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まさか本気で猫が戦うと思ってる?

「じゃららら〜ん、じゃららら」

 最後のペットボトルに猫式ナイフ(グルカ・ニャイフ)で穴を穿つと、グリンと嫌な音と一緒にその禍々しい光は失われていく。

 振り返れば無残な屍をさらしたアメリカ犬兵が転がっていた。半開きになった口からは舌がべろんと飛び出ていた。まるで犬の(ドッグ・デイ)の暑さに耐えきれず、少しでも涼もうと必死にもがいているようにも見えた。

「まあ、申し訳ないけど、これはこれで俺達の縁って訳だ。哀しいねえ」

 戦闘名称(バトルネーム)『ミカボシ』は溜め息まじりに鼻を鳴らした。

 部下達はペットボトルの水が流れていく様を息を潜めて凝視している。すでに敵兵はいないはずだ。それでも用心に越したことはない。

 どの猫も返り血で身体の所々を赤く染められていた。

特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)、『ヒカリモノ』を無力化しましたよ」

「御苦労。次の状況までそこで待機だ」

「了解」

 ミカボシは頷くとペットボトルの残骸の傍で箱座りをする。部下らも彼に従う。

 眼前には無数の切り裂かれたバリケードが立ちすくんでいた。それはまるで捌かれて内臓を失ったアジの開き、いやアジは美味しくいただける、となれば、ただの廃棄物でしかない。

「マジ、どうしようもないねえ」

 程なく司令部方向より猫狼煙がどんどこどんと打ち上げられた。

「バリケード・ムリョクカ・シレイバンゴウ・七・『マグロ』・スイコウセヨ」

「ラ・ラ・ラジャー」

 ミカボシは腰を上げて、武器を腕に装着する。

 他の部隊もミッションを完了したらしい。特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)は行軍姿勢を取ったままニャンジャー隊を待つ。

 猫耳(アンテナ)がぴくんと動いた。その耳が反応した方向、司令本部右翼側からすさまじい砂埃を巻き上げながる一団が、ミカボシ達に向かって突進してくる。

 ニャンジャー部隊だ。

 彼らが猛烈な速さで駆け上がってくる。

 先頭はニャンジャー部隊隊長のCEO。

「遅れんなよ!」

 とCEOが檄を飛ばせば、続くニャンジャー達も、

「ニャー!」

 と叫んで隊長に応える。

 隊列を一紙も乱さずに砂漠を走ってきた。

 押し寄せるニャンジャーの激流に特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)も加わると、水抜きされたペットボトルを蹴飛ばし、よりその勢いは増していく。

 残るは最後の一手だけだ。

 一つになった猫軍団はアメリカ犬軍の司令本部を目指す。

  CEOは自分の横に並んで走るミカボシにニャンと笑いかけた。

「思ったより早かったじゃねーか」

「うーん、まあ、それ、当然な」

 フッとミカボシが鼻で笑う。

「でも、まあ、この先は一〇一が待ちかまえている訳で・・・・・・うん、厳しいなあ」

「ふん、そんなもん、屁でもねえぜ。犬地雷(ペテグリー)さえ気をつければ一〇一なんて楽勝なもんよ。所詮は犬の集まりだ。ニャンジャーがいればイチコロだぜ」

「まあ、それもそうなんだけど」

 ミカボシは頷く。

「それじゃ、さっさと終わらせてマタタビでも一発キメようぜ!」

 ミカボシと彼ら猫軍団はラッシー元帥率いるアメリカ犬軍の司令本部目がけて突っ走った。

 広大なアリゾナ砂漠に猫達が砂嵐をもうもうと巻き起こしていく。

 岩がごろごろしているこの砂の大地、眼前の丘を一直線に越えたところにアメリカ犬軍の司令本部がある。そして情報によれば、司令本部前には犬専用重火器(フランダース)を装備する敵犬兵達が待ちかまえているはずだ。その数、百と一匹。世界に誇るアメリカ犬軍の精鋭『一〇一』だ。最強の動物部隊との呼び声も高い。だが、それも護衛部隊や遊撃部隊が壊滅した今、世界最強の精鋭達も水抜きされたペットボトルと大差ない。

 猫兵達らは砂埃とともに丘を駆けのぼった。

「うん、もう一息だねえ。そう、もう一息で俺らが勝っちゃう訳だ」

 ミカボシは感慨深そうに呟いた。

「止まれ、クソったれども!」

 CEOの命令に猫達は急ブレーキをかける。追いかけてきた砂埃が彼らを覆い隠す。猫達は砂まみれとなって、風音だけが耳を過ぎていく。もうもうとした砂中の中で徐々に視界は明瞭になっていき、一〇一とその背後に控える簡易テントで囲われたアメリカ犬軍司令本部が遠くに覗けた。

