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教科書的な、あまりにも教科書的な(閑話休題)

 二〇××年四月一日、国連で『恒久的戦争権及び紛争権放棄条約案』が可決された。

 もちろん、当時の当該条約案本会議時、本気で条約を実現しようと考えていたのは日本とバチカン市国と、「ラヴ&ピース」な時代遅れのヒッピー崩れどもが国民の過半数を占める国だけだった。アメリカを筆頭とする多くの先進国からアフリカの名のしれない国々まで「パねえ。マジパねえ」と鼻で笑って、端から採決が可決されることなどとは考慮していなかった。だが、運善く、あるいは運悪く、この条約がバチカン市国から提出されたのが、折しもエイプリルフール。大多数の国連大使がローマ法王(ローマのパパ)のハッピー・ジョークと勘違いを起こし「やべえ、マジ法王(パパ)様、パねっすわ!」と悪乗りし、次々と賛成に挙手してしまったのだ。

「え、マジすか? 聞いてないっすよ、そんなの?」と我に返るのも、時すでに遅し。可決した条約に、すぐさま条約の破棄案を提出。けれども当時の日本政府の迷総理・丘田憲太郎による「武士と政治に二言はありませぬ」とともに見事棄却され、世界のミフネ演じる侍魂(サムライ・スピリッツ)に憧れる各国の首脳達は、涙を飲みつつもこの条約の批准に合意した。まさに奇跡、運命、予定調和、悪魔の悪戯、適当って大事だね精神。とにかく世界から戦争は消え去ったのだ。

 戦争が絶えた地球からは『ノストラダムスの予言(笑)』や『ヨハネの黙示録(爆笑)』に記されていると恐れられた核兵器は廃棄され、世界大戦による人類滅亡の危機に瀕することもなくなった。地球と人類の未来は守られたのである。世界はハッピーセットとスマイルのサービスのように、幸せだな、私もよ、貴方、君の笑顔は本当に素敵だ、まあ、なんてこと、ふふ、ホントだとも、いやん、それじゃ目を閉じて、おぅ、こんな明るいうちからかい? いやん。と人類史から観ればまことスィートな時代となった。

 ところが、である。このような有史以来、稀な平和を享受する中、人類の多くに異変が現れた。もともと戦争をレジャーとして楽しんできたアメリカ人は暇で暇でしょうがない。また戦争をスポーツだと断言していたロシアも国民の身体が怠り始め、アルコール中毒よりも深刻な肥満問題に頭を抱えた。戦争をお祭りと楽しむイスラエルもカタルシスを得ることがなく。既婚者以外は夜ごと悶々とした日々に苦しんだ。

 その後、「明るい戦争計画♪」キャンペーンが世界各地で自然発生。政治的手段、経済的手段、余興的手段、体操的手段、自己実現的手段として新たに見直されることとなる。合言葉は「ラヴ&ウォー」。その一方、過激な平和市民団体と人権擁護NGOの扇動による暴動とも呼べるようなデモ行進、人権を忘れたかのようなテロル、もしくは奥様方によるセックスストライキが国境の垣根を越えて次々と勃発。

 結果、こりゃヤべぇと戦争再開の目論見はあえなく露と消えたのだが、それでも戦争愛好家達の燻りは収まらない。根本的な解決策を地球レベルで模索することとなった。

 そして、なんやかんやの七面倒な紆余曲折を経て、人間の代わりに動物を使った『代理戦争』を行うことで妥協されたのである。※残念なことに体操手段としての戦争原理は黙殺された。

 当然のことながら、ハリウッドセレブ達がご贔屓の動物愛護団体は精神を破綻したかのように激高。またもや暴動大行進、「人の命? そんなもん、動物様の方が上に決まっとんじゃい!」と非人道主義的テロル、人間を地道に絶滅させるための子種袋破裂を目的としたセックスストライキ、果てはウエブ上の生配信にて、抗議の焼身自殺まで行われた。そんなことは山奥でこっそりやればいいのにね。

 しかし各国首脳陣は最早妥協は許さず、「偽善を抜かすな」と彼らの訴えを断固拒否、『ペットパージ』を行った。俗に言う『AHO(Animal’s Happiness Organization)狩り』である。

