老猫の思考
新猫紹介も終わり、二—二〇二の太陽公園猫集会も平常通りの日向ぼっこの時間となった。
会自体はニャー次郎の発案によるもので、近隣に住まう猫達の親睦を深めるために、定期的に開かれているものだ。会の内容はお昼寝、唯それだけである。
しかし何かしらの問題に直面したときは、猫達で話し合い、場合によっては上層部に訴える。ちょっとした諮問機関的な役割も担っている。このような猫の集会は太陽公園周辺だけではなく、全国各地で催されている。
ニャー次郎が、ぐうと目を閉じかけたとき、一匹の猫が訴え出た。
その猫の戦闘名称はトーマス・マンテル。日本猫軍第三猫歩兵団の一兵猫だ。齢六歳。大きな鼻に、背中と頭にある褐色ポイントのある白猫。お世辞にも美猫とは言い難い、見栄えのしない猫で、派手な勲功はないが一猫兵として実直に任務をこなしてきた。
ニャー次郎は片目だけを開き、マンテルを見た。今日はとてもいい天気で、ぽかぽか。老猫は垂れかけたよだれをずずっとすすり上げる。気を抜いたら眠ってしまいそうになる。
おお、いかんいかん。気を抜くとこれじゃ。
しまい込んでいた右前足でよだれを拭う。眠気眼のその目は糸のように細い。
「司令官殿。・・・・・・実は今、太陽公園付近在住の、自分も含めた同胞に深刻な案件が持ち上がっているのでアリマス」
ニャー次郎は眠気を追い払うと、両眼をしっかりと開いてマンテルを見据える。マンテルの物おじをしない態度に、ニャー次郎は好感を持った。
「近ごろ、同胞の多くがこたつでお昼寝させてもらえていないのでアリマス。休んでいないのでアリマス」
マンテルは目の前の老司令官から視線を僅かにそらすと、悔しそうに歯を食いしばった。
「自分達がこたつで寝ようとすれば、子供が『どけ』と邪魔するのでアリマス。いや、それはいつものことでもアリマス。しかしながら、それはあくまで寝ている自分に悪戯するのでありまして、こたつのある部屋にさえ近づけてもらえない、などということは初めてなのでアリマス」
ニャー次郎は頷いた。そして座り直すと両前足で上体を支え、ゆっくりと猫達を見回した。
「それは本当かのう?」
猫達は次々とマンテルの訴えに同意する。その数は、マンテルの言う通り、この猫集会に加入する猫達の半数を上回っていた。
あまりに多い暴挙の被害猫にニャー次郎は面食らう。
「にゃあーむ、ミカボシ、お前さんのところはどうじゃ?」
「うん、いや、俺んとこは別にそんなこたぁないですねえ」
「むう・・・・・・儂もお前さんと同じじゃ」
そう言って黙り込んだニャー次郎を、猫達は待った。
「私も違うかなーってぇ」
ニャンヌもミカボシに囁いた。
日本猫軍総司令官は身動き一つせず、じっと思慮を巡らす。いつの間にか、また腹這い姿勢にに戻っていた。腕を組むように両足を胸元にしまう。
彼のヒゲに蜻蛉がとまった。季節外れの赤蜻蛉は、紅色の眼でくりくりと辺りを見回している。
ニャー次郎は蜻蛉に気がつかない。固まったままだ。
「ね、寝てる!」そう思う猫すらいた。
この問題、如何様にせん。
うぬぬぬと唸って、小さい頭で考え抜く。
鰯のような雲が空を覆う。公園の白樺の木に影が落ちる。雲は悠然と風に吹かれるままに飛んでいく。そよ風に落ち葉がふわりと舞い上がった。
鰯雲の間から再び陽光が差してから、ようやくニャー次郎は口を開いた。蜻蛉は仰天して飛び上がり、今度は頭に着地する。五分の一の猫が居眠り、起きていた猫も慌てて居ずまいを正す。
「事は思いの外、重大そうじゃ。皆の苦境、しかと承知したわい。この様子だと、問題はここだけのことではなさそうじゃな。早速、儂が本部に調べさせよう。その結果次第で、最善の策をうつ。今日はこれしか言えん。すまんが、もうしばらく我慢してくれんかのう」
ニャー次郎の言葉に猫達は「ニャッ」と返事をし、眠っていた猫達も驚いてびくりと痙攣する。すでに蜻蛉は空高く飛び去っていた。