そうよ」

 由理子はマンテルに目を向けると呟くように答えた。

「これらテレビを用いた玩具の、爆発的人気シリーズが偶然にもほとんど同時期に発売されてしまったため、人間達はテレビを占領し、それに熱中してしまっているのです。大手家電量販店の前で行列ができているのを、報道でご覧になりませんでしたか? 社会現象といっても過言ではないでしょう」

 ミャ!? ああ、あれでアリマスか!!

 マンテルはこたつで寝転んで見ていたニュースを思い出した。確か、マンテル家の子供もわざわざ早朝から並びに行っていたはずだ。その日からマンテルはこたつの部屋に入っていっていない。

 しかし、ニャー次郎は釈然としないようだ。

「天乃森君や、いまいちわからんのニャが、なぜそのテレビゲームとやらが儂らのお昼寝の邪魔をするんじゃ?」

「それは司令官もご存知でしょう。この寒い時期には猫だけでなく、人間もこたつにあたります。そこでミカンを食べることもあれば食事をすることもあります。本も読めば居眠りもします。もちろん、テレビゲームという玩具で遊ぶこともあります。それだけならば、何の問題もありません。ただゲーム機本体、それに付属するボタン、接続するケーブルなど、これらは猫の足、肉球と大変相性が良くないのです。つまり肉球に敏感に反応してしまうのです。そのため猫達は、移動やお昼寝の際に、こたつ付近に設置されたゲーム機本体のリセットボタンや電源ボタンを踏んでしまったり、接続ケーブルに引っかかってしまったりしてしまうのです。それによってゲーム自体が一時中断されたり、最悪のケースですとセーブデータが消失してしまうことがあるのです。中にはゲーム機本体にじゃれついた猫が、ゲーム機そのものを壊してしまったという事例もあるそうです」

「要するに儂らが人間の遊びを邪魔をしているとうことかニャ?」

「はっきり申し上げると、そうなります」

「テレビゲームというものは、よく知らんでアリマスが、ケーブルに戯れついて子供達に怒られたことはあった、でアリマス。しかし、それくらいで叩かれるなんて信じられないでアリマス・・・・・・。でも子供達が夢中になってるのは確かでアリマスミャー」

 マンテルも納得したらしく由理子に同意した。

 ニャー次郎は話を玩ぶかのように、しっぽをばたつかせると首をかしげた。河村家にはゲーム機というものが存在しない。故に、彼女の報告が漠然として見えるらしい。

 車窓には銀杏並木がずらりと並んでいた。木の葉はすっかりと散り落ちて、幹だけが肌寒そうにその身を晒している。夏は緑で生い茂り、秋は見事な黄金色に染まる。されども今は身を裸にして、ただじっと春の訪れをひたすらに待っている。

 旧防衛省はこの銀杏並木を越えたところにある。

 マンテルはミャンと膝をうった。

「なるほど、了解した、でアリマスミャー! だから人間達は、自分らがゲームを妨害すると思って、自分達をこたつから追放した、のでアリマスね!」

「そういうことになりますね」

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