 体制側の弾圧で行き詰まった動物愛護団体らは続々と共同運動、共同戦線、合併、併合、吸収、内ゲバを繰り返す。弱小団体は離散し、動物♡日和見コメンテーターや窓際バードウォッチャーも矢継ぎ早にリストラされた。最後には世界統一動物愛護戦線を結成、一団体の独裁体制となる。彼らは世界同時革命を目標に小学校の学級会から町内会まで地道な活動テロルを展開した。

 しかしながら戦線の絶対権力を掌握する動物愛護界のカリスマ、上級大将兼委員長のホエール・タマランスキー氏が「神からの啓示によるとクジラは美味いらしい」と突然の談話発表。及び氏自身による掲示の検証(味見)、「やっぱりクジラは美味かった」と検証(試食)の報告。

 突如のタマランスキー氏の転向により戦線に激震が走り、意見が真っ二つ、いや三つに分かれることになる。氏は全宇宙に存在する外なる神からの意思を感知したのだというコスミック理論、全世界の最近ご無沙汰主婦達の性的妄想の歪みに由来する毒電波の影響という陰謀論、おまけが天狗の仕業という天狗万能論。当たり前ながらどの説も有力視されなかったのだが、氏の勧めにより戦線幹部達も順番にクジラを試食。「マジパねえ!」と最終的に世界統一動物愛護戦線はクジラ愛食界と成り下がり「ストップ! 食わず嫌い」をモットーに、今ではゲテモノ動物を片っ端から平らげている(この結果、絶滅成仏した動植物多数)。

 動物愛護団体の事実上の解散で、晴れて動物代理戦争規則が、国連委員会によって詳しく規定されることになり、国際代理戦争規約が結ばれることとなった。

 それは大まかに次のようになる。


○ 人間は代理戦争に直接手を出さない(動物直接制)。例外的に代理動物への兵器等のサポートは認める。

○ 戦争に動員される動物の数は、その動物の種族、大きさ等によって対する動物の数を相対的に等しくする(兵数相対基準規則)。

○ 宣戦布告は当事国の元首及びそれに準ずる者によって宣戦布告状を相手国元首に叩きつけることにより決定される(果し状布告)。

○ 戦争をする場所『戦争場』と戦争日時『戦争時』は果し状を受け取った側が指定できる(果し状受理国特権)。

○ 奇襲は認めない。例外として『戦争時』における『戦争場』での奇襲は認める(動物達によるクールな紳士協定)。

○ 勝ち負けの一切は戦争場にいる代理動物の総責任動物に委ねる(動物原理)。


 代理戦争時代の先駆けとなったのはアメリカ対カナダであった。代理動物はアメリカがバッファロー、カナダがグリズリーであった。勝敗はグリズリーのバッファローに対する決め技、本場グリズリーの三年殺しでとどめを刺したカナダの圧勝となる。

 この戦争以後、世界は本格的に代理戦争時代へと突入する。歴史学者はこのアメリカ対カナダから始まる代理戦争の時代区分を初期、中期、現在に分類し研究しているが、今回はそれに従い、その歴史の大まかな変遷を解説する。

 初期の代理戦争は初戦のアメリカ対カナダ戦に見られるように多くは大型動物により行われた。初期の最強軍事動物はギニアのアフリカゾウ、順にタイのインドゾウ、コンゴのライオンとなった。その結果としてこれらの発展途上国は一昔前の汚名を返上し、最強軍事国家の座を欲しいままとした。その後、先進諸国は事あるごとにこれらの強国らから果し状を叩きつけられ、敗北し多額の賠償金を毟り取られることになる。皮肉なことに初期の代理戦争によって国家間の格差を大幅に是正することとなった。

 無論、先進諸国もただ負けるがままであった訳ではない。最新テクノロジーを代理動物達に注ぎ込むことで、中型動物の銃器類による武装化に成功したのである。

 動物本来が持つ象力やライオン力よりも、銃器で武装した中型動物に重点を置く。これが代理戦争中期の傾向だ。中期動物代理戦争を制した峡谷はアメリカと中国である。両国とも代理動物はサルであった。