 猫目にも一〇一が密集縦列陣形『犬の壁』のもと、迎撃体制をとっているのが確認できる。

 誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。正直、ミカボシでも唾を飲み込みたくなる光景だ。

 この戦争最大の激戦となるに違いない。剥き出しの戦艦大和と喩えても、その戦力は未だ衰えていない。相手は世界最強の誉れ高いアメリカ犬軍一〇一なのだ。

 CEOは遠くの一〇一を望み低く笑うと叫んだ。

「だらぁ、ブッこむぜ、こらぁ!!」

 瞬間、猫達は再び弾丸となって砂漠を駆け降りた。

 CEO率いるニャンジャー部隊は一〇一に急接近する。特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)もニャンジャーに続いた。

 一〇一の重圧(プレッシャー)は徐々に大きくなる。一〇一ら、美しくも丁寧に整列したその隊列、その一匹一匹が身体を低くし、砲撃のタイミングを窺っているようだ。

 百と一の銃口に向かって突撃する。これほど恐ろしいことが果たしてあるだろうか?

 しかし二百二個の眼球と百一丁の銃口に睨まれても、猫達は一向に足を止めようとしなかった。

 一〇一との間、約百メートル。

 先に火ぶたを切ったのは一〇一だった。一斉に犬専用重火器(フランダース)がその恐ろしい弾丸の牙を剥いた。一〇一の銃口から殺意の雄叫びが猫達に襲いかかる。

 中型動物銃器の中では最高威力の噂にたがわず凄まじいものだった。砂漠に激音が響く。鈍く重たい音は猫達の耳を劈いた。肉眼では到底とらえられない銃弾は、容赦なく標的を襲っていく。

「伏せやぁ、前進じゃあ!!」

 CEOの命令にニャンジャーは耳まで伏せて歩を進める。僅か頭上には槍衾のごとく弾丸が翔び奔っている。

「にゃぁあ!」

 哀れ、ニャンジャーの一匹が一発の弾丸に巻き込まれると、跳ね上がった上体目がけて幾十の弾丸が浴びせられた。

 進軍は止まらない。仲間の屍を踏み越え突き進んでいく。

 激しい弾幕の中、頭上ばかりに気を取られた猫は次々と犬地雷(ペテグリー)の餌食となる。猫踏んじゃったと飛び上がり木端微塵の肉片と化す。

 そして目眩い太陽の香りと焦げた秋刀魚の匂いを撒き散らす。

「いやいや、これまた、最後までご丁寧に、ねえ。うん、たまったもんじゃないねえ」

 ミカボシは独匹(ひとり)、悪態をつく。

 上と下からの死への招待状。ニャンジャー達は相次いでアメリカ犬軍のご招待に預かった。犬地雷(ペテグリー)にさえ注意を向け、匍匐前進を続ければ、気休め程度に安全だというのがせめての救いだ。しかし、一〇一の銃列に向かって突進するのは生半可なことではない。そちらに気を取られると犬地雷(ペテグリー)にまるっと食べられてしまう。

 何という悪夢。

 この最後の行軍で帰らぬ猫となった猫は何匹目だろう。後ろから伝わる爆発の衝撃波に、さすがのミカボシも焦った。

「まだかい!? そろそろ限界じゃあないかい!?」

 一〇一を見据えながら前進を続けるCEOは首を振ると忌忌しそうに応えた。

「まだだ、バカ野郎!! これじゃ届く訳ねえだろが、ボケが!! ちったあ考えろ、クソ野郎!! 大体ニャンジャーにはなあ、犬地雷(ペテグリー)ごときに喰われる雑魚はいらねえんだよ、スカタン!!」

 エリート猫集団ニャンジャー部隊に落ちこぼれはいらない。落ちこぼれは、いつか必ず皆の足を引っ張り、皆の命を危機に陥れる。

 いやいや、ニャンジャーの隊長とは、とんでもない(ヤツ)だねえ。

 頭の上を飛び交う銃弾を潜りながらミカボシは舌を巻く。

 ミカボシとてCEOが粗暴ながらも心熱い同胞思いの猫だということは知っている。だが、優しさが戦況を変えることはない。生き残り、そして勝つことが全てなのだ。部隊を率いるリーダーなら尚更そのことを知らないはずがない。仲間を思いやるからこそ、その死を踏み越えられるのだ。専ら特殊工作に従事するミカボシには縁遠い話なのかもしれない。

 しかし、このままでは———犬地雷(ペテグリー)を避けたとしても———犬専用重火器(フランダース)の嵐で蜂の巣になるのも明白だ。それまで持つのだろうか?

