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青春ニャンニャカニャニャニャ

 猫達がお昼寝から覚める頃にはすっかり日も暮れかかる。

 夕日とともにお昼寝会も散会となる。

 雲は真っ赤に染まり、ミカボシは何となくソーセージを想像してしまった。ぐぐうと腹の虫が騒ぐ。

 先ほどまでの陽気も嘘のようで、この季節、日暮れとともに徐々に寒くなり、風も初冬のそれとなる。

 最後まで寝ていたニャー次郎も、ぶるりと寒気に身体を震わすと、大きなあくびを一つ残して公園を後にした。

 猫達が公園を去った後、野良猫達はいそいそと姿を現した。公園は再び彼ら達のものとなる。

 ミカボシは自宅マンションへの帰り道、おどおどと頼りなく歩く微笑みデブの姿を見かけた。

 おや、うん、彼は俺のご近所さんだったねえ。

「ねえ、微笑みデブ君、ちょっといいかい?」

 ミカボシの声に、微笑みデブはギョッとしたのか、身体を強張らせるとぎこちなく振り返った。首回りの肉は盛り上がり、少々顔つきが変わっている。

 いや、まあ、すごい脂肪だ。これはこれで、うん、大したもんじゃないか。生き物としてな訳だけど。

 ミカボシは半ば呆れ返るも、とことこと微笑みデブの元へ駆け寄ると話しかけた。

「君は、あれだ、確か三丁目に住んでるんだってねえ」

「は、はい。そうですねん」

 恐々と新入り猫は頷いた。

「俺もねえ、その、うん、三丁目な訳で、よかったら一緒に帰るかい?」

 微笑みデブは「よ、喜んでお供しますわ」と嬉しそうに目を輝かせる。そのお腹はふるふると揺れていた。




 ミカボシの横で唯歩いただけにも関わらず、微笑みデブは特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)猫長の猫望(人望)の厚さを目の当たりにしてしまった。

 すれ違う猫はすべて頭を下げて道を譲る。野良猫などは目すら合わせずそそくさと身を隠す。でありながら、飄々とした態度。ふんぞり返っている訳でもないのに、感じるその存在感。

 こうして声をかけられなければ、微笑みデブもとっくに逃げ出していただろう。

 初めての体験である。普段自分が見ている光景とは、まったく異なるものだった。不思議でとても心地よい気分だ。

 尊敬するミカボシさんとご一緒するのもおこがましいのになあ……。いつもは遠慮して道の端っこを歩くボク。でも今日は堂々と道の真ん中を歩いてんねん! まるで夢や。こんなにも素敵やなんて、どうか夢やったら醒めんといてください!

 微笑みデブには夢の世界、だがミカボシには当たり前の世界だ。微笑みデブはそんな毎日を過ごすミカボシに驚嘆せざるを得ない。

「ミカボシさん、ほ、ほんま、貴方はごっついお方です」

 ミカボシは訝しそうに微笑みデブに顔を向ける。スマートなミカボシが振り返っても、微笑みデブのように顔つきが変わることはない。もちろん、新入り猫の夢見心地など知るはずもない。

「うっ、噂は基地でお聞きしました。対ドイツ戦の活躍とか、対中国戦の奮闘ぶりとか・・・・・・この前のアメリカ戦とか、ほんま素晴らしいですわ。まだ五歳にもなってはってないのに・・・・・・やっぱりミカボシさんは日本猫軍の誇りですねん」

 ミカボシは、微笑みデブの熱い視線に照れたのか、耳をぴょこぴょこ動かした。

「あのペットボトルをビビらんなんて、ほんま、たまりません。こうして一緒に歩かせていただけるだけ光栄ですわ。ほ、ほんまにすごいとしか言えません!」

 褒め言葉がくすぐったいらしい。ミカボシはこほんと咳をした。

「ああ、うん、それな。まあ、別に大した話じゃない訳で。いや、まあ、そういう君はどうなんだい?」

 ミカボシの何気ない問いに、微笑みデブは顔を曇らせる。




「ボッ、ボクは何もできひん猫ですねん。ミカボシさんもご覧になったでしょう。ボクはあかん猫やねん。基地でも、太陽公園でだってアホにされて・・・・・・。そのくせ身体だけごっつ大きゅうなって・・・・・・。ボクは戦闘名称(バトルネーム)通りの臆病で根性なしのデブ猫なんや」