 面白いことに、両国のサルの強さの理由は大きく異なっている。アメリカはサルでも使える銃器をテクノロジーを駆使して開発し、一方中国では四千年の伝統を駆使してサルを調教。人間がかつて用いていた銃器をそのまま使わせた。これは両国の個性と言っていいだろう。とにかく、サルに無理やり使わせるか、サルでも使えるものを開発するかの違いはあったが、中期の代理戦争はこのように知能の高い動物が勝敗の鍵を握った。

 では、現在はどうなっているのか? 結論を急げば、日本はついに最強国家となったのである。

 ここで日本における代理戦争の略歴を書き留めることをお許しいただきたい。

 かつての日本は代理戦争において最弱視されていた。その遠因に平和憲法の足枷による出遅れと代理動物に恵まれなかったことにある。

 平和憲法問題は日本人固有の「深く追求しない」と「考えたら負け」精神に則り、「人間じゃないし、まあ、良いんじゃないの」と何とか解決したのだが、代理動物問題の解決は困難を極めた。

 日本代理戦争史の幕開けは対インドネシアであった。この戦争において日本国内は代理動物の選定に揉めに揉めたのだが、世論の多くはカナダのグリズリーにインスパイアしたヒグマを指示。だが、ちょっと保守的傾向の強い方々が日本の象徴ともいえるトキをネット上で工作。彼らは代理動物をオリンピックか博覧会のマスコットと勘違いをしていたらしい。けれども彼らの熱く燃えたぎる愛国精神を拠り所にした書き込みに「なるほど彼らの意見、至極もっとも」とワイドショーなどを通じて徐々に納得、トキセンターへの猛烈な働きかけにより、首尾よく日本帰化トキを十五羽調達する。キャラとして雅びぃ? というJKの意見も組んで代理動物はトキになった。

 記念すべき日本の代理戦争第一線は、トキ対インドネシアトラ。勝敗は論じるまでもなく、大して飛べるはずもない温室育ちのトキは全滅。正しくはトラによる完食。日本の敗戦となった。インドネシアはニッポノミナサマ、ゴチソサマ。「やっぱトキってダメじゃん」という声と「トキがまた絶滅します!」というトキセンターのお叱りで、以後の戦争はヒグマが運用される。しかしながら超大型動物が勝利を収めていく中、比較的大きめの部類であったヒグマは本家グリズリーやライオンの波状攻撃になす術もなかった。

 中期において日本はアメリカや中国のオマージュとして日光猿軍団を軍隊化、日光猿軍隊と改め、ニホンザルを代理動物として訓練し、代理戦争にて用いた。残念ながらアメリカや中国のように徹底できなかったという理由で後塵を拝することになる。

 日本は初期、中期にわたり代理戦争三流国であった。

 なぜ弱小日本が最強国に至ったのか?

 それはすべて三桁猫吉教授の研究の賜物である。三桁教授の研究とは、本来『怠け者である猫どもに昼寝をさせない』という誠に性悪なテーマであった。ところが偶然にもマグロの中落ちに含まれるネコニャン酸ネコヒゲニウムを大量に猫に投与したところ、普段は昼寝によって放出される脳エネルギーがそっくりそのまま大脳に蓄えられることを発見。三桁教授はネコニャン酸ネコヒゲニウムによって猫の知能が大幅に向上することを解明したのだ。その後、翻訳機等の開発も手伝って猫との会話が可能となる。猫に高度な教育を施すことができるようになったのだ。

 同時にグローバル企業S社が極秘に製作していた肉球防御装置(猫がゲーム機本体を踏むことを避ける画期的な技術)の応用軍事利用により肉球対応銃器類の生産に成功。猫の軍事装備も格段に調えられた。