 後ろでまた一匹、犬地雷(ペテグリー)の餌となったようだ。ミカボシは爆音に顔を歪めた。

 特殊工作猫のミカボシは仲間猫の死を多く経験していない。常に少数で任務を遂行する特殊工作猫とニャンジャー部隊を率いる隊長との違いであろう。

 一〇一に迫れば迫るほど弾嵐は激しさを増していく。

 アメリカ犬軍との距離およそ五十メートルを切った地点、CEOはようやく止まれの命令を出した。ミカボシもほっと胸を撫で下ろす。

「総員前進止まれ!!」

「ニャッ!!」

 猫達は即座にぴたりと止まる。エリート猫とあって肉球も半端なものではない。猫達の急停止に砂埃が再び彼らを覆い尽くした。一〇一の猛撃も止まる。砂嵐の中の沈黙。

 CEOは叫ぶ。

「だらあ、ボケども、撃って撃ちまくるぞぉおお!!」

「ラジャー!!」

 猫達は砲撃陣形を整えると背中から猫式バズーカ(猫パンチバズ)を取り出した。特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)も肉球対応散弾銃(猫ツブテ)を構える。

「砲撃準備完了!!」

 砂嵐が過ぎ去っていく。徐々に姿を現す猫達。無言で銃を向ける犬兵達。西部劇さながらの血統がいざ始まらんとする。遠く空が哭いた。

 沈黙を掻き消す冷たい撃鉄音、先に引き金を下ろしたのは一〇一だった。

 銃弾がミカボシのヒゲを掠り、後ろに逸れる。弾丸は不幸にも真後ろのニャンジャーに命中した。「ニャア!!」その断末魔に、目眩い太陽の香りと焦げた秋刀魚の匂いが撒き散らされた。

「砲撃、放てぇえ!!」

 犬専用重火器(フランダース)が「バウワウバウワウ」と吠え狂う最中、今度は猫式バズーカ(猫パンチバズ)が「ニャンニャンニャン」とロケット弾を片っ端から解き放つ。猫達は爪を地面に食い込ませて反動を堪える。一直線に翔ぶ軌跡は紛うことなく一〇一を捉えた。どごんという爆音に火柱が昇る。猫式バズーカ(猫パンチバズ)の圧倒的火力は犬兵達を「キャインキャイン」鳴く間も与えずに、跡形もなく撃破していく。

 今戦場にて初運用された猫用重火器『猫式バズーカ(猫パンチバズ)』は一〇一の鉄壁の陣形『犬の壁』をぼろぼろと崩した。未だかつてない火力に一〇一は混乱に陥る。最早、先のような重厚な様を留めることはできない。

 仕上げは殲滅だ。

 百一匹のワンちゃん陣形が崩れるとミカボシはニャー次郎司令官に猫無線で報告する。

「こちら、特殊工作猫隊(スペシャル・ニャース)とニャンジャー部隊、一〇一に風穴を空けました!!」

「ようやった。そのまま砲撃を続け本隊を待て」

「了解です」

 瞬く間もなく司令本部方向から「一〇一・フンサイ・ツヅケ」の猫烽火が上る。

 攻撃することしばらく、第一、第三猫歩兵団(ニャーミー)がニャンジャー部隊の両翼から現れた。彼らはニャンジャー達の砲撃に加わって一〇一を挟撃する。第二猫歩兵団(ニャーミー)も到着し彼らの肉球対応式機関銃(チシャキャット)が鳴り響く頃にはアメリカ犬軍は散り散りとなっていた。

「全軍、ブッ込めえぇええ!!」

 CEOの号令にアメリカ犬軍の司令本部へと猫達は怒濤のごとく攻め寄せる。鉄壁の『犬の壁』一〇一が破れた今、彼らを押しとどめることのできる犬などいなかった。

 ニャー次郎司令官が猫専用独匹戦車(猫タンク)で駆けつけたころには、すでにラッシー元帥は降伏していたのだった。曰く「こりゃ(かな)ワン」。

 こうして世界最強部隊一〇一を有するアメリカ犬軍を破った日本猫軍は、世界最強の代理動物群の栄光を手に入れることになった。


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