 ・・・・・・うん、これはやっちゃったなぁ。いや、何だかマズい流れだねえ。

ミカボシは微妙な空気をすぐさま察知し、軽く後悔する。元々、こういう流れは彼の性に合わない。

「それ較べてミカボシさんは・・・・・・」

 微笑みデブは話題を続けようとする。

 いけないぞぉ。この展開は、まあ、駄目な予感がする訳で。うん、変えよう、話題。うん、すぐに。

 ミカボシはさりげなく微笑みデブの話を遮った。

「いや、うん、それにしてもニャンヌ・ダルクだったかい? 彼女はとても美しい猫だねえ、これ、マジで」

「ニャンヌさんですか?」

「そそそそ、綺麗だねえ、とてもとても、素敵な訳で」

「かっ、彼女もどえらい猫ですわ。訓練のときからみんなに注目されはって、二代目ニャンジャー部隊の隊長だったニャン・ベリーさんの再来、とか言われてますねん。特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)に入隊しはるなんてすごいですやん。それにごっつキュートやし・・・・・・。ニャンヌさんなら、きっとミカボシさんの右腕になりはるますわ。絶対そや」

 ニャンヌの名前に、微笑みデブの顔は明るくなった。当たり前だが、ミカボシがそれを見逃すはずはない。

 いいねえ、これは、とてもよい感触だねえ。うん、この話題でいこうじゃないか。

「おや、いやいや、これはこれは、君はニャンヌ君に好意を抱いている、もしかして? 若猫らしくやるじゃあないか」

 ミカボシがからかうと、デブも照れ笑い。恥ずかしそうに前足で頭をぽりぽりとかいた。

「うん、確かに君のお目は高い。顔つきといい、瞳といい、毛づやといい、スタイルといい、非の打ち所はない訳で。彼女は素晴らしい。そう、これ、当然な」

 ミカボシの話に、微笑みデブは何度も何度も相づちをうつ。本当に嬉しそうだった。

 だが、それも束の間、すぐに微笑みデブは深い溜め息をつくと、沈んだ表情を浮かべる。

「そ、そやけど、ニャンヌさんは遠い存在過ぎますわ。こんなボクなんて目もくれへんに決まっとる。現に訓練の同期やいうのに、ボクの名前すら覚えとらんかったし。彼女は凄すぎんねん。彼女が月なら、ボクはミドリガメがいいとこですわ。ミドリガメって知ってはります? 日本じゃ要注意外来生物で、息吸うだけで環境破壊になりまんねん」

 新入り猫の暗い口調に、ミカボシはまたもや頭を抱えることになった。

 これは、うん、参ったね。いやはや、とんでもない地雷だったね。不覚。そう、これ面倒な。

 二匹に暗い沈黙が走った。遠くで時刻を知らせるサイレンが鳴っている。もう十七時を回っていた。『遠き山に日が落ちて』のメロディがミカボシを余計に寂しくさせる。

 微笑みデブはしょんぼりと俯きながら、とぼとぼ歩いている。彼のグレーと黒の縞模様もそろそろ見づらくなってきた。

「うん、それな!」

 ミカボシは突如舞い降りてきた閃きに、彼らしくない叫び声を上げる。無論、肝が小さめな微笑みデブが吃驚したのは言うまでもない。

 ミカボシは微笑みデブの真正面に立つ。その真剣過ぎる表情に、デブ猫はやっぱり後ずさる。

「次の戦争で思いっきり手柄を立てる訳だ! そう、目茶苦茶やっちゃう訳な! 訓練が駄目で、今が駄目で、なら戦場で見返せばいい訳で。うん、良いところを見せるんだねえ。戦功さえありゃ、普段、カス猫だっていいんじゃあないかい? ニャンヌ君だけじゃないねえ、他の猫達だって必ず君を見直すだろうねえ」

「そ、そやかて彼女はエリートの特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)で、ボクなんてまだ受け入れ先もない予備猫やさかい・・・・・・」

「そそそそ。それこそ、逆に願ってもないチャンスな訳で。みんなが、いや、うん、俺やニャー次郎司令官もできないようなことをやり遂げれば、そう、とってもハッピーエンドになるんじゃあないかな? いや、何だったら直接司令官に志願してもいいくらいだねえ」

「ほやけど」

「ほやけど、無しな。いや、うん、これはとても良い考えだ。そう、他の猫どもを飛び越えるには、それしか方法はない訳で。まあ、嫌なら君は今のまま、ずっとこの先も『微笑みデブ』ってことになるけど、それで本当にいいのかい? 何もできない微笑みデブ、自分が駄目なら、駄目な自分が残るだけってねえ。うん、これは人生の分岐点になるだろうなあ」

 そそ。これでわからなきゃお終いな訳で。うん、それな。

 時報のサイレンが街中にこだまする中、特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)猫長を前に、微笑みデブは呆然と立ち尽くしている。

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