 言うまでもなく、三桁教授の発見は他の動物にも水平展開が行われた。しかし日本は最新の肉球対応銃器で他国と大差をつけたのだ。

 ようやく日本はアメリカの犬兵達を並ぶ強国の称号を手に入れたのである。

 強国となった日本であるが、代理動物システムはアメリカと大きな違いを見ることができるだろう。

 アメリカではすべての犬達は、産後まもなく両親から離されて各地の軍事基地で育てられ、毎日の大半を訓練で過ごす。彼らのレクリエーションは実践さながらの模擬戦闘であり、彼らの喜びは訓練後の豆のスープであった。老いると今度は指揮官として犬老院に参会し、作戦に従事する。彼らは戦争以外に基地以外から出ることは滅多になく、その一生をひたすら軍に忠誠を尽くし、基地で死ぬよりも名誉ある戦場での死を願うそうだ。彼らの質朴さを表す言葉として『我らは鍛練と豆のスープを愛する』がある。これが彼らの性質を明確に表しているだろう。特別な防御装備を持たない彼らの堅固なる鉄壁の密集陣形『犬の壁』は、まさにアメリカ犬兵らしい戦術である。その頂点に位置する一〇一部隊の『犬の壁』は突破不可能とされ、無敵の名を世間に知らしめた。

 他方、日本はアメリカとは異なるシステムを持つ。ペット制である。

 基本的に猫は生涯ペットとして飼い主に飼われる。まず生後、仔猫は飼い主の家で親猫もしくは飼い主が育てる。仔猫から成猫にに成長すると、軍事基地に徴兵されて徹底的に一年間訓練。それから核部隊に編入。だが訓練機が終われば再び飼い主の元へと帰る。以後は年四回の定期訓練と戦争時以外はのんびり暮らす。戦争が起これば猫達はすべて徴兵され戦争へと従軍する。これがペット制の主な仕組みである。

 現在の日本に徴兵拒否猫がいないこともない。しかし、もし徴兵を拒否するならば、日本猫軍軍紀違反でペットとしての権利を失うか雄雌問わず強制去勢となる。

そのため野良猫達は徴兵拒否猫として大変にペット猫達から軽蔑される(例外に無頼社会を形成するアウトロー猫も存在する)。あるいは野良猫の方が自由で圧倒的に幸せだと思うかもしれないが、実際はそうでもないらしい。知能が発達してもグウタラな猫は「やっぱり楽して美味しいものが食べれるペットがいいニャー」と今日も縁側で身体を伸ばしている。

 グウタラな猫がどうして人間のために戦場へと赴くのか?

 答えは至極簡単である。戦いが終わった後にグウタラしたいからである。決して人間のために戦っていない。

 では、そこまでぐうたらな猫が命を懸けて戦うのか。そこに矛盾はないのか。

 その問いの答えもいたって明確である。なわばり意識の強い猫達は常に猫同士の上下関係に気をかける。かつては上下関係を喧嘩という形で白黒をつけてきたのだが、知能が発達した現在は仲間同士で血を流すことなく、戦場という場所で明らかにさせているのである。要するに上下関係の地位を保持するがゆえに命を懸けて戦う。それは中世武士の、必死に土地を守ろうとする一所懸命に類似している。武士は自分の仕える主君への忠誠心以上に、己の土地のために戦い、猫達は自らの地位のために戦う。

 この猫達の上下関係を満足させる一種のバロメーターとして導入されているのが、ご存知の通り、戦闘名称(バトルネーム)である。

 戦闘名称(バトルネーム)の当初の目的は、戦時における志気の向上のみでしかなかった。確かに戦闘中に「タマーッ!」と呼ばれれば、呼ばれた猫は思わず「ニャン♪」と地面に寝転び、ぷくぷくしたお腹を丸出しにするかもしれない。それでは困ると採用されたのが戦闘名称(バトルネーム)である。

 戦闘名称(バトルネーム)は初期訓練の修了と同時に与えられ、以後も戦闘が終わるたびに新たに名付けられる。もちろん、すでに気に入った戦闘名称(バトルネーム)を持っている猫はそのまま同じものを使ってもよい。ということは、とある文豪の飼い猫のような猫ではないかぎり、ほとんどの飼い猫は名前を二つ持っていることになる。一つは飼い主達につけられる名前、もう一つは戦闘名称(バトルネーム)である。


 そしてついにアメリカ犬軍の最強部隊一〇一を日本猫軍は破った。これは詰まるところ、世界最強の軍隊になったことを意味した。


※参考文献  居谷部浩幸(二〇××)『猫は踊る、されど進まず、そのまま寝る』

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